日本の沿岸を歩く―海幸と人と環境と第9回 変動する漁獲、加工品や販路拡大に努力-長崎県・九十九島のいりこ
2017年12月15日グローバルネット2017年12月号
ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)
変動する漁獲、加工品や販路拡大に努力
平戸での漁師体験に参加した次は、いりこの生産日本一を誇る九十九島漁協(佐世保市小佐々町)だ。九十九島は佐世保市の西側に広がる西海国立公園にある景勝地。前日にパノラマスポットの展海峰(てんかいほう)(標高166m)から208の小島が浮かぶ九十九島の夕日を眺め、田中穂積作曲の唱歌『美しき(うるわしき)天然』の舞台となった絶景を堪能した。展海峰から車で40分ほどの九十九島北部にある九十九島漁協(正組合員495人)は長崎県内最大の漁協である。
いりこの生産量日本一
いりこの原料として最も多く使われるのはカタクチイワシだ。九十九島周辺は対馬海流の影響で魚の餌になるプランクトンが多く、カタクチイワシの豊かな漁場になっている。漁協には、まき網漁の漁師や加工業者が多く、いりこ生産の条件が整っている。説明してもらった九十九島漁協総務・指導部部長の山村高義さんと購・販売部干魚課長の赤木護さんによると、いりこはサイズによってチリメン、カエリ、小羽(こば)、中羽(ちゅうば)、大羽(おおば)と呼び名が変わる。正確なサイズが決まっているわけではなく、地域によってもサイズの基準が多少異なる。いりこはみそ汁のだしの定番で、関東では煮干しと呼ばれる。近年は手軽なパックや粉末だしなどが普及して、家庭でいりこの形のままで使うことが少なくなった。カツオに比べると存在感が薄いようだ。
イワシといえば、カタクチイワシ、マイワシ、ウルメイワシの3種類が主な顔ぶれ。しらす(稚魚)から成魚まで幅広く加工される。いりこのほか、みりん干し、ちりめんなど日本人になじみの食品ばかりだ。わが地元、広島ではカタクチイワシは加工するだけでなく、小いわしの呼び名で鮮魚を刺し身や天ぷらで味わう。刺し身は「7回洗えばタイの味」ともいわれ、しょうゆとおろしショウガで食べると「うまいでがんす!」。大量に捕れるイワシは値段が安いが、値段は需給によるものであり、味とは相関関係はない。かつてニシンが大量に漁獲されていた時代は卵のカズノコは肥料にされていたようなものか。イワシも漁獲が減れば、やがて高級魚になるだろう。そんな持論を証明してくれるように、佐世保市内のスーパーで買ったマイワシの南蛮漬けは安くて非常にうまかった。
さて、九十九島では、頼みのカタクチイワシの漁獲が減少傾向にあり、近年その変動も激しいという。ピークの1999年度(合併前の単独組合分)に5,828tあったが、北部の鹿町漁協と合併(2005年)をはさんで直近の2016年度には2,171tと3分の1近くに減っている。昨年はほとんど捕れず、今年5月にはサイズの小さいものが多かった。「影響を受ける海水温変動の予想がつかず、これまでの経験は役に立たないのです」と山村さんらは困惑する。
漁獲量は減っているが価格はおおむね安定している。漁協は、いりこの販売を増やすために、いりこソーメンやいりこ米などの商品開発や販路拡大に力を入れている。6次産業化の一環としてドレッシングやシラス丼の開発にも取り組むなど、挑戦を続ける。長続きしなかったが台湾へ輸出したこともある。今後、加工品のヒット商品を打ち出して、一発逆転でいりこのステータスがアップすることを期待したい。
漁獲減少に伴って影響も出ている。いりこの加工業者が減少しており、漁協はその食い止めに腐心している。最盛期に比べると36業者と半数に減り、残る施設も老朽化が進む。「今の状況では加工場を持っている中小型まき網漁業者しか残れないのではないか」と山村さん。後継者の減少、高齢化も進む。海面漁業はまき網以外のごち網漁などは漁獲が安定しないので衰退気味だ。半面、景気の良いまき網は人手不足。漁場が遠くなって拘束時間が長くなっており、求人難だという。
トラフグの養殖に活路
九十九島は真珠やカキの養殖も盛んで、いりこだけでなく、マダイ、ハマチ、カサゴ、イセエビ、カキ、サザエと九十九島漁協が扱う魚種は多彩で、いりことともに柱になっているのは養殖フグだ。長崎県のトラフグ養殖生産量は全国の5割以上を占めて全国一なのだからうなずける。漁協は9割を活魚として市場に出荷し、残りはフグの不要な部分を取り除いた「身欠き」などに加工したものを出荷している。
長年の研究よって登場した養殖トラフグのブランド魚「長崎とらふぐ」は、身の色やつや、特有の歯ごたえがある。漁協ではほぼ半数の養殖業者が長崎県の適正養殖業者認定制度に申請し、「長崎とらふぐ」を出荷している。飼料安全法に適合した餌の使用や医薬品の適正使用などの基準を守った安全安心のフグだ。九十九島漁協内は行ってないが、近年は海面ではなく、陸上の巨大なプールを使う陸上養殖も出てきた。閉鎖式循環型では、海水の成分を調整する技術によって海水を入れ替える必要がないため、海に汚れを出さない。水質管理を徹底して自然に負荷をかけない方法だ。
収益増のため、漁協が望んでいるのは、単価の高い活魚の直販や加工品を全体の3割程度に増やすこと。地元佐世保市もトラフグのブランド化による産業振興に力を入れており、12月から2月にかけては市内の飲食店でキャンペーンを展開している。赤木さんは「九州では博多に比べかなりリーズナブルにトラフグを堪能できますよ」と言う。フグとなれば人並みに関心がある筆者は、フグ料理で有名な山口県下関市の春帆楼(しゅんぱんろう)(1895年の日清講和条約の締結場所として知られる)や安くフグ料理を食べた大阪での体験やらを持ち出したので話が盛り上がった。「佐世保では8,000円出せば十分堪能できます」。赤木さんによると、かなりの穴場情報だ。フグ料理ファンなら佐世保に来るべきだ。事前予約をお忘れなく!とのこと。
引き揚げ者を迎えた地
取材を終えて長崎市へ向かう途中、車で走る九十九島の沿岸は美しい景色が続いた。営まれる漁業は、健全な海の自然環境が条件となるはず。山村さんから聞いた漁協の海を守る取り組みを思い出した。磯焼け対策として、海藻を食い荒らすガンガゼウニの駆除を続けているという。食用にならないこのウニは漁獲しないので繁殖して数を増やす。頼りは潜水による人海戦術で1日で1人800個ぐらいのウニをつぶすのだそうだ。また藻場の再生策として大村湾で採取したアマモの種子を粘土に埋め込んで海底に投入している。これまで7年間実施しており、アマモが生育して藻場が再生に向かっているという。
浦頭引揚(うらがしらひきあげ)記念平和公園(佐世保市針尾北町)にも立ち寄った。太平洋戦争の敗戦後、中国大陸など外地から約140万人が引き揚げて上陸した場所で平和の像や資料館がある。二十数年前に訪れたときはなかった田端義夫のヒット曲『帰り船』の歌詞碑(2000年建立)があった。失意の引き揚げ者たちが船上から故国を目にして涙する歌詞が刻んである。九十九島の豊かな自然、豊堯な海の幸を思うと、平和のありがたさがより際立ってくる。