日本の沿岸を歩く―海幸と人と環境と 第15回維新胎動の地で地産地消を貫く―山口県・萩しーまーと

2018年06月15日グローバルネット2018年6月号

ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)

明治維新胎動の地である山口県萩市は観光地であるとともに、日本海の豊かな漁業資源に恵まれた港町でもある。ここにある道の駅「萩しーまーと」は、漁港と魚市場に隣接し、地魚を中心とする直売所や飲食店がそろっている。年間来訪者130万人、販売額9億9,000万円(2016年度)という全国有数の道の駅であり、地産地消が実感できる場所なのだ。

●「地元の台所」に観光客

萩市街から中心部を流れる松本川を渡り、平屋風のしーまーとに着くと、建物と隣り合った魚市場も見える。2001年に“萩の旬市場・市民の台所”としてオープンした、道の駅の敷地は7,420m2。杉材を使った建物(1,424m2)の内部には、鮮魚4店、飲食店3店、加工品、地元物産、青果、精肉、ベーカリーなど17店舗が入っている。直営は野菜・果物、鮮魚の2店。平日の午前中で客は少なかったが、懐かしい公設市場のような熱気を感じさせる売り場風景がある。

駅長の山口泉さんは「地域活性化の施設の役割を目指しています。地元の農産物もそろい、商品の8割を地場産が占める『地元の台所』なのです」と説明する。来訪客は平日2,000~5,000人、土日はその倍になる。近郊を含む市外からの買い物客が多く、県外観光客は4割ほどと人気ぶりを物語る。人気がある魚はアマダイ、金太郎(後述)、フグなど。春から夏は「瀬つきあじ」、夏から秋はケンサキイカが評判で、季節を問わずおいしい魚介類が客を待っている。

しーまーとは、萩漁港を整備して新設した「中核流通基地」内にある水産物販売施設。この基地は萩市周辺漁業施設を一ヵ所に集約したもので、しーまーとと製氷冷凍冷蔵施設、卸売市場がセットになっている。24時間利用可能な駐車場やトイレなどを備えた「道の駅」にも認定された。

オープン2年前に地元の漁協や水産業者が「ふるさと萩食品協同組合」を設立し、これまで販売施設を運営してきた。計画段階では、「お魚センター」のような観光市場をイメージしていたが、全国の先行事例を調査すると、週末や観光シーズン中は客が多いものの、平日やオフシーズンは客足が著しく減ることが予想された。そこで「地元市民をターゲットに、観光客などビジターは従に」というコンセプトに変更した。萩は1970年、旧国鉄の「ディスカバー・ジャパン」キャンペーンで一躍有名観光地になった経緯もあり、観光客に期待するのも無理のないことだった。

計画の見直しは、全国公募で初代駅長に採用された中澤さかなさんの意見が反映された。萩市は年間約250種類の新鮮な魚が集まり、水揚げ70億円を超すにもかかわらず、市内スーパーの魚介類のうち地物は1割程度。萩の実情なども丹念に検証した中澤さんは「地元産なら鮮度や価格、安心感がある」と自信を深め、新しい施設について「魚介類は直接魚市場で買い付けができるなど有利な点が多い」「水産系だけでなく、青果や精肉もそろえば地元客は来てくれる」と確信した。地産池消は、流通や保管のコストなどで利点がある他に、季節の移ろいを食で実感してもらえる魅力がある。生産者、消費者、さらに環境にも優しいのだ。

広報戦略も奏功した。中澤さんは大手情報出版会社に20年勤務した経験があるので、関心を持っていそうな地区に重点的にチラシを配布したり、地元の新聞社やテレビ局に情報提供したりして、知名度を高めた。ニュースがニュースを呼んで数多くのメディアに取り上げられ、2015年には国土交通省から「全国モデル道の駅」に選ばれた。しーまーとは「地域活性化のための小規模ビジネスモデル」の成功事例となっている。

●志士たちの好物を再現

中澤さんは現在地域活性化伝道師(内閣官房)として、全国各地の特産品づくりや地域活性化を支援している。青森県鯵ヶ沢の「ヒラメのづけ丼」(本連載2017年9月号)を監修した人物でもある。

数々ある取り組みの中でも、特筆されるのは、しーまーとで商品開発した「金太郎」だ。金太郎とは萩地域の呼び名で、標準名はヒメジ。成魚は15~20cmで美しい薄赤色をしている。底引き網で漁獲され、地元では焼き魚や天ぷらにして食べられているが、小骨が多いため雑魚扱いだった。2009年、中澤さんが東京の帝国ホテルのフランス料理店の有名シェフに金太郎を紹介し、ディナーコースに出されたことから注目を集めた。さらに独自商品としてオイル漬け「オイル・ルージュ」も開発した。中澤さんは「冬の寒い日でも漁をしている漁業者の収入増につながった」と喜んでいる。

地元漁業への思いは2代目駅長の山口さんにもしっかり継承されている。昨年7月に駅長になった山口さんは、中澤さんから「次の金太郎を探してほしい」とリクエストされた。昨年、明治維新150年のプレイベントとして萩市博物館学芸員に監修してもらい、幕末の志士たちの好物を再現し、店内で提供した。歴史を食につなげるユニークな企画になった。

卸売市場の前を歩くと、近隣の山間部に建設予定だった最終処分場建設に反対するメッセージが掲げられていた。すでに計画中止が決まっているのだが、漁業者がきれいな海を守ろうとする心意気が伝わってくる。

●活躍する萩の女性たち

しーまーとを訪れる前、日本海に面した菊ヶ浜に立ち寄った。近くには江戸時代から、明治、大正にかけて港町として栄えた浜崎地区があり、物流や水産業に携わる人が住んでいた古い建物を見ながら散策した。名所となっている旧萩藩御船倉(おふなぐら)は藩主の御座船(ござぶね)や軍船を格納していた。堅固な石垣造りが明治維新を動かした萩藩の力の大きさを物語っている。

また、菊ヶ浜には高さ3m、幅12m、長さ50mの菊ヶ浜土塁(通称 女台場(おなごだいば))が残っている。1863(文久3)年、外国船の来襲に備えて萩藩が住民に命じて築いた。男たちの留守に武士の妻や奥女中たちが汗を流した。山口県の民謡『男なら』はその作業歌である。

そうそう、と気が付けば、萩は女性が輝く場所だった。しーまーとから7kmほど北東にある笠山(標高 112m)の椿群生林入り口には漁師の奥さんなどが運営する「椿の館」がある。山口さんが「アマダイの煮付けは最高!」と称賛する店は、漁業で活躍する女性たちの取り組み事例として以前取材したことがある。

今回は取材できなかった萩大島の萩大島船団丸代表(株式会社GHIBLI代表取締役)坪内知佳さんや、山口県漁協三見支店女性部が立ち上げた株式会社三見シーマザーズも萩の漁業を元気にしている。萩大島船団丸は漁師が手作りした高級干物を販売する6次産業化で成功、三見シーマザーズは一人暮らしの高齢者への宅配弁当と総菜加工をしており、道の駅「萩・さんさん三見」ではレストランを運営する。

山口県には「山口男に萩女」という言い伝えや、山口(市)には美人が生まれないという「姫山伝説」がある。筆者は「山口にいい男、萩にいい女が多く、その組み合わせが理想的」と解釈している。しーまーとの山口駅長はじめ、萩で出会った女性は、どなたも気品があって美しい人ばかりだった(個人の感想です)。しかも、仕事に情熱を傾けている姿が頼もしい。うそだと思うなら、萩に出掛けて確かめてほしい。

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