日本の沿岸を歩く―海幸と人と環境と第7回 豊かな資源を加工し全国ブランド目指す 長崎県・かんぼこ王国
2017年10月16日グローバルネット2017年10月号
ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)
キーワード: 皿うどん、すり身加工、ちゃポリタン、未利用魚
長崎を訪れると必ず食べるのが皿うどん(油で揚げた細麺にスープと具を餡でからめた中華風の長崎料理)で、今回の取材でも出島(江戸の鎖国時代にオランダ商館があった)の近くにある長崎新地中華街でその味を堪能することができた。そのときは、皿うどんに入っている赤や緑色のぷりぷりした食材の正体がかまぼこであることを意識しなかった。1人当たりのかまぼこ消費量が全国一の長崎県で、その実情を間もなく知ることになる。
全国一の消費量を誇る
長崎市中心部から車で30分ほど北に走ると、長崎半島の西側の角力灘(すもうなだ)が視界に広がり、新長崎漁港に到着。県内最大の漁業拠点で、南側には以前、大村湾のナマコとカブトガニ事情の取材で訪ねた長崎県総合水産試験場もある。今回の目的地は6年前に設立された「長崎かんぼこ王国推進委員会」の事務局がある長崎蒲鉾水産加工業協同組合。「かんぼこ」とはかまぼこなど水産練り製品全般を、王国は長崎市全体をそれぞれ指す。組合でかんぼこ王国事務局長を務める川崎学さんから話を聞いた。
話し始めて間もなく、皿うどんにあったあの赤や緑の正体が長崎でハンペンと呼ばれるかまぼこであることを知った。長崎県は全国一かまぼこ屋が多く、製品の種類は30種くらいもあるそうだ。この中には江戸時代に輸出していた水産加工品にちなんで長崎県が「長崎俵物」として認定しているものも含まれる。
「地元では毎日のように食べられ、県内や長崎市内の消費者にはよく知られているのですが、全国的には知名度は高くありません。長崎名物としてちゃんぽん、カステラの次にかまぼこが出てくるようにしたい」と、川崎さんはプロジェクトの目標を語った。
行政、金融機関などで構成する推進委員会は、毎月1回ワーキング会議を開いて作戦を練っている。かつて首都圏を中心に知名度アップを図ってうまくいかなかったため、今度は県外より地元や口コミに力を入れ、地方から全国へ知名度を拡大する戦略を進めている。
原料にイワシやアジなどを多く使うので、長崎のかまぼこは黒っぽい。全国各地に数多くの名産かまぼこがある中で、白身の魚で作るさつま揚げや仙台の笹かまぼことは違いがはっきりしている。長崎のかまぼこは自家消費、つまり家庭や飲食店で「おかず」として食べられているという。関東など県外では甘い方がよく売れるため、県外で販売するものは少し甘くなっている。
ここで蒲鉾水産加工業協同組合について少し説明しておこう。小規模企業25社で構成し、うち零細業者が7割を占めるという。捕れ過ぎた魚を加工していた魚屋からかまぼこ屋に転身した例が多いという。組合が運営するすり身工場は、基本的に長崎で捕れた地魚のイワシ、アジを中心に、エソ、トビウオ、タチウオ、グチなどを主な原料にしている。季節によって魚の配合比率は違い、かまぼこ業者のオーダーに応じることも可能だという。すり身の販売先は県内が6割を占め、4割が県外。日本国内には、同じような魚のすり身工場は他に北海道に5社程度あるだけ。北海道や海外のすり身の多くはスケトウダラが原料だ。
すり身工場の存在が意味するのは、長崎がかんぼこ王国よりも先に水産王国である証拠だということ。海面漁業生産額が北海道に次いで全国第2位、東シナ海と対馬に面し、4,184kmという北海道に次ぐ長さの海岸線、島や半島が多く、多彩な魚種、漁獲量に恵まれているのだ。
知名度アップへ着々と
川崎さんたちは、かまぼこを使った「長崎おでん」の普及に力を入れている。飲食店を回って、のぼりやちょうちんを無料で提供している。青森、静岡など全国に有名なおでんどころがあり、コンビニでも定番となったおでん事情の下、長崎おでんの条件は①タネに地元のかまぼこを使う②焼き上げたあご(トビウオ)で作っただしスープを使うこと。海の幸を味のベースにする日本食おでんの“戦国時代”に、原料にこだわった本物志向で挑んでいるわけだ。昨冬は路面電車をビール飲み放題の「おでん電車」にして1ヵ月運行したほか、飲食組合と組んで酒に合うかまぼこを開発している。
まだまだ委員会の取り組みはある。3年前に新たにデビューさせたのが「ちゃポリタン」。地域活性化を目的に開発された商品で、ちゃんぽん麺とケチャップの「ちゃ」にナポリタンの「ポリタン」を組み合わせた名称。ちゃんぽん麺とかまぼこの具、トマト味が相乗効果を生んでいる。スーパーなどで販売し、多いときは1ヵ月に10万食売れた記録があるヒット商品だ。また600店舗以上を全国展開する長崎ちゃんぽん専門店「リンガーハット」では、半数の300店舗で冬に長崎のおでんを提供し、長崎県内の店舗ではちゃポリタンも食べられる。
未利用魚バリを原料に
かまぼこというと、混ぜ物が多いイメージがあるが、原料は魚と塩と水とつなぎのでんぷんが1割程度であり、シンプルでナチュラルな加工品だ。「生で食べられない」と思っている人が多く、若い世代にはなじみが薄い。ならばと、すり身工場を小学生に社会見学してもらっている。お土産を渡して「かまぼこでお母さんを釣ろう」という長期的な消費拡大作戦。現在建設中で、来年の完成後は年間2,500tを生産する新工場には生産工程がよく見える見学コースを設ける。
川崎さんが紹介した多くの取り組みの中で、興味を引かれたのが未利用魚の製品開発だ。例えば、地元でバリと呼ばれる魚(標準名アイゴ)は体長25㎝前後で背と尻のヒレに毒のある鋭いとげがあり、漁師には忌み嫌われている。海藻を食べて「磯焼け」を引き起こす“犯人”ともされる。だが、身には弾力があり白身魚として実においしいので、水産試験場の協力で加工技術を開発してミックスすり身を作っている。
漁業では、混獲されて流通しない魚や基準サイズに満たない魚は多くの場合、操業時に海洋投棄される。そうした未利用魚がかなりの量であることは、推測できるのだが、調べてもはっきりしない。直接水産庁に問い合わせると、計測方法などが難しく、データはないとのこと。未利用魚の活用は各地で行われており、そのメリットをしっかり把握できるように未利用魚の基準や実態をもっと詳しく知りたいと思った。
インタビューが終わり、足を運んだ近くの大型スーパーには、客が好きな製品をトングで選べるかまぼこ売り場があった。人気ベスト3は板かま、揚げかま、ちくわで、卵を包んだ竜眼やごぼう天もおいしそうだ。その種類の多さに、ふと長崎を歌った曲も多いことを思い出した。後日ネット検索すると『長崎は今日も雨だった』のように歌詞に「長崎」がある曲は209曲。「博多」163曲を抜いて九州地区で堂々のトップ。異国情緒や人情が心に染みるこの土地を訪れた人々が「長崎は今日もかんぼこだった」と口ずさむ日が来ることを願う。