環境条約シリーズ 318ゲノム編集に関するEU司法裁判所の判断
2018年09月18日グローバルネット2018年9月号
前・上智大学教授
磯崎 博司(いそざき ひろじ)
近年、先端医療や農林水産分野などの応用研究において、ゲノム編集技術が用いられている。その技術は塩基配列の特定個所を切断するものであるが、その後、自然修復させる場合と、切断個所に細胞外で加工した他種の核酸を組み込む場合とがある。
さて、欧州連合(EU)の遺伝子組み換え生物(GMO)環境放出指令および農業品種共通目録指令は、予防原則の観点から、GMOの屋外使用や販売に際して環境リスク評価やGMO表示を義務付けている。ただし、自然界において生じる核酸の組み換えは対象GMOから除外されており、また、作出された生物が対象外となる技術として突然変異誘発(mutagenesis:他種の核酸は組み込まず自然修復)が掲げられている。
上記の指令に従い、フランスの関連法も同様の定めを置いている。フランスの農業団体や環境保護団体は、突然変異誘発をゲノム編集によって行う場合は、人間の健康や環境に重大な悪影響を及ぼす恐れがあるとして、首相に対して関連法の除外規定の撤回を求めた。しかし、却下されたため、その首相決定の取り消しを求める行政訴訟を国務院に提起した。審理の途中で国務院は、訴訟手続を延期し、上記2指令の関連条文の正確な解釈を求めてEU司法裁判所に付託した。
2018年7月25日に、EU司法裁判所は、突然変異誘発技術は無条件で対象外とされるのではないことを確認した上で、突然変異誘発技術によって作出された生物は環境放出指令が定義しているGMOに該当すること、ただし、突然変異誘発技術のうち、従来から多くの用途で使用され、長期間安全に使用された記録を有するもの(ゲノム編集は含まれない)によって作出された生物のみが、環境放出指令および農業品種共通目録指令の対象外であることを判示した。
他方で、対象外とされる上記の生物に対して、EU法(とくに、貨物の域内自由移動規則)に即している限りにおいて、加盟国は、環境放出指令に定められている義務またはその他の義務を課すことができる旨を判示した。