特集/シンポジウム報告 社会的共通資本と持続可能な社会・経済・環境~確かな未来を創る座標軸(その2)パネルディスカッション「まちづくり、ひとづくり、くにづくり ―「新たな成長」に向けた視点を探る―」

2018年04月16日グローバルネット2018年4月号

パネリスト:
(株)竹中工務店 取締役社長 宮下 正裕さん
コモンズ投信(株) 会長 渋澤  健さん
九州大学主幹教授・都市研究センター長 馬奈木 俊介さん
環境省 総合環境政策統括官 中井 徳太郎さん

モデレーター:
ジャーナリスト 池上 彰さん

21世紀金融行動原則(事務局・当財団)、環境省主催のシンポジウム「社会的共通資本と持続可能な社会・経済・環境―確かな未来を創る座標軸」が1 月31 日、霞が関で開かれました。3 月号では故・宇沢弘文氏の長女、占部まり氏らの基調講演を掲載しましたが、本号では、引き続き行われたパネルディスカッション「まちづくり、ひとづくり、くにづくりー新たな成長に向けた視点を探る」の要旨を紹介します。(2018年1月31日、東京都内にて)

 

モデレーターを務めたジャーナリストの池上彰さん

池上:地球の環境問題について関心が高まっている一つのきっかけは、アメリカのトランプ大統領がパリ協定から離脱する、石炭をどんどん燃やすなどと言い出して、かえって多くの人がショックを受けたからではないかと思います。今、トランプ政権の内幕を書いた本の日本語訳のお手伝いをしています。トランプさんはパリ協定から離脱すると約束して大統領になったけれども、当選後、いろいろとレクチャーを受けた結果、これはいかんとパリ協定への復帰を言い出したのではないでしょうか。トランプ大統領が誕生したことによって、私たちは危機感を持って地球の温暖化問題に取り組むようになった、という時代背景があると思っています。

前半は、これまで私たちは何をしてきたのか、そして今どのような状況になっているのか、という現状認識。そして後半は、それを踏まえた上で、私たちはこれから何をすべきなのか、ということを議論していきたいと思います。

 

2020年にゼロエネルギービルの実現を目指す

宮下:私どもの会社は、織田信長の普請奉行であった竹中藤兵衛正高が神社仏閣の造営を生業として1610年に創業し、1899年を創立の年として来年120周年を迎えます。「最良の作品を世に遺し、社会に貢献する」を経営理念として現在まで継承しています。

2014年に「竹中グループCSRビジョン」を制定して、「まちづくり」を通してサステナブルな社会に貢献していきたいと考えました。環境庁(当時)が発足した1971年には設計施工にあたり「自然、故郷、季節、人情」など豊かな環境を設計の中に取り入れていこうという思いを込め、「設計に緑を」のスローガンを掲げました。

2010年に「環境メッセージ」を制定し、「人と自然が共生するまちづくり」など2050年のビジョンを設定しました。2020年に「ネット・ゼロエネルギービル」という正と負のバランスのとれたビルを実現し、2030年以降はエネルギーを生む方が多くなる「ネット・プラスエネルギービル」の定着という目標を掲げています。

それから「竹中脱炭素モデルタウン」を構想し、複数の建物の連携によるエネルギーの効率的利用、水素エネルギーの活用について、東京本店のある江東区の新砂エリアで実証実験を進めています(図1)。

図1 水素を活用した『竹中脱炭素モデルタウン』のイメージ

また、東日本大震災の復興においては、日常生活の基盤を作り、人と人との関係を生む環境が求められています。そこで、次世代のまちづくりを担う人材を育成するプログラムを立ち上げ、宮城県・石巻の新門脇地区で地域の中学生たちが想いを込めて構想した「みんなの公園」を基にした公園が昨年完成しています。

建築は街に新たな価値を与えます。私どもは、これを「まちを変える」「まちを繋げる」「まちを高める」「まちを育てる」という四つの視点で考えています。大阪の「あべのハルカス」の近くにある天王寺公園を、芝生広場と木造店舗群に再整備する事業「てんしば」の企画、デザインを担当しました。超高層タワーと公園のリニューアルによって相乗効果が生まれ、買物客のにぎわいがまちに生まれたと思っています。また、東京の浅草では、国内外の観光客に向けて地方の魅力を伝える「まるごとにっぽん」という施設の、企画、設計施工にも携わりました。

