日本の沿岸を歩く~海幸と人と環境と第16回 ウナギ養殖の誇りと愛情―静岡県・浜名湖
2018年07月13日グローバルネット2018年7月号
ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)
加山雄三が歌う『光進丸』では、遠州灘で「俺を銀色の海へ誘(いざな)え!」と、雄大な自然を表現する。浜名湖の南端にある舞阪から目の前に広がる遠州灘を眺めながら、今年4月に火事で沈没した歌と同名の船の映像を思い出していた。後で納得した遠州灘や浜名湖の豊かな海の幸の中でも、浜名湖といえばやはりウナギ養殖。舞阪から北へ向かい、浜名湖東岸にある養鰻(ようまん)業者、有限会社フルハシを訪れた。
●周年養殖で最高品質に
フルハシは1968年創業で、二代目の古橋元治さんが社長だが、現場で指揮を執るのは息子で三代目の知樹さん。「浜名湖のウナギ養殖業者は昭和のピーク時に数百軒以上あったともいわれますが、現在は27軒に減っています」。現状を説明するとともに厳しい時代を地元の取引先に支えてもらったことに感謝していた。
浜名湖のウナギ養殖は1900(明治33)年、服部倉治郎が約8haの養殖池を造って事業化したのが始まりとされる。温暖な気候、豊富な地下水、近くの天竜川などで稚魚がたくさん捕れたこと、紡績業が盛んでウナギの餌になるカイコが大量に入手できたこと、さらに東海道本線が敷設されて輸送の便が良かったなどの好条件がそろい、静岡県産ウナギは全国生産の4分の3を占めるまでに発展した。まさにうなぎ上りだった。
全盛期に生産量1万数千tを誇った静岡県のウナギ養殖量だったが、オイルショックや安い中国産の大量輸入、都市開発、稚魚の激減などにより現在は10分の1の2,000t未満に激減。1982年に国内首位を退き、現在は鹿児島、愛知、宮崎に次いで4位である。
鹿児島や宮崎は大規模な企業養殖、隣の愛知県は小規模な養殖業者が多い。「単年養殖」では、2月までに養殖池に稚魚のシラスウナギを入れて7月以降の土用の丑の日に合わせて成魚を出荷する。これに対してフルハシなど浜名湖の業者は1年間以上かけた周年養殖でじっくり育てて、適宜出荷する。「身が適度に締まって柔らかく、とてもおいしい」と最高級のウナギとして評価されている。
ウナギを管理しやすいビニールハウスで養殖しており、露地池での養殖はしていない。養殖に使う水は、豊富できれいな地下水を地下300~400mからくみ上げ、23~24℃の水を加温して30℃にする。
ウナギを収獲した後の池は少し期間を空けて休ませ、土を新しい山土に入れ替える。餌は入手できるもので一番高価なものを与えており、深海のエキス入りだ。
ハウスの中を見せてもらった。ミキサーで練り合わせた餌の固まりを池に投げ入れると、ウナギの群れが餌の塊に食らいついた。ウナギの生命力を示す光景の迫力を言葉少なく見つめた。
フルハシの池の面積は1.3haで年間約150tの活鰻出荷をしている。原則として個人販売はしないが、20~30匹を限定でネット販売している。テレビ番組で「スターうなぎ」と紹介されて問い合わせが殺到したための対応策だ。知樹さんは「ウナギをじっくり観察し、ウナギと対話する時間が必要」とウナギ養殖に集中する姿勢を崩さない。「浜名湖産であればどこも同じように品質は高いですよ」と浜名湖産全体の評価を強調する。
●業者も資源保護へ努力
国際自然保護連合(IUCN)は、生息数が激減しているウナギ(ニホンウナギ)を絶滅危惧種に指定している。シラスウナギは5㎝程度の透明な魚で、海から河川に遡上してくるところを捕獲する。静岡県での漁期は12~4月。フルハシは浜名湖養魚漁業協同組合(丸浜)を通じて入手している。静岡県内で採捕したシラスウナギは県内養殖業者に納入される仕組みになっている。
シラスウナギの密猟や密輸が後を絶たず、取材した4月中旬、密漁者が逮捕されたニュースがあった。不正取引による乱獲を防いで資源を保護するため、現在では、養殖業者へのシラスウナギの割当量が決まっているが、この規制は養殖業者から行政に申し出て決められたものだ。また、浜名湖発親うなぎ放流連絡会は、2013年度から親ウナギを買い上げ放流している。
海水と淡水が混ざる浜名湖の周辺は海の幸の宝庫である。800種近い魚介類が捕れ、天然ウナギも年間約10tの漁獲がある。他にアサリ、アオノリ、クルマエビ、カキ、ドーマン(トゲノコギリガザミ)など。さらに遠州灘ではトラフグ、春先に捕れるカツオ(モチカツオと呼ばれる絶品)。訪問できなかったが、浜名湖体験学習施設「ウォット」(静岡県水産技術研究所浜名湖分場内)ではそうした魚たちに対面できる。
浜名湖伝統の小型定置網である角立て(かくだて)漁(袋網漁ともいう)が見られる湖畔に立つと、水面近くをアカエイが悠然と泳いでいるのを目撃した。毒を持ち需要が少ないために値がつきにくい未利用魚とされる。
●豊かな食文化のシンボル
古くから栄養源として重宝されたウナギは日本の食文化を代表するものだ。日本の東西で背開き、腹開きという違いがあり、土用の丑の日にウナギを食べるのは平賀源内が提唱したことが知られている。
浜松市は一世帯当たりのウナギのかば焼き購入金額が10年連続日本一で、「浜松のうなぎ」は環境省の「かおり風景100選」の一つ。「浜名湖うなぎ」は今年1月に地域団体登録商標に登録された。養鰻場の池番のまかない料理である「ぼくめし」が郷土料理になっている。大きくなり過ぎたウナギをゴボウと一緒に煮込み、ごはんにかけて食べる。名古屋などではおひつに入ったウナギ飯を茶わんによそって食べる「ひつまぶし」もあり、郷土グルメも多彩だ。
落語にはウナギの語源として鵜が飲み込むのに難儀した=ウがナんギした=話が出てくる。愛知県豊橋市のウナギ料理店「丸よ」は江戸時代に看板に「頗(すこぶる)別品」と三文字を書した。「特別な品」という意味で、そこから別品=美しい女性を示すことになったという。言葉の中にもウナギにまつわるものがいろいろある。
知樹さんが教えてくれたのは、浜名湖の北部にある白岩水神社(しらいわすいじんじゃ)の「うなぎ井戸」。角が生えて耳もある巨大なウナギがおり、その昔、村で人が集まるときに「膳椀」を貸してくれるのだとか。
観光名所で看板に「浜名湖名産・夜のお菓子うなぎパイ」とある春華堂の工場を見学してお土産をいただいた後、毎年8月に供養祭が開かれているうなぎ観音(高さ8m)を訪ねた。湖畔に立つ観音様はシラスウナギがやって来る浜名湖今切口(いまぎれぐち)へ慈悲深い視線を向けていた。
ふと思い出したのが赤塚不二夫の漫画『天才バカボン』に出てくるウナギイヌ。浜名湖が故郷で「父がイヌ、母はウナギという種を越えた強い愛から生まれた、奇跡の愛の結晶」が公式の定義。何者なのか、つかみどころがない奇妙なこの生き物の存在を気にしながら、ウナギを育てる人々の深い愛情、ニホンウナギ絶滅の危機に思いを巡らせた。日本人に愛されるこの魚を憂いなく味わえる日が来ることを祈りたい。