シンポジウム報告気候変動によるリスク―私たちはどう立ち向かうか―(その2)<基調講演>気候変動と安全保障
2017年12月15日グローバルネット2017年12月号
国立環境研究所 社会環境システム研究センター 副センター長
亀山 康子(かめやま やすこ)さん
このような気候変動によるリスクについてのシンポジウム「気候変動によるリスク―私たちはどう立ち向かう か―」が9 月13 日に東京・千代田放送会館にて開催されました(主催: 環境省・外務省・国連広報センター)。
11月号に引き続き今月号では、気候変動と安全保障の問題についての基調講演と、パネルディスカッション登 壇者のプレゼンテーション内容の一部をご紹介します。
安全保障と気候変動はどのような関係があるのだろうと疑問に思う人は多いのではないでしょうか。実は気候変動と安全保障というテーマは、専門家の間ではかなり昔から議論されてきており、国際社会ではここ2、3年の間で議論が活発になっています。しかしながら、日本ではまだ十分には議論されていないのではないかと思っています。
例えば、南スーダンやソマリアは長い間紛争で国がまとまらず、難民などが多く発生していますが、この地域で昨年の冬から深刻な干ばつが発生しています。この地域が紛争状態にあり、農家が自分たちの土地を手放して逃げ出さなければいけないという状態の中で、食料はどんどん乏しくなり、その結果、今年6月時点、南スーダン1国で600万人が飢餓に直面しています。つまり、紛争自体が人々の生命にとって一つの危機ですが、それに加えて気候変動が生じることによって人々に対するリスクがさらに高まる、という状況になっているのです。
気候変動と安全保障に関する議論
気候変動と安全保障についての議論はどのように出発したのでしょう。1980年代から、気候変動というよりむしろ、地球環境問題に絡めて「地球環境安全保障」「環境と安全保障」「環境と紛争」など多様な言葉が使われるようになりました。しかし、「人間安全保障」や「エネルギー安全保障」「食料安全保障」など、すでに存在していた他のさまざまなタイプの安全保障と一体どのような関係にあるのか、あるいは今後生じると思われるさまざまな気候変動による影響とこの安全保障というのは何が違うのか、という疑問がわいてきたのです。
そこで、専門家が研究を進めていくようになり、われわれの分野では学生の必読書であるカナダの政治学者トーマス・ホーマー・ディクソンの『Environment, Scarcity, and Violence』が1995年に出版されました。この本は主に環境破壊と紛争との間の因果関係についていくつかの事例研究をまとめたものです。
「安全保障」とは何か?
安全保障というのは、三つの要素で成り立っているといわれています。一つ目は「何を守ろうとしているのか」という私たちが守ろうとしている主体であり、二つ目は、その主体を「いかなる脅威から守ろうとしているのか」、そして三つ目は、「いかなる手段で守ろうとしているのか」です。
そのうちの一つ目と二つ目、「何を守ろうとしているのか」と「いかなる脅威から守ろうとしているのか」の観点から安全保障概念を類型化したのが下表となります。この中で、伝統的な意味での安全保障は、左上の枠に位置付けられます。
また、最近では、かつてのように国と国とが宣戦布告して戦争するという状態よりもむしろ、個人が別の国の中に入っていき、そこで無差別に市民を殺りくするテロの方が増えており、武力について考えるときも国家だけではなく、より個人に焦点を当てる考え方が増えてきています。
また、同様に国家を守るということを考えたときも、他国から武力攻撃があるということよりは、エネルギーがちゃんと保障されているか、食料が安定的に供給されているか、という観点から安全保障を考えるというスタイルが増えてきたと思います。
「地球環境安全保障」の位置付け
表中、網掛け部分が、地球環境問題を安全保障概念の中に位置付けて生まれた新たな概念となります。この概念は次の3種類に分けられます。一つ目のグループは何を守るのか、この地球あるいは生態系を守る対象として議論する人たちです(表中①)。もちろん国家や国民が守られることは前提条件です。
二つ目は、私たちが直面しているいろいろな脅威の一部として、気候変動やその他の環境の変化を含めた方が良いのではないか、という考え方で、温暖化の影響に関する議論というのは、この議論に最も多く当てはまります(表中②)。
三つ目のタイプの人たちは、ディクソン氏の本と同様に、気候変動で生じるさまざまな被害やその防止を目的とした対策が、紛争にどのような影響を及ぼすか、という部分に着目した人たちです(表中③太枠部分すべて)。
そして、気候変動と安全保障の文脈について考えてみると、まず、「何を守るのか」ということを中心に議論する場合、パリ協定の長期目標とリンクし、生態系や地球全体も守る対象として位置付ける議論があります。また、「何が脅威なのか」ということに焦点を当てた気候変動の議論というのは、環境劣化を新たな脅威として位置付ける議論であり、気候変動リスクや気候脆弱性リスクの議論はこのグループに分類されるのではないか、と考えます。
