特集/今、企業に求められる自然資本評価~社会と企業経営を持続可能にするツール今、世界で進む企業の自然資本評価とは

2018年06月15日グローバルネット2018年6月号

地球環境戦略研究機関(IGES)
松本 郁子(まつもと いくこ)

2010年に生物多様性条約第10回締約国会議で愛知目標が採択されて以来、「自然資本」を国家や企業の会計・経営に盛り込む取り組みが国際的に活発化した。私たちの生活や企業活動を支えるこの資本をどのように守り、増やしていくか、議論が交わされ、さらに自然資本による価値の経済的評価に対するニーズが高まってきている。本特集では、自然資本評価の最新動向、そして日本の企業で初めて自然資本評価に取り組んだ事例、および金融セクターが自然資本評価を活用する背景やそのメリットについて紹介する。

 

市場のグローバル化が急速に進む中、企業による大規模な自然資源の利用に伴う生態系への損失、これに伴う長期的な資材調達の不安定化、社会不安、気候変動などによる商品作物市場の大規模な変動など、市場経済はこれまで以上に自然資本の動向に大きく左右されつつある。

自然資本評価は、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)による責任投資原則(PRI)署名を契機に、わが国の資産運用業界でも積極化してきたESG 投資や、「統合報告書」の枠組みにおける六つの資本(財務資本、製造資本、知的資本、人的資本、社会・関係資本、自然資本)の一つとしても着目され、そのサプライチェーンにわたってインプットとアウトプットを明確にし、報告することが求められてきている。欧州委員会では、ESG(環境・社会・ガバナンス)の報告項目の一つとして自然資本を含めることも検討している。

こうした流れを受け、企業活動による自然資本の変化について正しく評価し、長期的で戦略的な企業活動を行っていくための評価の枠組みを示した「自然資本プロトコル」が2016年7月に発表された。「自然資本プロトコル」は、ユニリーバ、コカコーラ、ウォルマート、ダウケミカルなど、大手企業をはじめ、世界の企業でその利用が進められてきている。

自然資本という考え方は新しい考え方ではあるが、「自然資本プロトコル」では自然資本を「人々に一連の便益をもたらす再生可能および非再生可能な天然資源(例:植物、動物、大気、水、土、鉱物)のストック」と定義している。この考え方は、これまでの英国の自然資本委員会や欧州委員会などでの議論を集約した形でまとめられたものである(図1)。

「自然資本プロトコル」は、企業が自然資本への直接的・間接的な影響や依存度を特定、計測、価値評価するための標準化された枠組みである。プロトコルは乱立するさまざまな自然資本評価手法を整理する形でまとめられたもので、これまで自然資本評価に関わってきた主要な国際機関やコンサルタント、企業のほか、GRI(Global Reporting Initiative)や国際統合報告協議会などとの協力の下に策定され、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)との連携も進められている。また、2017年にメキシコのカンクンで開催された第13回生物多様性条約締約国会議の決議や欧州議会でも、企業の生物多様性と生態系の機能とサービスへの依存度と影響を把握するツールとして認識され、事実上、企業が自然資本評価を行う際の国際基準となりつつある。

企業による自然資本評価の活用事例

では、自然資本評価は企業の戦略作りに実際どのように生かされてきているのだろうか。ユニリーバでは、自社のバイオプラスチックの原材料の調達先を決める際の判断材料として、自然資本評価を活用してきている。この自然資本評価は、急速に伸びるバイオプラスチックの原材料の調達先として、今後、ブラジル産のサトウキビとアメリカ産のトウモロコシのどちらのオプションを拡大するべきなのかを検討する判断材料として活用された。

これまでの自然資本評価ではライフサイクルアセスメント(LCA)において土地利用変化を考慮に入れることに限界があるため、ユニリーバはスタンフォード大学などと共同で、生物多様性そのものの評価を強化していくために、通常のLCA分析に気候や水、生物多様性への重要な影響について把握するための、空間的な解析や生態的な情報の予測を組み合わせた評価方法、LUCI-LCAモデルを開発した。

この分析の結果、通常のLCA分析とLUCI-LCAモデルで把握された、①温暖化の可能性 ②富栄養化の可能性 ③水の消費 ④土壌浸食の可能性 ⑤生物多様性への影響の可能性の比較が可能となった。その結果、温室効果ガスの排出と水の消費に関しては、LCAとLUCI-LCAで影響の大きいオプションが正反対となり、土地利用情報を入れることで、ブラジルのサトウキビ生産による水の消費の影響が膨大であることが明らかとなった。また、土壌浸食と生物多様性への影響にも大きな差が生じることも明らかになった(図2)。つまり、どこの土地で、どのような土地利用を行うのかを分析に加えることによって、その影響の評価は大きく異なってくるのである。

こうした研究を元に、今後、自然資本評価において、LCA分析に合わせて、土地ベースの生物多様性と生態系サービスの空間特定モデルを活用した自然資本・生態系サービス評価が進むことになるだろう。

2013年にTrucost社と協力し、企業レベルの自然資本評価を行ってきた英国の水供給会社の一つヨークシャー・ウォーターは、これまで自然資本評価を自社の土地利用のオプションや新規の設備投資のオプションを検討するために活用してきた。2017年には、今後自然資本をさらに企業の経営戦略の柱として活用していくために、自然資本だけでなく、社会資本や人的資本、財務資本も含めた総合的な事業評価を行っている。この事業評価では、自社の土地利用の五つのオプションを、自然資本、社会資本、人的資本、財務資本の四つの資本評価の総合評価の下に、検討を進めている。

WBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)では、2017年に「社会と人的資本プロトコル」を策定している。今後、社会・人的資本の評価も含めた幅広い視点での企業資本の評価が求められていくことになるだろう。

政府による標準化の動き

一方、2017年にスコットランドで開催された第3回世界自然資本フォーラムでは、オランダ政府とスコットランド政府のイニシアチブの下、初めて企業の自然資本評価に関する政府対話が開催された。これは、自然資本プロトコルが自然資本評価の枠組みを示しているにすぎず、企業や専門家から政府による自然資本の計測手法に関する基準設定、政策策定の要望が強いことを反映しての動きである。オランダ政府は欧州委員会などを通じて、国連の環境経済勘定枠組み実験的生態系勘定(SEEA EEA)の企業の自然資本評価への活用を提案してきている。

今後の課題

こうした国際的な流れを受けて、日本においても自然資本評価に向けての試行が少しずつ進みつつある。今後、試行的な取り組み事例を増やし、海外への情報発信を行っていくと同時に、自然資本評価を進めていく上での利点や課題について、さらに積極的な情報交換を行っていく必要があろう。

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