つなげよう支えよう森里川海―持続可能な新しい国づくりを目指す第8回 新潟県上越市の地域企業の挑戦~「森里川海」循環再生と持続的発展の取り組み
2018年01月16日グローバルネット2018年1月号
低炭素社会創出促進協会代表理事、星槎大学客員教授、場所文化フォーラム名誉理事
吉澤 保幸(よしざわ やすゆき)
建設・運送を事業の主軸とする地域企業が、地域に根差して、農業に取り組むとともに里山の再生に挑戦している。その背景には、「森の恵みである水が平地を潤し、海に至り海の恵みをもたらしている」ことに報いるべきという経営者の強い思いがある。
現在、約100haの農地を、建設・運送の機械操作や物資輸送のノウハウを生かして機動的に経営するとともに、その上流部に当たる採石跡地を、緑化にとどまらず豊かな生態系の里山再生にも挑戦している。企業の「森里川海」事業として、また、企業が長期にわたる持続的発展を実現する取り組みとして紹介する。
田中産業株式会社の取り組み
田中産業(株)は1961年(昭和36年)に法人化、新潟県上越市に本社を置き、資本金8,000万円、従業員数400名の企業である。建設業・骨材生産販売・自動車運送事業を営んでいる。
現会長の田中利之さんは終戦前、今の北朝鮮の元山で漁業に従事していたが、戦後、着のみ着のままで脱出し、当時10歳の弟さんと苦労して福岡県の博多に上陸し、新潟に落ち着いた。その後、漁業その他さまざまな事業を手掛けた後、田中産業を創業した。
なぜ農業に参入したか?「楽しく」をモットーに
農業に参入したきっかけは、農家後継者の社員が田んぼを維持できず、相談されたのが発端だという。その後も耕作し切れない人からの申し入れが相次ぎ、代わりに耕作を引き受けた農地は100haに達し、現在も毎年12~13haずつ増やしている。500haを目標に、建設・運送に続く第3の柱と位置付けている。
現状では農業分野だけで利益を上げるのはかなり難しいが、地域還元、社会還元のみならず、「会社、社員にとって農業をやることは多くのメリットがある」という精神で取り組んでいる。農作物の一部が社員に還元されるだけでなく、農業に関わり、家族とともに楽しむことは、持続的で活力ある企業経営として大きな値打ちがあるという。100haのうち、70haでコシヒカリを、30haで大豆と飼料米を作付けしている。専従は10人程度であるが、建設・運送に従事する社員も、順次従事している(写真①)。
また、会長の「農業は楽しく」をモットーに、さまざまな工夫をしている。積極的に機械化を取り入れ、農業機械はもとより、虫の忌避剤散布のため無人ヘリコプターを導入している(写真②)。空中でバックする機能を備えるなど1ha当たりわずか12、3分で作業を完了する機能を持っており、何よりも機械好きの社員が夢中になっているとのことだ。
農作業に当たっては社員の家族も時に参加しており、「マイ・コシヒカリ」と好評を得ている。20ha分で採れたコシヒカリは社員に還元しており、また、休暇時に希望して作業に携わる際は別途手当てを出すなどの工夫も社員のインセンティブになっている。
技術を生かして―土木・運送との相乗効果
建設・運送を本業とする企業が担うメリットは大きい。機械の操作、輸送に慣れた社員は、すぐに農業機械の操作、移動に習熟し、何よりも、もともと農業に従事していた社員も多く、やりがいを持って取り組んでいる。企業にとっても、建設・運送と農業では労働需要の時期が異なるので、効率的に人員配置できるというメリットがある。
さらに、田植え、除草、害虫駆除、田んぼの水切り、収穫の各段階に徹底した機械化を導入して従業員の負担を軽減しており、機械に習熟した社員の活躍の場の提供と相まって、農業+建設業+運送業のシナジー効果を上げている。
また、積極的に有機農業を取り入れているため、田んぼの生態系が豊かであり、時に、佐渡で放鳥され野生生息の途上にあるトキや白鳥が訪れ、採餌しており、里地の生態系回復の一翼を担っている。
採石場跡地の自然再生のきっかけ
田中産業は、1970年以来、上越妙高駅に近い板倉に採石場を有し、公共工事用の砂利、砂を採取してきている。現在も採石は継続中であるが、全体で120haについて、外周の既存林の保全、採石跡地の地区の新規植林・保育を行い、全体として自然再生を徹底する計画を立て、実践している。
