つなげよう支えよう森里川海―持続可能な新しい国づくりを目指す第11回 「秩父グリーンインフラ構想」荒川ビジョン推進協議会の取り組み
2018年04月16日グローバルネット2018年4月号
東京農業大学 農山村支援センター事務局長、(株)森里川海生業研究所共同代表
竹田 純一(たけだ じゅんいち)
●荒川流域の課題と秩父グリーンインフラ構想
荒川は、埼玉県秩父市を源流とし東京湾に注ぐ一級河川、流路延長173km、流域面積2,940km2、川幅は、鴻巣市御成橋付近で、2,537mと日本最大である。
国土交通省関東地方整備局では「荒川の現状と課題」(2015年2月9日)の中で、荒川水系は、首都東京を貫流し、沿川の土地利用は高密度に進展しており、また下流沿川はゼロメートル地帯が広範囲に広がっていることから、氾濫した場合の被害は甚大となる。浸水区域は、10区約7,800ha。浸水想定区域内の人口は約116万人、家屋数は約47万戸、想定被害額約22兆円としている。
荒川下流河川事務所「荒川下流域の水害リスクと避難に必要な情報の入手方法」(2017年12月15日)では、流域内人口約980万人に対して、浸水想定区域内人口約540万人とし、近年の雨の降り方の変化から、水害のさらなる頻発・激甚化を懸念している。
このような災害リスクに対して、被害を最小化する考え方の一つにグリーンインフラがある。
国土交通省総合政策局環境政策課「グリーンインフラストラクチャー~人と自然環境のより良い関係を目指して~」(2017年3月)では、社会資本整備や土地利用などのハード・ソフト両面において、自然環境が有する多様な機能(生物の生息・生育の場の提供、良好な景観形成、気温上昇の抑制など)を活用し、持続可能で魅力ある国土づくりや地域づくりを目指す取り組みであり、自然環境への配慮を行いつつ、自然環境に巧みに関与、デザインすることで、自然環境が有する機能を引き出し、地域課題に対応することを目的とした社会資本整備や土地利用の推進を挙げている。
秩父グリーンインフラ構想は、上流圏の果たすべき役割を考え、中下流域との交流を通じて、減災活動をきっかけとする流域圏の活性化を目指す取り組みである(図1)。
●上下流の連携と交流の意義
甲武信ヶ岳(標高2,475m)を集水域とし、深い渓谷が連なる奥秩父は上流部は多雨傾向、中下流部は少雨傾向の中、四つのダムがあるとはいえ、近年のゲリラ豪雨では、水かさは、短時間で増加する。ゲリラ豪雨が河川水量を激増させる要因は、雨量だけではなく、林床の砂漠化や農地の荒廃にも原因がある。農山村からの人口流出と管理不足、人口減少と反比例するシカの増加が食害を生み、林床や農地の荒廃は加速している。
このままでは、奥秩父の山はますます荒れ果て、斜面は崩れ、ダムの貯水量は減少する。貯水能力、保水力は、人の関与がなくては維持することは難しい。
中下流域では、かねてより、さまざまな洪水対策が取られてきた。しかし、鬼怒川災害に見られるように、自然の猛威は増すばかりである。では、中下流域の住民にとって上流域の環境は、どのような意義を有するのだろうか? 頭の中で理解している森林の多面的機能のような概念は、現実に顕在化しないとなかなか理解できないものかもしれないが、上中下流が、真摯な立場で協議する場を設け議論を尽くせば、日常生活の中でもできる減災に向けたさまざまな取り組みが生まれるはずである。
このための協議の場が、荒川流域勉強会の提案だ。勉強会の目的は、荒川流域を一つの単位として、一帯となった防災減災体制を構築することにある。このため、上中下各協議会の有する情報などを共有する場を設け、施策の調整を行うことにある。
●上流圏の果たすべき役割
荒川流域災害に対して、いかにして、防災減災施策が展開できるかに関して、上流圏の果たすべき役割を議論した結果、勉強会では、以下のような取り組み案が示された。
- シカと野生生物との共生を通じた減災機能の強化
- 上流域の森林管理や農地管理による減災機能強化
- 下流域の豪雨災害などへの予防的措置の検討
- 上下流交流を通じた減災教育と暮らしの安心づくり
- 推進組織の創出と減災活動をきっかけとする流域圏の活性化
シカによる食害は、林床植生を砂漠化させ、斜面は裸地化している。さらに、豪雨などにより、表土が流され、林床は、河原のごとく砂利と岩肌を見せている。シカの個体数管理とシカの入れない空間管理を行わなければ、山の崩落は食い止められない。またシカの入れない空間ができれば、山菜、山野草の復活により、山村の恵みを増やすことができる。
森林管理、農地管理は、人手を必要とするプロジェクトである。同時に、森林環境教育、グリーンツーリズムといった教育、観光側面の事業として、中下流向けのプログラムが可能である。
豪雨災害への対策は、流下水量の時間的な調整が重要である。上流圏での滞留時間を拡大できれば、減災に寄与することができる。このためにも、森林、農地の持つ貯水機能とダムの貯水能力の向上が鍵となる。
減災教育は、要は、ライフジャケット着用による親水体験である。水の危険を知り、危険から身を守ることの体験を通じて、個々人のセルフレスキュー能力を高めれば、減災に寄与できる。また、森林、農地管理の体験により、貯水能力を向上させることができる。
このような減災に向けた取り組みを推進する拠点として、「水の駅」を開設し、中下流圏への情報提供、減災教育事業の推進、上下流交流を通じた地域経済の活性化を目指す取り組みを検討している(図2)。
●「秩父グリーンインフラ構想」の推進母体
荒川ビジョン推進協議会は、秩父市、横瀬町、皆野町、長瀞町、小鹿野町の1市4町を中心に、森林組合、商工会議所、農協、水資源機構、発電所、埼玉県、林野庁、国土交通省、環境省が、情報交換を行う協議会である。荒川の中下流に対して、水源となる上流圏の産官学が連携し、森林、農業、水資源、観光、環境など多様な側面から、秩父地方の保全と活性化の検討を行っている。会長は、東京農業大学 宮林茂幸教授、事務局は、NPO法人森 吉田進事務局長である。本協議会では、2018年3月、本年3回目の勉強会を通じて「秩父グリーンインフラ構想」のイメージを協議会総会にて共有した。次年度は、中下流域との情報交換を行う予定である。