環境研究最前線~つくば・国環研からのレポート第34回 オゾン層回復のシナリオ

2018年06月15日グローバルネット2018年6月号

地球・人間環境フォーラム
津田 憲次(つだ のりつぐ)

最も成功した国際的な環境条約といわれるモントリオール議定書、正式名称「オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書」は1989年に発効されました。現在では196ヵ国および欧州連合(EU)が締結、国連史上初の全加盟国による批准が達成されています。このモントリオール議定書の特徴の一つに、毎年締約国会合(MOP)を開き、必要な調整・改正を続けていることが挙げられます。最近では、2016年10月にルワンダのキガリで「キガリ改正」が採択されました(2019年1月1日発効確定)。この「キガリ改正」では、オゾン層破壊物質(ODS)ではないHFC(ハイドロフルオロカーボン)類が規制対象になりました。代替フロンとして脚光を浴びたHFCですが、強力な温室効果ガス(GHG)でもあります。当初から規制されたODSであるCFC(クロロフルオロカーボン)類やHCFC(ハイドロクロロフルオロカーボン)類もまた強力なGHGで、HFC類を規制しないと地球温暖化にとって深刻な悪影響が予想されるというのが規制の理由です。

最近の研究で、オゾン層の回復にはODSの影響に加えて、地球温暖化によって変化する大気循環の影響も大きいことがわかってきました。そこで今回、化学気候モデルを使ってオゾン層破壊に関する研究をしている、国立環境研究所気候モデリング・解析研究室室長の秋吉英治氏にオゾン層の回復についてお話を伺いました。

●温室効果ガスの増加とオゾン層回復のシナリオ

オゾンは酸素原子3個から成る気体で、成層圏と呼ばれる地上約10~50kmの範囲に全体の約90%が存在しています。「対流圏(地上~10km)では温室効果ガスが増えると気温は上がりますが、成層圏では放射冷却で気温が下がります。一般的に、温室効果ガスが増えると成層圏は冷えるのです。そして、気温が下がるとオゾン分子が分解される化学反応も遅くなり、結果的に成層圏のオゾン量が増えます。このオゾンが、地球規模の大気循環であるブリューワー・ドブソン循環で中高緯度域や南北極域へ輸送されるのです」と、オゾンと大気循環の関係を教えてもらいました。最近の複数の気候モデルの結果によると、このブリューワー・ドブソン循環が地球温暖化の影響で強くなると予測され、オゾン層の回復を加速するようです。ただし、熱帯域では逆にオゾン濃度が減少すると予測されています。

極域はどうでしょう? 南極のオゾン層は、オゾンホールの出現などが以前から問題になっていますが、秋吉氏は「南極の大気は比較的孤立していて、温暖化の影響をあまり受けないのです。一方、北極は温暖化が進めば進むほど回復も早くなると考えられます。しかし、北極のオゾン層は年ごとの変動がとても大きく、ある年にオゾン量が増えたから翌年も増えたままとは限らず、急に減ることもありますので注意が必要です」と両極の成層圏の大気循環の違いを強調しました。

●オゾン層回復の様子は緯度によって大きく異なる

毎年、環境省からオゾン層などの監視結果に関する報告書が出版されています。秋吉氏も同省の「成層圏オゾン層保護に関する検討会」の委員であり、最新のオゾン層に関する結果を解説していただきました。「オゾン層の回復は緯度によって大きく異なります。観測値と化学気候モデルの計算結果を中緯度域、極域そして低緯度域に分けて描きました。中緯度域と極域(北極・南極)では、ODSの減少(削減効果)と温暖化の影響で、オゾンは増えると予測されます」。日本が位置する北半球中緯度で、1960年レベル(人為起源のODSの影響がない頃のレベル)に回復するのは2030年ごろと予測されています(図1)。図中、ODSを1960年レベルに固定した破線に注目すると、南半球中緯度では破線と実線(予測値)が大きく離れていることから、ODSの影響を強く受け続け、1960年レベルに回復するのは2055年ごろになることがわかります。同様に、北極域の回復は2030年ごろ、南極域は今世紀末ごろとなります(図2)。

図1 中緯度域におけるオゾン全量の観測値と予測値
実線は化学気候モデルによる予測結果(ODS とGHG の両方の量を将来シナリオに従って変化させた)。破線はODS の量を1960 年レベルに固定しGHG の量のみをシナリオに従って変化させた場合の結果。(出典:環境省「平成28 年度 オゾン層等の監視結果に関する年次報告書」)

図2 北極域と南極域におけるオゾン全量の観測値と予測値(出典:図1と同じ)

一方、低緯度域は様相が違います(図3)。秋吉氏は「この緯度帯では、地球規模の大気循環が強くなり、対流圏からオゾン濃度の低い空気が入ってくるので、このまま温暖化していくと、むしろオゾン量は減少すると予測されています」と話してくれました。さらに「CFC類・HCFC類などのフロンガスは確かに減ってきていますが、減り方はとてもゆっくりです。最近、フロン11の大気中濃度の減少率が鈍ってきているという報告がありました。ですから、ODSの影響も今しばらくは要監視です」と指摘します。

図3  低緯度域におけるオゾン全量の観測値と予測値(出典 図1と同じ)

●HFC類の影響、そしてその後…

代替フロンHFCの影響については、「2次元モデル(経度方向に平均し大気の断面を表現したモデル)による先行研究があります。それによると、熱帯の上部対流圏と地上約10~30kmの範囲の下部成層圏が暖まり、大気循環も変化します。オゾンは、北半球中緯度の下部成層圏でとくに減り、熱帯の対流圏界面(対流圏と成層圏の境)付近で増えます。全体ではわずかに減少しますが、HFC類の影響はとても複雑です。また、HFC類の温暖化影響は、RCP2.6シナリオ(2℃目標(将来の気温上昇を2℃以下に抑えるという目標)を達成するための代表濃度経路シナリオ。)が実現した場合には無視できないレベルになると考えられます。私たちは現在、3次元モデル(全球大気を立体的に表現したモデル)を使ってHFC類の影響を精査しているところです」と教えてくれました。

キガリ改正によって、HFC類も将来減少していくでしょう。しかし今後、ODSでもありGHGでもある亜酸化窒素(N2O)、ジクロロメタンのような短寿命ODSなど、規制を受けていない物質の影響が問題になると危惧されています。秋吉氏は「オゾン層の本当の回復時期は、5年、10年を平均化してみないとわからないと思います」と過渡期の予測の難しさを語ってくれました。

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