池上:渋澤さん、「日本の資本主義の父」といわれる渋沢栄一さんをご先祖にお持ちになるのでプレッシャーもあると思いますが、資本主義を良くする思いで「コモンズ投信」という会社を経営されているわけですね。これまでどのような取り組みをしてきたのですか。

論語と算盤の教える「と」の力

渋澤:渋沢栄一といいますと『論語と算盤』がトレードマークです。道徳と経済は一致すべきという考え方で、この書籍の中に「経営者一人がいかに大富豪になっても、社会の多数が貧困に陥るのでは経営者自身の幸福が継続されない」という指摘があります。また別のところでは、「正しい道理の富でなければその富は完全に永続することができない」と言っています。したがって、論語、道徳、算盤、経済というとかけ離れた存在だと思われますが、それを一致させることが極めて重要な勤めである、と言っています。

今日の私のメッセージで一つの大切な文字がありまして、それが「論語と算盤」の「と」の力です。どうやって論語と算盤を一緒にするのか。試行錯誤しているうち、ある瞬間フィットするかもしれない。「と」の力というのは一見、矛盾、無駄かもしれませんが、そこから新しい創造ができると私は思っています。

われわれは枠を抱えてその中で生活しています。その枠とは自分が生まれた国や自分が仕事をしている業種、あるいは自分が勤めている業界、あるいは銀行という組織。それぞれに成功体験、価値観、世界観があって、そこからわれわれは外の世界を見る。ある意味普通の考えでその枠の中にとどまっていると、自分の世界が小さくなっていることに気付かないと思うところがあります。

日本人は「うち」という表現がすごく好きですね。自分の会社も「うち」、団体も「うち」。しかし、この「うち」は外から見ると点にしか見えない。これを企業で考えると、企業がどのようにして価値を高めるか。やはり枠の外からいろいろなものを取り入れる必要があると思います。ダイバーシティ経営、女性、外国人、場合によっては障害者、あるいはCSR、社外役員、すべて枠の外から新しい視点を呼び込んで、その枠の中を刺激して、高めていくことだと思います。だから今日の話は、環境と金融は両方とも、それぞれの枠内にとどまっていれば当然ながら相手は見えない。だから両方の世界観を見ることが大事だということです。

池上:「と」の力という論ですね。「論語と算盤」「環境と金融」。なるほどと思いますが、「二兎追うものは一兎も得ず」という言葉もあります。「と」を実行、実現するためにはどうすればいいんですか。

渋澤:人間は生き物の中で唯一、他の生き物が持っていないものがあるといわれています。それは想像力です。動物は目の前にあるものしか見えない、自分自身の経験でしか反応しないけれども、人間は目の前に見えない、体験していなくても想像力がある。想像力がなければ「と」の力を生かすことはできないのですが、想像力があるからこそ、そういう異分子とか、無関係なものをつなげることができて飛躍できるのです。

池上:明治の初めに、個人が金持ちになっても、多くの人が貧しかったらそれは幸せとはいえないと説かれていたのですが、世界でますます一部の人に富が偏重しているという、まさに渋沢氏がかつて危惧したことが世界規模でいま一段と進んでしまっていることを改めて感じました。

新しい指標で「新国富」の研究をされている馬奈木先生、豊かさとは何か、あるいは持続可能性とは何か、というさまざまな議論が起きている中で、今、何が問題なのか、あるいは、どうすべきなのか、世界規模でどんな議論が起きているのか。その辺のお話をいただければと思います。

パネリストの皆さん(左から宮下正裕さん、渋澤健さん、馬奈木俊介さん、中井徳太郎さん)

GDPのフローからストックを重視する新国富の登場

馬奈木:豊かさを議論するときに、持続性とか健康、教育、環境の問題が認識されるようになったのは、ノーベル経済学賞をとったジョセフ・スティグリッツ氏が代表を務め、フランスのサルコジ元大統領が諮問した委員会がまとめたレポート(2009年)があります。国内総生産(GDP)について、「もっぱら量的な側面に注目するものであり、質や価値は考慮されていない」としています。消費や投資といったGDPのフローの概念ではなく、ストックに目を向けた考え方です。人々の幸福度を見たときに、何が大事かというと、個人の収入ではなく、むしろ資産だろうと。