そして、「伝統的な意味での安全保障と、気候変動影響との間の関連性に着目」した議論は、日本ではあまり聞かないのですが、今、他国では非常に注目されている多民族間の紛争につながるというものです。
国際政治の場での議論
一方、研究者の議論と並行して国際政治の場で初めて正式に安全保障と気候変動という議論がなされたのは2007年です。イギリスは、気候変動というものは単なる環境問題ではなく、むしろ安全保障の場で議論すべきとして、国連の安全保障理事会で「気候安全保障」についての議論を要請し、この年の4月に安全保障理事会の場で初めて気候変動問題が議論されました。
また、この年の3月にはアメリカでも、気候変動は国家安全保障に影響を与えるものであるとする見解(バイデン・ルーガー決議案)が出され、4月には、防衛省に近い機関から「気候変動と国家安全保障」というタイトルの報告書が公表され、注目されました。
さらに、日本でもそのような海外での動向を受け、中央環境審議会地球環境部会で「気候変動に関する国際戦略専門委員会」が立ち上がり、「気候安全保障に関する報告」がまとめられました。
そして2008年の洞爺湖サミットで2050年までに世界全体で排出量半減などの目標が提示されましたが、結果として2009年のCOP15コペンハーゲン会議では京都議定書に代わる次の国際枠組みについては交渉が決裂し、同時に2007年に始まったこの一連の安全保障に関する議論も一時終わります。
しかし、コペンハーゲンの失敗を踏まえてもう一度、安全保障に関する国際交渉はパリ協定に向かって始まり、主にG7の場で進むようになったのです。そのきっかけはやはりイギリスでした。2013年にロンドンで開かれたG7の外相会議で初めて「気候変動は経済と安全保障に対してリスクを及ぼす」と記載され、その後毎年G7の外相会議において気候変動のリスクについて分析が始まります。そして2015年、ドイツでの外相会議で報告書「平和のための新たな気候」が公表され、そこから新たなプロセスとして、気候脆弱性リスクに関する議論が始まりました。
パリ協定採択前後のイギリスの安全保障戦略
これら一連の議論を先導してきたのはイギリスであり、恐らく世界で最も先駆的に気候変動を自国の総合的な防衛戦略の中に位置付けています。イギリスはパリ協定直前の2015年11月、「国家安全保障戦略、戦略的防衛、および安全保障レビュー2015」という分厚いレポートを公表しました。国が想定する六つの脅威の一つ「脅威、災害、緊急性」の中に「気候変動」が中心的脅威として入っており、それに対して安全保障審議会のトップである首相が自ら管理する、という組織体制が出来上がっています。
その1ヵ月後にパリ協定が採択されましたが、その第2条(長期目標)や第7条(適応策)、第8条(損失・損害)などに安全保障がきっちりと含まれていることがわかります。
日本における議論
イギリスやアメリカがすでに気候変動を安全保障という観点から国内で議論しているのに対し、日本では、気候変動の影響に対する適応について、2015年11月、「気候変動の影響への適応計画」が閣議決定されています。ここでは、日本で今後生じ得る気候変動の影響として、「農業、森林、林業、水産業」「水環境、水資源」「自然生態系」「自然災害、沿岸域」「健康」「産業・経済活動」への影響に対してどのように適応していかなければいけないのか、具体的に書かれています。しかし、これはあくまでも適応止まりで、安全保障の議論というのは出てきていません。
このうち「自然災害、沿岸域」と「健康」については、安全保障からも、気候変動のリスクといわれる観点からも含まれる項目かと思います。そこで、これらに気候脆弱性リスクの概念を加えると、①自然災害による長期的な影響②国外で生じた気候変動影響による被害の間接的な影響、が必要になってくると思います。さらに、伝統的な安全保障に近い影響として海面上昇による排他的経済水域の減少などについても考えてみた方が良いと思います。
しかし、このような脅威があるにもかかわらず、日本国内では脅威と認識する雰囲気が足りないのです。気候変動というものを脅威として感じる準備ができていないのではないでしょうか。
今後日本に期待すること
気候変動リスクの概念を踏まえ、日本に対しては、国家としてまず、安全保障の一部に気候変動を含めてもらいたいと思います。
伝統的な安全保障を考えたとき、備え方は恐らく二つあると思います。まずは脅威そのもののレベルを下げる、つまり近隣の国と対話をしたり行動したりすることによって脅威の確立を減らすことです。これは気候変動でいうと「緩和」ですが、これが安全保障からいえる一つ目の解決策です。それでどうしても改善がうまくいかない場合には、今度私たちが自分の身を守るために対策を取るのです。気候変動でも同様で、どうしても起こってしまう気候変動についてはその備えとして気候変動影響への適応を考える、この二つが重要になってくるのです。
このシンポジウムでの議論をきっかけに、日本でも安全保障の観点からの気候変動に関する議論が活発になると良い、と思います。