フォーラム随想ロコモティブ症候群を知っていますか

2018年08月20日グローバルネット2018年8月号

自然環境研究センター理事長・元国立環境研究所理事長
大塚 柳太郎

メタボリック症候群という言葉は日本にすっかり定着し、その英語のメタボリックシンドロームも、「メタボ」という耳に残りやすい呼称も、日常会話などで頻繁に使われるようになった。

ここで取り上げるのは、ロコモティブ症候群すなわちロコモティブシンドロームである。英語のロコモティブとは、「移動する」とか「運動の」という意味であり、ロコモティブシンドロームとは、骨、関節、靭帯、筋肉、脊髄、神経など身体の運動をつかさどる「運動器官」にみられる一連の病的な症状といえる。

ロコモティブシンドロームという言葉が誕生したのは、メタボリックシンドロームとは異なり、英語圏ではなく日本である。誕生したのは2007年、提唱したのは日本整形外科学会である。

ロコモティブシンドロームを提唱した理由について、当時の日本整形外科学会会長だった中村耕三氏は、「立つ、歩く」という基本的な歩行機能が低下している人の増加に驚いたことを挙げている。超長寿社会を迎え、運動器官の健康保持の必要性を社会に広く受け入れてもらうよう、前向きな語感を持つ言葉としてロコモティブを選び、その呼称の「ロコモ」とともに世に出したと述懐している。

ヒトが、直立二足歩行というユニークな歩行様式を進化させた過程はほぼ明らかにされてきた。直立二足歩行を常習的に行ったことが確実な最初の人類は、ラミダス猿人とも呼ばれるアルディピテクス・ラミダスで、彼らの化石は440万年前のエチオピアの地層から発見されている。彼らの主な生息環境は、多くの類人猿と同様に森林であった。

ラミダスに代わったのは、390万~290万年前に生息していたアウストラロピテクス・アファレンシスで、彼らの化石は、東アフリカから南アフリカにかけて多くの場所で発見されている。彼らが暮らしていたのは、地球の寒冷化・乾燥化によってアフリカ大陸東部の広域に出現したサバンナである。

森林とサバンナは、人類が生きていく上で決定的に異なっている。森林で手に入る大事な食物が樹木に実る果実なのに対し、サバンナで手に入るのは、まばらに生育し地下部に栄養分を蓄えるイモ類などである。アウストラロピテクスは、食物を求めて長距離を歩き回らなければならなかった。

直立二足歩行は高速で走るのには適さないものの、移動距離当たりのエネルギー消費量が少なくて済む。その上、道具や収穫物を手に持って運ぶこともできる。われわれの祖先は直立二足歩行の効率を高めるために、「腰を前弯させ」「足底をアーチ構造にする」など、身体の構造も進化させてきた。

ところが、中村耕三氏は、直立二足歩行に伴う進化は長寿という事態を想定していなかったのではないかと述べている。二足で「立つ、歩く」ことにより増大した腰・膝・足への負荷は、骨や関節が丈夫で筋力が強く靭帯も強い若年のうちは問題にならないが、運動器官の適切な使い方に注意を払わずに高齢を迎えると問題が生じやすいのである。

その例として、腰を前弯させた腰椎が椎間板ヘルニアの好発部位であること、足底のアーチ構造が加齢とともに弱まると偏平足になり足を蹴り出す力が弱まること、成人になってもО脚の場合は変形性膝関節症や膝痛のリスクが高まることなどが挙げられる。

歩行を含む運動器官の機能低下を防止するには、運動習慣を身につけること、そしてよく歩くことである。また、歩行機能をチェックするには、その測定法が日本整形外科学会のホームページに「ロコモ度テスト」として図解付きで示されている。

私たちは「ロコモ」を「メタボ」とともに、超長寿社会における大事な警告として共有する必要がある。本年1月末に、広辞苑が10年ぶりに改訂され第7版が刊行されたが、その中に「ロコモティブ症候群」が初めて登場している。

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