この概念をインドの中央銀行総裁のラジャン氏に話したところ、銀行がお金を貸すときも収入ではなく資産を見る。投資の価値を見るときも環境や教育、健康の価値を見て、その相互作用を促すような投資が必須だろう、とすごく納得されました。私たちが取り組んでいる「新国富」は、金融の専門家から見ても妥当だったわけです。

もう少し学問的にいろいろな資本の価値を計算して、指標として使えるものにしようという理論の発展と実証研究がこの5年ぐらい続いていました。国連持続可能な開発会議が世界各国で進んでいる議論を集大成して「包括的豊かさに関する報告書」を2014年に出しました。スティグリッツ・レポートが出た6年前には30ヵ国のデータしかなかったのですが、今では140ヵ国の自然、健康、教育の統計データが取れるようになりました。今、この2018年版のレポートの代表を私が務めていまして、5月には発表する予定です。

この内容は、森林資源、水産物、農業用地、化石燃料などの自然資本という自然自体の価値、設備、機械、道路などの人工資本、そして教育、健康などの人的資本を新国富の指標として総合的にまとめようと進めています(図2)。経済学のある意味集大成と捉えることが可能かと思います。

図2 「新国富」の概念

池上:中井さん、今日のシンポジウムですが、なぜ環境省が金融の話をするの? という疑問があります。環境省と経済というのは、かつては対立するかのような概念で受け止められることがありました。それが、金融とどう関わっていくのかという面も含めて、今後の取り組み、基本的な考え方をお話しいただけますか。

金融の在り方を話し合うESG金融懇談会を環境省に設置

中井:地球の温暖化、気候変動という問題により、地球上で人類が生き残れるかというような状況になっており、環境庁(当時)が発足した1970年代とは大きく変わっていると思います。気候変動に関しては、日本もこのまま何もしないでいると平均気温が4.5℃も上がってしまうという科学的事実が突き付けられています。政策当局として強調したいのは、こうした事実を踏まえてパリ協定があり、国連のSDGsの動きがあるということです。

気候変動は人類の生存基盤の話であり、国、経済、社会、コミュニティが成り立つのか、安全保障はどうするのか、戦争が起きないか、難民をどうするかといった世界全体に影響する話として捉えられています。スイスで毎年開かれるダボス会議では、グローバル・リスクの中に異常気象、自然災害など環境にまつわるものが最大のリスクとして取り上げられるのがここ数年のトレンドになっています()。実際、保険の世界において、災害対応の保険料率を上げるという経済活動への波及があります。

表 発現可能性の⾼いグローバルリスク

パリ協定は、21世紀の世界の平均気温の上昇を産業革命前より2℃、できれば1.5℃に抑えたいということで、世界中の国が参加して取り組むことになりました。21世紀の後半には、海や森林が吸収してくれる二酸化炭素(CO2)のレベルに人類活動の排出を抑える、増えない世界をつくるということです。そんなことができますか?というくらいの高いハードルを目標に掲げています。こうなると、環境の問題というよりは、それが実現できる産業構造、経済の構造、社会の仕組みはあるのですか? という問い掛けになっています。

そこで2015年の国連持続可能な開発サミットで採択されたSDGsの話とオーバーラップします。SDGsという17の目標と169のターゲットがあって、これらの環境・経済・社会のいろいろな課題を2030年までに解決しようというのです。

CO2の削減について環境省が認識しているのは長期的目標として2050年までに日本の排出量を海外貢献も含めて80%減らしたい。まさしく社会経済が変わる、社会経済の在り方をデザインして、みんなでそこを目指そうという問題意識になっています。

ESG投資という、環境・社会・ガバナンスにしっかり取り組む企業への投資が増えていて、お金の力で社会を変えようといううねりが世界で起こっていることを、日本も認識しなければいけないと環境省は強く訴えています。

ダイベストメント(投資撤退)という言葉がありますが、石炭を使っているところの株は買わない、すでに保有している株は売却しますという話になると、その対象となった企業は資金調達ができなくなる。企業行動と金融との関わりが世界ではダイナミックに動いています。SBT(科学的根拠に基づく目標)といって、企業自身がCO2を80%減らすという科学的コミットをする動きが始まり、100%再生可能エネルギーを目指す企業の集まりであるRE100というプロジェクトも動いており、アップル、マイクロソフトの他、日本の企業も参加しています。

このようなグローバルな動きを金融界にも知ってもらうため、1月10日から金融の主要プレーヤーが一堂に会するESG金融懇談会をスタートさせ、日本の金融の在り方を自由に語り合っていただく場を作りました。

