特集/持続可能な観光とは~観光業の発展と環境の保全を両立できる社会を目指して奄美大島における観光客の増加と地域主導による取り組み
2018年08月20日グローバルネット2018年8月号
世界自然保護基金(WWF)ジャパン 南西諸島プロジェクト
権田 雅之(ごんだ まさゆき)
アマミノクロウサギが生息する奄美大島は、琵琶湖よりおよそ一回り大きい面積の鹿児島県に属する島です。この島は奄美市をはじめ五つの市町村で構成され、人口はおよそ6万人。アマミノクロウサギの他に、アマミヤマシギやアマミイシカワガエルなど「アマミ」の名を冠した、この島だけに生息する生き物も少なくありません。また南西諸島においては珍しく、急峻な山あいの地形が連なる島であることも、特徴の一つです。
世界自然遺産登録の延期
奄美大島、徳之島、沖縄本島北部、西表島の4地域は、国内5番目の世界自然遺産の登録を目指して、国により手続きが進められてきました。その結果今年5月に、国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の諮問機関であるIUCNより、「登録延期」の勧告が出されました。延期勧告の理由として、登録候補地が分断・細分されていることや、希少生物およびその生息地の生態系のモニタリング体制が整っていないことなどが挙げられます。とくに奄美大島については、環境省が島の希少生物を捕食し被害を及ぼすマングースの対策に長年取り組み、大きな効果を上げてきたことは評価されましたが、同様に問題を引き起こしているノネコによる在来種への被害対策は、ようやく計画ができた段階であり、対策の継続的な実施体制の担保などが求められています。
奄美大島の観光産業の動向
奄美大島の観光産業に目を向けると、近年、島を訪れた人の数は、2011年の35万人から2017年の47万人へと大きく増加傾向が続いています。とくに2014年7月には、格安航空会社であるバニラエアが成田空港から、2017年3月には関西国際空港から、それぞれ奄美大島に新規路線を開設しました。こうした格安の空の路線は、観光客の増加をもたらした一因と考えられます。
また、海の観光路線の動向では、2016年にアメリカに本社を置く世界的規模の客船クルーズ会社、ロイヤル・カリビアン・インターナショナルが、奄美大島北部の龍郷町(たつごちょう)笠利湾周辺に、大型客船が接岸可能な港湾施設とその付近での観光客向けレジャー施設の建設を計画しました。これに対し、地元の住民や環境団体を中心に大きな反対運動が展開され、いったん賛同を表明した龍郷町も、その方針を撤回した結果、計画自体が白紙となった経緯があります。
また、国土交通省は2017年8月、「島嶼部における大型クルーズ船の寄港地開発に関する調査」で、とくに奄美大島と徳之島を対象に客船寄港候補地の調査を行い結果をWEBサイトで公表しました。この調査事業に対して、参議院議員の川田龍平氏が今年6月の通常国会で、候補地選定の経緯や保全上の評価の不備や不足がある点を国に対し質問するなど、答弁が交わされました。
大型客船と観光客急増の影響
客船が一度に数千人を超える観光客を運び、定期便として毎週入港することで、地域経済にプラスの効果をもたらすと同時に、それら観光客需要に応えるため、さまざまな物資の島への搬入と廃棄物処理への対応が求められます。たとえばロイヤル・カリビアン・インターナショナルが中国を起点に就航させているクァンタム・オブ・ザ・シーズは乗客4,200人もの収容能力を誇ります。これだけの数の観光客を定期的に受け入れるとなると、島の上下水道や交通インフラの局所的な能力向上はもとより、島の社会に日常的に与える影響も想定する必要があります。とくに国際航路を経てやって来る外国人にとって消費が集中する商業施設だけでなく、大型バスやレンタカー、タクシーなどの移動手段における供給体制とともに運転手などへの外国語研修やマニュアルなどの準備も必要だと考えられます。
エコツアー適正化への取り組み
このような状況の中、奄美群島では観光事業者間で新たな取り組みが始まっています。群島内の全市町村で構成される奄美広域事務組合を事務局として、奄美群島エコツーリズム推進協議会による奄美群島認定エコツアーガイド制度が2017年より開始されました。これは、島ごとに観光ガイドの育成とその提供サービスの質の向上を目指し研修の実施と、受講した各ガイドを認定する制度です。なお講習受講の要件として、この協議会所属ガイドとしての1年以上の実績や各種保険加入、救命救急などの安全技術が備わっていることなどが規定されています。奄美大島では初年度の2017年には、43名のエコツアーガイド事業者がこの制度を通じ認定を受けました。幅広い知識向上を図りガイドの質と地位向上を目指す、地域主体の取り組みといえるでしょう。
認定制度の改善に向けて
このような研修・認定の試みは、屋久島などでもすでに行われています。奄美群島でも、生物多様性が豊かで観光ターゲットとなる地域においては同様の仕組みの導入が不可欠といえるでしょう。
WWFジャパンでは奄美広域事務組合に対し、この認定研修の内容をさらに拡充し、改善するよう次のような提案を行いました。まず追加されるべき内容として、環境保全に関係する条例・法令や、外来生物や密猟・盗掘などの地域の環境問題および島内の環境団体の活動に関する情報の充実を図ること。さらにエコツアー事業者らが連携して、行動注意喚起と啓発促進を目的に、媒体の配布を進めるとともに、日々のガイドの中で収集できる希少種や外来生物に関する情報の収集、自治体や保全団体らと共有する体制の構築などを求めました。さらに将来的な検討事項として、ガイド事業の売り上げの一部を自然環境の保全維持に拠出する基金の立ち上げについても、要望しました。
とくにエコツアーガイドは日々、森、山、海、川と、島の多種多様な自然の現場に接し、日々観察することができる立場にあります。ガイド自身が生態系や野生生物に影響を与えないよう事業実施に十分留意することはもとより、自然の状況をモニタリングすることで、島の自然環境の現状把握と問題解決のための貴重な情報を収集するという、自然の利用と保全の最前線にいる立場といえます。
世界に誇る自然環境の保全実現
世界に誇る自然や生き物を有する南西諸島の各島々が今後、その生物多様性の価値を後世に受け継ぎ、これを経済的資源として活動し続けるためには、島ごとの生態系や社会特性に応じた受け入れ許容量の評価や指標化を進めることが必要です。また地域の自然環境保全の継続のためには、その取り組みに必要な人員や費用を確保する仕組みとして、行政だけでなく地元の観光産業さらには住民も含めた問題認識を共通にし、協働する仕組みの構築が不可欠です。
慶良間諸島では、入島する乗船料とともに環境目的税を徴収する仕組みがあります。久米島では、地元企業が互いに売り上げの一部を拠出し農地での保全活動に拠出する制度があります。地域の自助努力だけでなく、観光立国を推進する国としても、地域振興予算や交付金を通じ、地域主導の活動支援事業を進め、同時に調査研究などの人的支援を図ることが重要です。こうした取り組みの結果、わが国が誇る世界にも類を見ない生物の多様性とそれを基盤とした人々の暮らしが共存する、名実ともに誇れる世界遺産の島が実現するといえるのではないでしょうか。