フォーラム随想ベトナムで見た台風被害の地域差
2018年02月16日グローバルネット2018年2月号
自然環境研究センター理事長・元国立環境研究所理事長
大塚 柳太郎(おおつか りゅうたろう)
世界気象機関(WMO)が指摘しているように、海水温の上昇が熱帯低気圧による台風やハリケーンを大型化させており、その結果、世界各地で暴風雨などの大規模な気象災害が引き起こされている。
熱帯低気圧のうち、北西太平洋や南シナ海のものが台風と呼ばれ、私たちがテレビや新聞でよく目にするのは、日本に上陸したときの状況や発生地に近いフィリピンの状況であろう。ところが、台風はフィリピン周辺から西方に向かうことも多く、インドシナ半島の東部で南北に長いベトナムは台風被害を受けやすい国なのである。
昨年も、ベトナムは台風に何度も襲われた。10月13日に北部に上陸した台風20号のときは、大雨による洪水や山崩れが起き、多くの家屋が流失あるいは倒壊し、54名が死亡し29名が行方不明になった。この時、日本は浄水器などの緊急援助物資を供与している。
ところが、当時のベトナムの英字新聞は、台風20号の被害が大きかった北部のイエンバイ省が「自然災害」によく見舞われるのは、人為的な原因も関わっていると批判的にコメントしている。問題は、開発に伴う大規模森林伐採と有用な樹木の違法伐採である。
私が関わる公益財団法人は、アジア諸国の自然保護を目的としており、その一環として、カルスト地形で知られる石灰岩地帯が広がるベトナム北部で、森林生態系と野生動植物の保全に取り組む研究や活動を支援している。
ベトナムは長期にわたる戦争の影響などで、生息する動植物の調査も遅れている。たとえば、世界自然保護基金(WWF)によると、ベトナムで2016年に確認された新種の動植物は65種にも及び、北部地域に限っても、推定生息数が約200匹で絶滅が危惧されるベトナムワニトカゲをはじめ、2種のモグラや4種のカエルなどが含まれている。
ベトナム北部で生態系の脅威になっているのは、オナガザル・テナガザルなどの霊長類や鳥類などの野生動物の密猟と、ポムと呼ばれるヒノキ科の樹木(和名はラオスヒノキ)などの違法伐採である。とくに違法伐採は、重要な生態系サービスである森林の貯水能の低下などに深く関わっている。
ポムは、ベトナム・ラオス・中国南部に分布し、成長が遅く寿命は400~600年で、樹高40m・直径2mにもなる。材が耐久性に優れ芳香を発することから、寺社などの建材や高級家具材として重用され、違法伐採が後を絶たない。
昨年11月、私は台風20号の襲来から2週間ほど過ぎたときにベトナムを訪れ、北部にも足を踏み入れることができた。目的地は、ハノイから直線距離でほぼ150㎞北に位置するトゥエンクアン省ナハン県で、台風20号の被害が最も大きかったイエンバイ省に隣接している。私の訪問の目的は、レンジャー(森林保護官)の活動が優れているナハン県の森を見ることであった。
レンジャーに先導され、急斜面の森の中を歩いていたとき、彼らがポムの大木の傍らで、不法伐採がどのように行われるかを説明してくれた。ポムの木を切り倒すには、その前に周囲の多くの樹木を切り倒し、ポムの木を切り倒した後は、幹を引きずり出すためにさらに広域の樹木を倒し植生を破壊するのである。その結果、当然のことながら、表土は流され植生は乱され、大雨が降ると洪水や山崩れが起きやすいのである。
ナハン県では、レンジャーだけでなく、行政の他の部署のスタッフも村人たちも、野生動植物を自然の恵みとして大切にしていた。そして、皆が口々に、ナハン県では大きな洪水や山崩れが起きたことがないと誇らしく語ってくれた。
ベトナムに限られるわけではなく、世界中の途上国の多くで、残された貴重な森が今も毎日のように失われている。私がベトナムのナハン県で見た状況は、皆で努力すれば森の保全にまだ間に合うことを再確認させてくれた。