池上:環境庁ができたときは、大気汚染や自然破壊など取り組むべき対象が明らかでしたね。しかし、ある種抽象的な気候変動問題で環境省がやると、経済産業省や金融庁とのすみ分け、対立が生じるのではありませんか。

中井:そこはもう連携しかないということで、金融庁、経産省、日本銀行にはオブザーバーで入っていただいています。

池上:いろいろな取り組みがわかりました。この後、中長期的にどうなっていくのかという問題がありますよね。2020年には東京オリンピックがありますが、少子高齢化が進む中で、どのような形で持続可能な社会をつくっていくのか。建設業界はどんな問題意識を持って未来を展望していますか。

健康寿命を伸ばすための「健築」に取り組む

宮下:サステナブル社会の実現に向けて、2017年に「まちづくり戦略室」を設置しました。まちの基盤、まちの伝統・文化、生活の質の向上、未来への夢の四つをまちづくりの実践に必要な価値と考えて取り組んでいる事例をお話しします。

国産材の利用の低迷で森林が荒廃し、林業が衰退して大きな社会課題となっています。建設会社として建物を建てていく上で、木材利用をどう進め、新しい木材の需要をどう創出していくかを考えています。木造建築は火災に対する制約を受けています。しかし、木は鉄やコンクリートと同等の強さがあるわけですから、「燃エンウッド」という集成木材を使った耐火木造の技術を開発し、これを使った建物を8ヵ所で造っています。直交集成板(板を各層が直交するように接着したパネル)の技術を利用して中高層の木造建築も考えています(図3)。

図3 木材需要創出のための技術開発

人生100年時代といわれる中で、健康寿命を伸ばすことも大きな社会課題となっています。健康の「健」と建築の「築」を取って「健築」という考えを打ち出しています。

公園が住まいの近くにあると住人の運動量が増えるといわれています。大阪の商業施設の上空に一周300mのトラックを計画し、設計施工で実現しました。単なる商業施設ではなくコミュニティの健康づくりの拠点として機能させる目的です。千葉大学予防医学センターと連携して、空間デザインによって健康への影響がどうなるか分析・評価する活動をしています。

また、東京本店のある江東区一体を対象に「イーストベイ構想」を立ち上げ、水辺の豊かな光景空間を生かした地域活性化プロジェクトを進めています。われわれはいろいろなステークホルダーの方と新しい価値を築こうと「マチノベーション」という言葉を創り、自らまちの中に出て行って社会や地域の抱える課題解決に貢献していきたいと考えています。

池上:渋澤さん、今日は金融関係の方が多くいらっしゃいます。金融はこれからどうあるべきなのかお話しいただけますか。

未来志向の資金循環を世の中に促す金融

渋澤:私は20代、30代のときに外資系の金融機関にいまして、その時はサステナビリティや環境のことは全然考えずに、目先の売買を繰り返す日々でした。しかし、初めて子どもができて、この赤ん坊がいずれ大人になるのだなと考えたとき、この子の将来のための応援資金を作りたいと思い積み立てを始めました。そこで、時間軸、目の前の自分の利益ではなく、自分の子どもや自分が還暦を迎えたときのことを考えました。目の前のフローでしか生きていなかったと反省して、少しずつストックを作っていこうというのが今の会社の起点でした。

同じ頃に渋沢栄一の『論語と算盤』の研究を始めました。1873年、渋沢栄一は「銀行というのは大きな河で、銀行に集まってこないお金はぽたぽた垂れているしずくと変わらない。一滴一滴のままでは力にならないけれど、それが河になればモノを動かす原動力なる」と銀行の存在をこの世の中に伝えました。

今の時代に置き換えると、われわれ一人ひとりが、自分の子どもや周りにいる人たちの未来のためにストックを作るということは、一人では世の中何も変わらないと思いますが、同じような思いを持つ前向きな人たちが集まってくれれば、それが一つの大河になるのではないかと、今の会社を立ち上げました。

渋沢栄一がイメージしたような一滴一滴のしずくが大河になるというのは、前向きな未来志向の資金循環を世の中に促すことだと思っています。2008年にわれわれが積立投資を提案したときは、既存の金融機関はそろばん勘定が合わないという感じで全然相手にしてくれなかったのですが、今では認知度が高まって積立NISA(投資による運用益が非課税になる制度)などいろいろな制度も出てきました。

