つなげよう、支えよう森里川海第15回 「エコロジカル・ネットワーク」の新展開~持続可能な社会への転換に向けて推進・継続を~
2018年09月18日グローバルネット2018年9月号
公益財団法人日本生態系協会 事務局長
関 健志(せき たけし)
持続可能な社会の具体的姿―「森里川海プロジェクト」
私たちはさまざまな「自然」の恵みに支えられて生きています。「自然」、そしてその重要な構成要素である「生物多様性」は私たちの「生存基盤」です。
1993年に環境基本法が、2008年に生物多様性基本法が制定され、前者でまず「環境」が、後者ではより具体的に「生物多様性」が人類の存続基盤と法律でもうたわれ、それらを基盤とした「持続可能な社会」が、これからのあるべき社会の姿とされています。
しかしこれまでその「持続可能な社会」が、外国の言葉ではなく、日本の自然・文化に即してどういうものなのか、社会・経済面を含めどのような社会なのかを、多くの人々に響くかたちで十分に示すことができてこなかったと思います。「森里川海プロジェクト」、そして私も作成に参加した「森里川海をつなぎ、支えていくために(提言)」(2016年9月)は、それに対する一般市民へのわかりやすい説明の試みということができると思います。
『提言』ではまず「自然」を「森里川海」と具体的に示し、次いで「持続可能な社会」への転換を、森里川海を維持・再生しその恵みを活用していく経済、フロー調和型の社会へと変えていくことと説明しています。具体例を示すことが重要であることから、環境省では例えば専用WEBサイトに「森里川海アクション優良事例」を掲載し(※参考:環境省パンフレット「生きもの・人・暮らし~生物多様性の主流化で元気になる地域~」(2016年))、また、取り組みを全国に普及するため10の実証地域を選定しています。
エコ・ネットによる社会・経済問題解決への貢献
日本生態系協会では、1990年前後から連携団体とともに、生物多様性の効果的保全・回復手法として、欧米の地域計画・国土計画などを参考に、エコロジカル・ネットワーク(略称:エコ・ネット)の形成を訴えてきました(※ビオトープ・ネットワーク、生態系ネットワークとも呼ばれています)。エコ・ネットとは、生物の生息状況をもとに、核(コアエリア)となる多数の自然環境を保全・再生し、かつ、それらの間を生態的な回廊(コリドー)でつないでいく取り組みで、いくつかの自治体でまちの将来像の検討に導入された後、「21世紀の国土のグランドデザイン」(1998年閣議決定)をはじめ、国の計画にも記述されるなど、その考えは普及してきました。近年の例では2013年に欧州連合(EU)が、「広範な生態系サービスを(私たちに)提供する自然・半自然地域のネットワーク」を「グリーンインフラ」と呼んで推進していくと発表したことなどから、同義のエコ・ネットが改めて注目されています。
ただし、例えば「生物多様性国家戦略2012-2020」(2012年閣議決定)において、エコ・ネットのことが、野生生物の生息・生育空間の確保をはじめとして、「良好な景観や人と自然とのふれあいの場の提供、気候変動による環境変化への適応、都市環境、水環境の改善、国土の保全などの多面的な機能の発揮が期待」される取り組みと説明されているものの、一般にはよく「生きものの保護に限った話」と整理されてしまっています。欧州でも同様のことがいえます。
日本生態系協会では1995年の阪神淡路大震災以降、とくに防災面での効果を訴えてはいますが、引き続き、エコ・ネットは私たちの存続基盤である生物多様性の保全・再生を通じ、社会・経済上のさまざまな課題解決に貢献していくものであるという理解の促進に、広く努めていく必要を感じています。
河川を基軸とした新たな取り組み
ここで、エコ・ネットに関する取り組みとして「河川を基軸とした生態系ネットワークの形成」を紹介します。これは各地の国土交通省河川担当部局の支援の下、流域の多様な主体が集まり協議会を立ち上げ、コウノトリ、トキ、ツル類などの生きものをシンボル(下写真)に、生物多様性の保全・再生を図るとともに、環境教育・自然体験の場の提供、地域イメージの向上、また、農業や観光の振興などを目指していく取り組みです(下図)。現在、北海道の千歳川流域をはじめ、東北、関東、四国、また島根・鳥取両県にまたがる斐伊川流域などで取り組みが始まっています。地域により異なりますが、協議会には流域自治体、農業者、観光事業者などの企業、学校、NGO・NPO、生物の専門家などが参加しています。地域振興の専門家や地方銀行が参加している協議会もあります。農林水産省、そして環境省などの国の機関の参加も見られます。
森里川海の『提言』では、取り組みの実現に当たり、①多様な主体によるプラットフォームづくり②森里川海を支えるための方策③人材育成の三つが重要としています。河川を基軸としたエコ・ネットの新たな展開はこの考えにも沿う、まさに「持続可能な社会」への転換に向けた最前線の取り組みということができます。
取り組みは始まったばかり…信念を持ち推進・継続
「森里川海プロジェクト」は、国連「持続可能な開発目標」(SDGs)と同様に、環境政策を社会・経済の課題解決にも資するよう発想していくことの重要性を強調しています。これはエコ・ネットに関しても重要な点です。ただし現在、環境政策に対して、短期のうちに経済効果も期待できるものならば予算をつけて取り組むが、そうでないものは後回しとの考えが一部に生まれつつあるように思います。
『提言』は、例えば明治維新後や戦後日本の経済発展のような大きな利益を生む経済のイメージではなく、森里川海の恵みを上手に永続的に活用した、小さくても地域で回る経済を提案しています。また、環境と経済の好循環を生み出すことで、取り組みを持続可能なものにしていくことを基調としつつも、今の社会では実際にすぐに経済に結び付かないものがさまざまあり、インフラ(基盤)として、皆が資金や労力を出し合い支えることの重要性も指摘しています。
「持続可能な社会」とは何か、そしてこれまでのような近代化をここで大きく見直す必要性は何かを理解し、未来に向けて、地域において連携協働しつつ、森里川海を再生・活用するさまざまな取り組みや挑戦を、信念を持って5年、10年…と続けていくことが今強く求められていると思います。