フォーラム随想「まさか、こんなことに」
2018年09月18日グローバルネット2018年9月号
日本エッセイスト・クラブ常務理事
森脇 逸男
「『ぼく、ここ』と言うのを待っている府警」という川柳が新聞に載っていた。留置中の容疑者が、大阪・富田林の警察署から逃走、ひったくりを繰り返し、住民は不安な日々を送っている事態を風刺したものだ。
皆さんにこの随想を読んでいただけるころには、すでに逮捕され、問題は解決されていることだろうと思うが、まさか、警察署からの逃走などという事態が起きるとは思ってもみなかった。当事者の警察署にとっても想定外のことだったに違いないが、報道によると、逃走されたのも無理はない。
逃走犯がいた面会室の弁護士が出入りするドアにはセンサーが設置されていて、開け閉めを感知できるようになっているのに、そのセンサーに電池が入れられておらず、当然、作動しなかったのだという。
電池を入れるのが面倒だったか、電池代を節約したのか、理由は分からないが、いずれにしても電池を入れるという基本が守られていれば、警察署からみすみす逃走され、住民を不安に陥れる、警察にとっては不面目極まる事態は、防げたに違いない。
そう言えば、やはり基本が守られなかったために、もっとひどい結果になった例が、先日の新聞に報道されていた。
発生後33年を経過した1985年8月の日航ジャンボ機123便の墜落事故だ。その原因は、後部圧力隔壁の下半分を取り替えた米国ボーイング社の修理ミスだとされているが、同社は日本の捜査当局の事情聴取に応じず、結局、関係者の業務上過失致死傷容疑は不起訴処分でけりとなっていた。
この事故について、おやと思わせたのが、東京新聞8月12日の朝刊一面トップで報じられた「検査・指示『入念なら事故防げた』」という続報だ。
記事によると、当時、群馬県警が書類送検した日本航空と運輸省(現・国土交通省)の16人の供述は「ボ社に任せた」とする責任回避の姿勢が目立った一方、整備で入念な指示を行っていれば「事故を防げた」との供述が複数存在していたという。
このジャンボ機は、墜落事故の8年前、大阪空港で尻もち事故を起こし、後部圧力隔壁が破損したため、機体を製造したボーイング社に修理を委嘱した。修理後、日航は機体を受け取り、「領収検査」でちゃんと修理できているかどうかを確認することになる。
ところが、報道によると、その検査を担当した当時の検査部長は「ボ社に任せれば安心だし、できる限り早くやれという背景があった」、検査課長は「技術部がやってくれると判断した」、技術部は「主管は検査部だ」といった無責任ぶり。さらに墜落前年に定例整備をした日航の整備主任は「修理機との指示は無かった。ザーッと見る怠慢な検査をした」、その上司は「修理機と指示し、確実に検査をすれば、事故は防止できた」などと供述していたという。
毎年8月12日が来て事故が回顧される度に、小生としては、墜落の主因はボーイング社ではないか、どうして追及されないのかと疑問に思っていたが、日航側が「領収検査」を行っているのなら、ボ社が「責任は無い」と主張するのも無理は無い。検査の基本が守られなかったことが、わが国最大の航空機事故を招き、実に520人もの生命を奪ったわけだ。
責任ある立場の人間が、当然守らなければならない基本を無視、実は極めて無責任といったケースは他にもある。中でもあきれるばかりなのは、忖度で公文書の改ざんを繰り返した、「モリカケ問題」の役人たちだ。省庁の身障者雇用率水増しにもあきれる。
国民全体の奉仕者として、公共の福祉のために働く、やりがいのある仕事が、国家公務員だ。ほとんどの公務員は、使命感に燃え、倫理観を守って、国民や住民のために働いてくれる人たちだと思う。上司の顔色をうかがうしか能の無い連中には、猛反省を求めたい。