積立NISA、積立投資に参加するのは、わが社の例では40代、50代の現役世代が多く、あとは16%が子ども口座です。一番の年長者は95歳の方で、始めたのは91歳。動機は長期的資産形成でした。今日よりも明日があるという前向きな姿勢を90代の方が持っている。その気持ちをいろんな世代で持てるのであれば、そして金融がそれをお手伝いできるのであれば、今日のテーマであるサステナブルな世の中というのは可能ではないかと思っています。

新国富の指標を取り入れ、ストックの価値を見直す

池上:馬奈木さん、先ほど、新国富論のお話があり、報告書が4月ごろに出されるということでした。この新国富論という考え方を使いながら、これから世の中をどうしていけばいいのかという今後の展望をお話しいただけますか。

馬奈木:最終的には世界中に普及させたいのですが、成功例が大事なので中国とインドをターゲットに働き掛けを進めています。中国では政府が動けばいいので、政府に近い学者と連携しています。インドは財務省が興味を持っており、木材活用など自然資本でプロジェクトを進めています。

これまで見えなかった本当の豊かさである新国富は、GDPの8倍のストック、地域の豊かさの積み上げとして示されます(図4)。国内の事例で成功したいと考え、詳細に計算して、フローではなくストックの増加を目指す方が、国にとっても地方にとってもいいということを提案しています。日本のすべての自治体の新国富のデータを、EvaCvaというサイトで見ることができます。自民党の新しい経済指標を作るという勉強会でも提案し、各省庁にも働き掛けています。環境省であれば、環境基本計画の中で自然資本、人工資本、人的資本が地域にとって大事であることを示し、人工資本をつくりながら、同時に人的資本や自然資本を活性化することで地域が良くなるので、そのような投資を促すことが大事だということを記述するよう求めています。

国内で2番目に大きい学会は土木学会で、悪いイメージがあるかもしれませんが、地域の豊かさをいかに上げるかということに対してすごく貢献しています。ようやく新国富の考え方が根付いてきた事例、首長さんの意見も取り入れながら、学会誌の中で特集しています。

福井県は県の目標として新国富、新しい経済指標を設定して取り組んでいます。福岡県の久山町ではこの考え方に基づいて、次はどの分野に投資すれば地域の豊かさにつながるか、予算配分まで変えています。私も議会や課長以上の職員に説明し、予算確定まで一緒にやることにしています。目標設定と実際の個別の事後評価ができるような仕組みにできたらいいなと思っています。

池上:今のお話の中で、成功事例を積み重ねることが大切だというお話がありました。こういう指標を出されても、積極的に「じゃあやりましょう」という自治体もあれば、消極的なところもあると思うんですね。積極的な自治体って、何が違うのですか。

馬奈木:うまくいく事例は簡単で、総合政策局の課長さんや係長さんが非常にやる気で、知事や市長、町長の一声で決まるので、その二人がタッグになれる地域はうまくいって、うまくいかない事例はやる気があるのが片方だけの場合ですね。

池上:わかりました。中井さん、行政として、これからの展望をお話しいただければと思います。

第五次環境基本計画で掲げる地域循環共生圏

中井:今後の環境政策の方向性ということで、中央環境審議会で第五次環境基本計画の改定作業をしています。できれば春までに閣議決定したいと思っています。

第五次基本計画で書き込んでいるのは、森里川海といった自然資本がわれわれの自然の生活のベースにあって、そこに国土があり、都市や農村、漁村の構造がある。こういうものが2050年、2100年の時点でも自然資本がくれるフローでうまく回るように、地域、地域で限りなく努力しましょうと。自立分散型といいますが、農山村などは本当に豊かな食材、人々の関わり、伝統である祭りなども含めた資源がある。都市でも極力そのような努力を行い、うまく交流する意味での地域循環共生圏という発想をみんなで作りましょうと。究極は循環と共生ではないでしょうか。循環、共生というのは、地球全体のシステムも、人間もそうです。この概念をサステナブルの基軸にしたいということで、「地域循環共生圏」という考えを書いています。

2050年、2100年に向けた持続可能な社会、地域循環共生型の社会とは何かといいますと、今は環境生命、文明の転換期ですから、環境生命文明社会だと銘打って、閣議決定に持っていきたいと、各省と調整しています。