現在、本採石跡地里山再生プロジェクトを担当する坂口光男さんによれば、「次世代に誇れる森を作るべし。周囲の自然環境に配慮し、また下流の海も豊かにする、どこにもない自然豊かな森づくりを行うこと」との会長の指示が朝礼で出されたとのこと。
元来、採石は大きな自然改変を伴うもので、採石跡地がむき出しの岩肌を見せるなど景観上全国的に問題となっている。このため、採石場の自然復元は非常に大きな課題であるが、同時に大きな困難を伴うものである。現行の採石法の環境復元要求は緩やかなもので、採石の結果、急斜面となったものでも、そのまま緑化などの措置を講じれば足りる。その結果、採石跡地の惨状は各地で問題となっている(下記囲み)。
岩石や石灰石などの採掘に伴い発生する環境問題
岩石や石灰石などは、日本で自給可能な数少ない資源であり、その採掘事業は経済社会上、重要である。しかし一方で、土地の大規模な改変は避けられず、自然景観の悪化、生態系の劣化などの問題や土砂の流出、汚水の排出などの懸念もある。
採掘事業は、採石法や鉱業法の規定により、主務官庁の許認可・監督の下に事業を行うこととなっている。採掘終了後については、法面(人工的傾斜面)などの整形、履土、植栽などの跡地保全工事を実施することが採石法に基づく採取計画の認可および鉱業法に基づく施業案の認可において事業者に義務付けられているが、これらは跡地の崩落など災害防止を目的としたものであり、必ずしも自然生態系の回復を求めているものではない。
跡地処理工事が不十分なまま放置されている例も見受けられ、新たな開発に当たって地元住民との間で紛争を引き起こす例もある。
感謝の森づくり100年計画
上越市板倉区の採石場跡地も大きく自然を改変したものとなっている。写真③、写真④は2010年当時の状況であるが、斜度33度、高さ150mの巨大な穴となっている。採石法の考え方によれば、この状態で吹き付けなどの工法により緑化すれば、法が求める環境復元要求に足りる。その場合、低木・草木の緑化がせいぜいで、里山を再生できるものではない。
しかしながら、田中産業の対応は違っていた。「次世代に誇れる森」「周囲の自然環境に配慮」「下流の海も豊かにする」「どこにもない自然豊かな森づくり」という会長指示を忠実に計画に反映している。とはいえ、担当する坂口さんが里山再生で苦労された点は無数にあり、また、現在進行形でもある例を挙げると、関係する複数の役所との調整と里山再生、すなわち、地域に根差した生態系の再生の技法の開発が主なものとなる。
再生に当たっては、100年後の森の姿を見通した地形、樹木の配置、その後の森林管理も視野に入れた林道の配置を行っている。高低差150m、広さ120ha(最終的には300ha)の「どこにもない自然豊かな森」(手付かずの山より豊かな生態系と人が楽しめる森)として、湿地や湧水を有し、高木樹、低木樹、広葉樹、針葉樹といった多様な樹種、植物のみならず昆虫や小動物、鳥類などの生息する豊かな生態系もあり、四季を通じて散策、マラソンなどのスポーツのできる森を目指している。
曰く「秋の紅葉の最中、外周や中央の管理道路を使って、『感謝の森 鉄人マラソン大会』を開催、全国から若人が集い、冬は落葉した森を静かに動物の足跡を追う、といった四季を通じて人々が集う森、そんな森を次世代に残したい」
田中産業の挑戦
まず、最初の挑戦が「地形修復」と「傾斜の緩和化」であった。採石場跡の斜度は約33度であり、急斜面である上に、大きく掘り込まれた形となっている。採石法によれば、緑化に当たって斜度の緩和は求められていない。しかしながら、田中産業としては、コストもかかり膨大な作業を伴うが、里山の生態系の豊かな自然再生と再生後の森の管理作業を見越すと、斜度を大幅に緩和することは不可欠と判断し、斜度を約18度に緩和することを決め、実践した。
埋め立て完了までに要した土砂の量は170万m3。霞が関ビル(50万m3)なら3杯以上、東京ドーム(125万m3)なら1.4杯分となる。所要年数約5年の大工事となったが、2010年から取り掛かり、2015年におおむね地形修復を実現した。写真⑤は、工事途中、2014年の状況である。
