NSCニュース No.110 2017年11月日本は本当に環境後進国なのか
2017年11月15日グローバルネット2017年11月号
NSC名誉会員、東京大学名誉教授
山本 良一(やまもと りょういち)
「パリ協定」が昨年11月4日に発効する見通しとなったにもかかわらず批准が遅れていた日本について、筆者は東京新聞2016年10月7日号で、『「環境先進国」今は昔、危機感薄い日本』と評した。それから1年後の今年、日本経済新聞は10月4~6日に「環境後進国ニッポン」と題する連載記事を掲載したが、4日、5日の記事は一面トップに掲載され、“脱CO2、先頭から脱落”、“石炭火力、不良資産の懸念”のヘッドラインが紙面に踊っていた。1kWhあたりの二酸化炭素(CO2)排出量や国内総生産あたりのCO2排出量で見て日本は改善が進まず、世界で急激に進むパラダイムシフトから取り残されていることが批判のポイントである。
気候の非常事態が到来
2015年に人類の歴史に残るパリ協定と持続可能な開発目標(SDGs)が国連で採択された。同年6月にはローマ法王は新たな回勅「ラウダート・シ」で環境的回心を呼び掛け、このまま無為無策で過ごせば最後の審判は近いと警告した。振り返ってみれば国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)とアル・ゴア元米国副大統領がノーベル平和賞を共同受賞した2007年に地球温暖化による気候の非常事態が到来していることに気付くべきであった。ところが不幸にしてそうはならなかった。IPCCの第4次評価報告書(AR4)に少なくとも2ヵ所の誤りが見つかり、その作成プロセスの信頼性に重大なる疑念が生じて温暖化懐疑論者、否定論者はここぞとばかり批難、攻撃したからである。
一方で、2007年頃は太陽の黒点数がゼロに近づきつつあり、過去の7サイクルに比較して、太陽活動の上昇が遅れていることから、北半球の平均気温は0.6℃低下したと推定され、ロンドンのテムズ川は凍結したと記録されているマウンダー極小期(1650~1700年)と同様な寒冷化が起こるのではないかと心配された。2009年に太陽黒点数は極少、2010年に太陽輝度は最小で、しかも地球に入射する宇宙線の量は過去45年間で最大であったにもかかわらず、地球の表面温度は観測史上最高温度であった。つまり太陽活動や宇宙線は現在の地球の温暖化、気候変動の主因ではないことが明らかになった。
チューリッヒ工科大学のマーティン・ワイルド博士の最近の論文によれば、現在の地球のエネルギーのインバランスは放射強制力に直して0.5~0.9W/m2程度であるという。これは地球表面に1日あたり広島型原爆40万~72万発の爆発エネルギーが蓄積していることを意味する。その大半は海洋に吸収されているが、大気や陸地の温度も、そのために上昇している。世界気象機関によれば、世界の平均気温は2014、2015、2016年と3年連続で観測史上最高を記録し、産業前と比較してすでに1.1℃上昇している。パリ協定では世界の平均気温の上昇を2℃以下、できれば1.5℃以下に抑制するとしている。温暖化の度合いはCO2の累積排出量で決まり、2℃以下に抑制するためには許容されるCO2の排出量は残り約1兆tで、今のままでは30年程度であるという。
エシカル消費・エシカル経営へ
先進国の市民や企業はその社会的責任と倫理的責任を自覚し、この差し迫った問題に全力を挙げて取り組まなければならない。市民はエシカル消費に基づいたエシカルライフに、企業は低炭素から脱炭素へとエシカル経営に転換しなければならない。2℃目標を満たすため2010年比で2050年にCO2排出量を49~72%削減するには年率1.7%(必須)から3.1%(推奨)で削減していかなければならない。これが科学と整合した目標設定(SBT)の考え方である。これは、技術や社会システムの破壊的イノベーションを行わない限り達成できないことは明らかである。2年以内のSBT設定をコミットしているのは世界全体で232社であるが、日本企業は26社である(9月4日現在)。さらにRE100と呼ばれる再生可能エネルギー100%にコミットしている企業は世界で94社あるが、日本ではわずか1社である。日本には優れたエネルギー・環境技術があるにもかかわらず、それを生かし切れていない。筆者には政治がカーボンプライシングなどの断固たる政策を導入し、経営者が脱炭素経営を決断し、市民がエシカル消費を実行してエシカル企業を全力で支援するべき時が来ているように思えるのだがいかがであろうか。