そういう意味で今、環境、社会、経済にとんでもなくダイナミックな課題があって、われわれは非常にチャレンジングな時代に生まれてしまって、生命体としての自覚をしているという面白い時期なので、こういう大きな概念を打ち出していこうと思っています。その時に大事なのはやはり、みんな枠の中に入って自分の立場にしがみついていますけれども、あらゆる関係者がうまい形で問題意識を共有し、それぞれの持ち味、特色が生かされるような連携パートナーシップを発揮する必要がある、ということを書いています。

環境政策にはいろいろな手法がありますが、①持続可能な生産と消費を実現するグリーンな経済システムの構築 ②国土のストックとしての価値の向上 ③地域資源を活用した持続可能な地域づくり④健康で心豊かな暮らしの実現⑤持続可能性を支える技術の開発・普及 ⑥国際貢献によるわが国のリーダーシップの発揮と戦略的パートナーシップの構築、の六つの横断型の重点戦略を掲げ、各省とも連携しながら進めていくということにしています。

池上:最後に改めて、それぞれ4人の方々のお話を受けて、会場の皆さんへのメッセージをお願いできますか。

宮下:日本人の中には「自然を大切にする」「人と人との絆を大切にする」という考えがもともとあり、そういう自然と人が調和したまちづくりをわれわれは推進していく必要があると思っています。もう一つのキーワードは「多様性」で、まちづくりの中に取り入れる必要があると思っています。

渋澤:一言で言うと「わが事感」 という言葉ではないかと思います。例えば、「自分の子どもの未来のため」というわが事感でもいいと思います。

渋沢栄一は「日本資本主義の父」と呼ばれていますけれども、本人は資本主義という言葉を使っておらず、「合本主義」という言葉を使いました。合わせる力、そういうイメージです。どうやって合わせるか、どうやって一滴一滴のしずくを集めるか、と考えると、共感によって集まって、お互いが不足している部分を補うのです。つまり、一人では変えられなくても、同じような方向、未来志向を持って一人ひとりが動けば、環境というのは変わるのではないでしょうか。

渋沢栄一の合本主義はステークホルダーの資本主義。株主、従業員、取引先、顧客、社会、そして環境。われわれはステークホルダーなんだという小さい意識をシンクロさせることが重要なのではないかと思っています。

馬奈木:私が実質的に大事だと思うのは、企業の取り組みです。企業からしたら、ESGを通してSDGsに貢献できる、またとない機会で、環境やESGに興味がない役員や同僚に対してもパブリックの要請としてしっかり説明できるし、ステークホルダーにも説明できる機会だと思います。評価指標を一緒に作って、それを表に出すとか、次のアクションをどっちの投資に向けるのかというのを共同研究しながら、継続的な活動で最終的には地域をより良くできると思います。

中井:21世紀は非常に大きな人類史上の転換期で、それが動いている、変化しているという認識を持って、根っこの議論をしてほしいですね。人としてこの時に、この地球に生まれ、みんな日々の糧はあるけれども、このままでは世の中はもたない、という感じです。だから、地域循環共生圏を目指してみんなで切磋琢磨したいと思います。

池上:ありがとうございました。そもそも、宇沢弘文氏が構想された、あるいは、さらにさかのぼれば、渋沢栄一氏が日本をどうするかということを考えてきた、そういうこれまでの蓄積、実績もあるわけです。それを現代で改めて見直し、これからのことを考えていこうという中で、ゼネコンの最先端の建築をしながら、実はそこで生み出していく人々との交流や、そういうものには実は日本の風土に根差した良いものがあるのではないかと学んでいく。あるいは、新国富論で改めて私たちの中の国富、ストックとしての富、豊かさがあるということを見直していく。そして、これまで世の中はお金の力で動いてきたけれど、これからは私たちの力でお金を動かす、お金以外のことでお金を動かしていく。そういう意味で言えば、金融について環境省が考えるというのも非常にチャレンジングで、環境のことを考えて、お金をうまく生かしていこうということですね。

循環共生というお話がありましたが、言ってみれば金融は、経済を人体に例えれば血液の流れですよね。金融の流れが止まってしまったら健康でなくなるということです。それを改めて考えていこうという、非常にチャレンジングな取り組みです。そして、チャレンジングな取り組みに少しでも参画できることは、私たちの生きがいになるのかなと思っています。そこで改めて日本を見つめ直していくということになるのではないでしょうか。

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