日本の沿岸を歩く~海幸と人と環境と第18回 神の使いアカウミガメが来る豊かな海―静岡県・御前崎 

2018年09月18日グローバルネット2018年9月号

ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)

焼津から駿河湾沿いに南進し、静岡県最南端にある御前崎灯台を訪ねた。白亜の姿が美しい灯台は、♪おいら岬の灯台守は…の『喜びも悲しみも幾歳月』(1957年の松竹映画、同名主題歌)のロケ地としても知られる。近くにあるアカウミガメのふ化場を見ながら、26年前に近くの浜で産卵観察会に参加したことを懐かしく思い出した。御前崎の海の生業やウミガメ保護の現在を確かめよう。

アイゴを駆除して成果

御前崎灯台

灯台に続いて御前崎港にある南駿河湾漁協を訪ね、参事の森下千代治さんから話を聞くことにした。南駿河湾漁協は5年前に大井川南西から御前崎までの4漁協が合併して誕生、本所を御前崎漁協に置いている。Facebookやホームページを見ると、魚市場や漁船の姿が美しい。まず、午後2時から始まった隣の魚市場の競りを見学させてもらうと、キンメダイ、イセエビ、サワラ、ナガラミ(キサゴ)など豊かで多様な魚を見ることができた。駿河湾は最深部の水深2,500mと日本で最も深い湾。上層から3種類の深層水が存在し、深海が「高栄養性」などの優れた特性を持っているため、豊かな漁業資源に恵まれているのだ。

駿河湾だけで漁獲されるサクラエビのほか、イワシの稚魚であるシラスが有名だ。漁協の水揚げ金額は25~30億円ほどあるが、約半分がシラス漁によるものだという。2艘船引き網漁。訪問した4月中旬のシラスはマイワシで、もうしばらくすると夏場のカタクチイワシのシラスになるという。

一般的に釜ゆでしたものを「シラス(釜揚げシラス)」、その後に少し干したものを「シラス干し」、じっくり干して乾燥させたものを「チリメンジャコ」という。漁協に来る前に途中で生シラス丼を食べ「こりゃ、生もいける!」。駿河湾は全国有数のシラス漁場で生シラスブームの中で確固たる地位を保っている。

森下さんには、成果を出している磯焼けの対策を尋ねた。全国的に大きな被害が出ている磯焼けにどう対処し、成果を出したか関心があったからだ。森下さんによると、漁場である南駿河湾の浅海には、海藻のカジメやサガラメが生い茂り、日本一レベルの約8,000haの藻場があった。だが、1980年代から急激に減少し、1995年には完全に消失。年間20tの漁獲があったアワビも捕れなくなった。そこで関係漁協などで榛南磯焼け対策活動協議会を設置して取り組むことになった。藻場再生を図るため、サガラメ・カジメの幼体(赤ちゃん)を塩化ビニールのキャップにのり付けして海底に設置する方法などで、移植を試みている。

南駿河湾では定植した海藻の食害が大きいとして、“犯人”のアイゴの除去に努めた。本誌2017年10月号の長崎のかんぼこ王国の記事でも触れたように、アイゴは食べるとおいしいのだが、臭みがあり流通に乗せるのは難しい。そこで漁協は刺し網や定置網にかかったアイゴを1kg50円で買い上げることにした。その量は多い年で8tにも達し、アイゴの数を減らすことができたようで、藻場は180haまで回復した。森下さんは「漁業者は『いずれ回復するだろう』と初めは、高をくくっていましたが、なかなか回復しないために危機感を持って本格的な対策に乗り出したのです」。

ブランド化に取り組む

魚市場

漁協の最近の話題は、サワラのブランド化だ。11月から3月に引き縄漁で捕る寒サワラの漁獲が近年増えている。「漁師は魚を捕るだけで、どう売るかは考えていなかったのですが、6次化の流れなど考えて付加価値を付けようということになりました」と森下さん。現在、高鮮度処理を施した一定量以上の脂肪を含むものをブランド化しようという取り組みを進めている。漁師から水産庁職員を経て“魚の伝道師”として活躍している上田勝彦氏の指導を受け、高鮮度処理のポイントとなる脱血を徹底している。魚肉の色が鮮やかで生臭さも消えることから、今後、市場の評価の高まりが期待される。

インタビューを終えると森下さんから聞いた道の駅型観光施設「海鮮なぶら市場」(なぶら=カツオの群れ)へ。鮮魚や海産物の加工品を扱う海遊館(食堂は食遊館)があり、観光バスが訪れる有名スポットだという。海遊館の中の「日光丸」は、同名の遠洋カツオ一本釣り漁船6隻を保有する漁業会社「日光水産」で、遠洋カツオ一本釣りシェアトップを誇っていることも知った。実は、御前崎はかつて近海カツオ漁でにぎわっていた。だが、30年前22、23隻もあったという近海カツオ漁船は現在では1隻だけで、日本漁業の変遷を感じさせる。

さて、アカウミガメへ話題を進めると、森下さんには、漁業者がアカウミガメをどう見ているかも尋ねていた。昔から漁師たちは「カメは神の使い」「流木にカメがいると豊漁」など敬い、死んで浜に流れ着いたカメを葬る塚もあるという。「40、50年前は砂浜が広く、産卵した跡もよく見かけていました。漁師はカメが網にかかると逃がしてやります」と配慮を語った。

長いウミガメ保護史

日本近海にはアカウミガメ、アオウミガメ、タイマイ、ヒメウミガメ、オサガメの5種類のウミガメが生息している。アカウミガメは世界各地に生息域を広げているが、北太平洋では多くは日本の砂浜で産卵成長する。御前崎のほか、八重山諸島(沖縄県)、屋久島(鹿児島県)日和佐(徳島県)、宮崎県など各地で上陸、産卵している。地元では1972年から保護活動が始まり、1980年に御前崎市の産卵地および上陸個体は国の天然記念物に指定された。

市教育委員会のパンフレットによると、アカウミガメは甲羅の長さが70㎝から1mで夏に産卵する。同じアカウミガメがシーズン中に3、4回産卵し、一度の産卵で120個くらいを産む。卵は直径4㎝。1、2年休んでまた上陸、産卵を繰り返す。ふ化場に移した卵は約60日でふ化し、子ガメは海に放流している。光や音に敏感なので市教委は産卵時の写真撮影はしないように呼び掛けている。

アカウミガメのふ化場

現在、8人の御前崎市アカウミガメ保護監視員が海岸の見回りとふ化場の管理、ふ化した子ガメの放流などをしている。2016年は上陸181匹、うち86匹が卵を産み、4,339匹の子ガメを放流したが、その数は漸減している。保護監視員の高田正義さんに電話で問い合わせると、「放流する子ガメに『無事に帰って来いよ』と声を掛けています」というアカウミガメへの思いとともに、御前崎灯台の付近の砂浜がなくなったこと、付近の海岸に養浜として毎年1,000tの砂を入れていることなど現況を聞かせてもらった。一般を対象にする産卵観察会は盛況で、今年7月下旬の観察会では約100人も参加者が産卵シーンを見守ったという。

ウミガメ繁殖に必要な海浜は、道路や堤防などの人工物、ダム建設などによる流入砂の減少などで厳しい環境にある。26年前の産卵観察会のメモを見ると、「上陸数に比べて実際の生息数はぐんと少ない」に下線が引いてあった。アカウミガメの存亡が日本の海岸の保全にかかっていることを考えれば、漁業との健全な共存を望まずにはいられない。

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