日本の未来に魚はあるか?―持続可能な水産資源管理に向けて第10回 市場に流通するウナギの正体

2018年03月30日グローバルネット2018年3月号

北里大学海洋生命科学部准教授
吉永 龍起(よしながたつき)

鮪、鯛、鰤、鰹、平目、鮭、鮎…寿司屋にはさまざまな種類の魚が並んでいる。日本人は世界で最も多くの種類の魚を食べ、このことが日本人の長寿の秘訣ともいわれている。一方、鰻屋はウナギしか出さない。ウナギはそれだけで商売が成り立つ魚なのである。

ウナギの先祖は、もともとインドネシアの周辺海域で誕生した。現在は世界中で19種類(16種・3亜種)が知られている。温帯に生息するウナギは6種類しかなく、それ以外の13種類はすべて熱帯に生息している。

私たちが食べているウナギはほぼすべてが養殖物である。ウナギの養殖は、海で生まれて川にやって来た稚魚(シラスウナギ)を捕まえるところから始まる。採集したシラスウナギは養殖池に入れて、餌を与えて育てる。単年養殖では、体重が0.2gに満たないシラスウナギを、たった半年間で1,000倍の200gにまで成長させる。12月に採集されたシラスウナギは、翌年7月の土用の丑の日にはかば焼きになっているのである。

ウナギの養殖は、すべて海で生まれたシラスウナギに頼っている。水槽でシラスウナギを作る完全養殖は試験的に成功したものの、実用化にはまだまだ程遠いのが現状である。

国内外のウナギを食べ尽くす日本

現在、ニホンウナギの資源は減少を続けている。そこで、2014年に国際自然保護連合のレッドリストで絶滅危惧IB類(最高位のIA類ほどではないが近い将来における野生での絶滅の危険性が高いもの)に掲載された。ウナギが減った理由は、乱獲や河川の開発などさまざまである。減ったのはニホンウナギだけではなく、ヨーロッパウナギとアメリカウナギも同様である。とくにヨーロッパウナギは深刻で、2009年に商取引を制限するワシントン条約の付属書IIに掲載された。ヨーロッパでもウナギを食べる習慣がある。北欧では薫製、イギリスでは煮こごりなどの伝統料理がある。しかし、ヨーロッパウナギを食べ尽くしたのは私たち日本人である。

ウナギはもともと高価な食材であった。しかしヨーロッパウナギのシラスウナギが中国に輸出され、養殖されたものが日本に廉価で入ってきた。消費のピークは2000年ごろの約16万tで、かば焼きの価格は瞬く間に低下し、すっかり庶民的な食べ物になった。あまりの価格の低下に国内の業者は疲弊し、セーフガードの発令を申し入れるほどであった。一方、その後は中国産のかば焼きから禁止薬剤が検出されたり、国内でも偽装が発覚したことで消費者は中国産のかば焼きを避けるようになり、現在では4万t程度になっている。内訳は、国産と中国からの輸入がおよそ半分ずつである。

店頭に並ぶウナギの種はさまざま

スーパーには「国産」や「中国産」のかば焼きが並んでいるが、種の表示義務はない。そこで流通するウナギの実態を知るために、2011年に神奈川県相模原市内のスーパーや弁当屋でかば焼きを買ってきてDNA鑑定をした。すると、ほとんどはニホンウナギであった。一方、ある回転寿司店が提供していたウナギの軍艦巻きは、7月はヨーロッパウナギ、10月はニホンウナギと、同一店の同じ商品で種が変わっていた。仕入れ価格が高いときは安いヨーロッパウナギ、価格が落ち着くとニホンウナギと使い分けていたのかもしれない。スーパーで売られているかば焼きについては、中国産の比較的安いものがヨーロッパウナギであった。

2011年以降、毎年の土用の丑の日に中国産のかば焼きを調べて来たところ、興味深いことがわかった()。牛丼店Aでは、2013年にニホンウナギとヨーロッパウナギが使われていた。これは、異なる店舗でそれぞれ購入したものである。2014年には、同一の店舗で購入した複数の鰻丼から合計3種が検出された。6片のかば焼きが乗った特盛には、ヨーロッパウナギとアメリカウナギが混在していた。このチェーン店では、中国で加工されて3片のかば焼きが真空パックに詰められたものを加温して提供する(厨房をのぞいて観察した)。ヨーロッパウナギが4片、アメリカウナギが2片であったから、中国で加工した段階ですでに2種が混ざっていたことになる。

表 ファストフード店で販売されたウナギの種類

一方、興味深いことに、2015年からこうした廉価なウナギを提供する外食産業でのヨーロッパウナギの取り扱いは減った。この理由としては、ワシントン条約の規制により国際取引が制限されたことに加えて、自然保護団体のネガティブキャンペーンなどが挙げられる。さらに前年はニホンウナギのシラスウナギ採捕量が回復しており、十分な量が供給されたことも大きな理由であろう。2015年は、例として挙げた四つの外食産業では回転寿司店のみがヨーロッパウナギとアメリカウナギを使っていた。担当者がヨーロッパウナギの輸出入に規制があることをよく理解していなかったそうで、翌年以降はニホンウナギに切り替わった。

複雑なウナギをめぐる問題の解決に必要なのは

EU(欧州連合)による輸出禁止の措置から5年ほど経過して、日本の市場からはヨーロッパウナギが姿を消したことになる。しかし、現在も中国では養殖されており、今後もまた流通する可能性はある。さらに、アメリカウナギの利用が増加しており、ヨーロッパウナギの代替として流通量が増えることが予想される。このまま利用が拡大すれば、ヨーロッパウナギと同じ道をたどるであろう。

日本でもかつてはヨーロッパウナギの養殖を試みたものの、技術的な困難さからもっぱらニホンウナギが養殖されている。しかしニホンウナギの採捕量が激減し、価格が高騰したことにより、フィリピンやインドネシア、そして遠くアフリカからもシラスウナギを輸入するようになった。こうしたシラスウナギの利用には、大きな問題がある。日本の河口にやって来るシラスウナギはほぼすべてがニホンウナギである。一方、ウナギの本場である熱帯では、複数の種類が同時に接岸する。DNA鑑定をすれば種類を特定できるが、形を見ただけではどの種類かわからない。したがって、特定の種類を養殖しようとしても、それだけを集めることは困難である。さらに見分けがつきにくいことを利用して、ニホンウナギと巧妙に偽った外国産シラスウナギが輸入される事例もある。

国内での熱帯種の需要は、3年ほど前と比べると落ち着いている。ただし今年はニホンウナギが極度の不漁であり、再燃する可能性は十分にある。種も不明なまま輸入され、うまく育てられずに河川に放流されると、未知の病原菌や寄生虫がまん延する危険がある。

不安定な天然資源に依存している以上は、ウナギの商業利用では今後もさまざまな問題が生じると予想される。シラスウナギの採捕量と価格、そしてかば焼きとなったときの販売価格など、国内外のさまざまな思惑が渦巻いている。ウナギの資源を回復するには長い年月が必要である。どこから手を付けていいのか、ウナギを取り巻く問題は極めて複雑であるが、一つひとつを丁寧に解決していく努力が必要である。

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