次に、植生が定着する土壌の養生を行った。その際、斜面の乾燥防止、浸食防止対策として、自社・同敷地内製造の木材チップによるマルチを行っている。
木材チップ化には、アメリカ製の自走式粉砕機を導入し、好気性発酵に適したサイズに粉砕し、さまざまな土中生物の生育を促進するように工夫している。非常に優れた粉砕機で、通常粉砕ができない大口径の残材や竹も粉砕することができ、粉砕後、露地置きすることでチップは速やかに発酵し、ミミズなどの生物が発生している。
チップ化の難しさはバイオマス利用の課題の一つ。材の口径が50㎝を超えると通常の粉砕機では難しい。また、竹のように縦の繊維が強いものも縦に裂けるだけでチップになりにくい。田中産業使用の米国バーミヤ社のホリゾンタルグライダーという移動式チップ機は、通常の粉砕システムでなく、リバース方式であるので、処理可能口径が大きく、口径70㎝のものまで粉砕が可能。竹の類いも処理が可能だ。
また、地域の原植生を生かした樹種選定を行っている。周囲の樹種を分析し、広葉樹は混植を基本としてクヌギ、コナラ、カエデなど1万5,000本を、針葉樹は既存樹種のアカマツ7,000本を7年がかりで植えている(写真⑥)。一本ごとに堆肥や乾燥防止などのケアを行っているが、活着しない木もあり、継続的なケアを経て、ようやく活着し、森の姿が出来始めている。森の形成と並行して、すでに、土の中にたくさんのミミズ、カブトムシの幼虫が生育しており、イノシシ、シカはもとより、多くの小動物も生息するようになってきている。また、それを狙ってタカなどの猛禽類が住みついている。
企業の持続的発展「100年の感謝の森づくり」
「100年の感謝の森づくり」という言葉には重みがある。とりわけ「100年」を掲げて取り組んでいることの意味は大きい。一般に、今日企業の寿命は短くなる傾向がある。その中で企業が存続し続けるには、持続性を念頭に置いたガバナンスが必要となる。
田中産業では、公共工事の工事成績評定点において65点が合格点のところを、100点を目指すという姿勢を一貫して取り続け、公表されている資料でも上位を独占している。農業や採石場の自然再生に取り組む姿勢と同様、一見、短期的な利益には役立たないもの(工事評価で高い点を狙えばそれなりのコスト、農業投資なども同様)であるが、長期的な利益の観点からはプラス、その精神において「持続性」を念頭に置いたもの、そのシンボルとして「100年の感謝の森づくり」という言葉に凝縮されている。
近年、ESG投資という考え方が定着しつつある。長期投資を考えた場合、当該投資先企業の環境への取り組み、社会への貢献などを考慮した企業への投資の方がリスクは少なく、長期的な利益率も高いという考え方に基づくもの。東京証券取引所の企業分析でも、環境配慮企業の方がそうでない企業より数ポイント評価が高いという結果が出ている。
企業の持続的発展 地域との共生
一言で「持続的発展を目指す」「環境に配慮する」といっても、そのことを継続的に追求することには困難を伴う。景気の動向によって厳しい環境に立たされると、継続するのにエネルギーが必要となる。仮に将来苦しい状況になっても乗り越えて継続していくためには、そのことが企業の血や肉、DNAとなっていることが必要となる。
田中産業が、農業に取り組み、採石場の自然再生に取り組む姿勢は「地域に根差す」「地域にとって、なくてはならない存在となる」という企業理念に基づいており、いわば、「血となり肉となって」いる。
田中産業の取り組みの根強さは、3次産業(運送業)、2次産業(建設業)に取り組んでいることを生かし、相互に有機的につないでいることである。同社は会社にとって資産である「人材」「資材・機械」を生かし、積雪のある新潟県の工事の閑散期(12月~3月)を生かすなど、人材を1、2、3次産業間で効率的に配分し、また、生産された米を従業員で分けたり、表彰の賞品にしたりして結束力を高め、企業力を高めることに成功している。
「森里川海連環」から
田中産業の取り組みは、新潟そして上越という地に根差している。上越は日本有数の米どころ。山に降る雪が水となり、山から海までの水の循環がその原点となっている。かつて漁業にも携わった田中会長が、山を眺め、海を展望して、水の循環から、平野での農業、採石場の里山再生へと思いを広げたのではと考える。