ホットレポート1ESG投資の現状と課題
2017年10月16日グローバルネット2017年10月号
環境省参与
奥主 喜美(おくぬし よしみ)
ESG投資拡大の背景
2015年に締結されたパリ協定では、今世紀後半に人為的な温室効果ガスの排出とバランスを達成することを目指している。こうした状況の下、日本を含む世界の主要国は、世界全体での今世紀後半の脱炭素社会のカギとなる省エネルギーの徹底や再生可能エネルギーの大幅な拡大を進めようとしている。世界エネルギー機関(IEA)によれば、パリ協定で定められた目標と整合的なシナリオにおいて、電力部門を脱炭素化するには、2016年から2050年までに約9兆ドルの追加投資が必要とされ、建物、産業、運輸の3部門で省エネを達成するためには、2016年から2050年までに約3兆ドルの追加投資が必要となると試算している。国内外の有力企業は、気候変動をビジネスにとってのリスクと認識しつつ、さらなるビジネスチャンスとも捉え、さまざまな先導的な取り組みを進めている。
ESG投資の状況
こうした動きを投資家サイドから後押ししているのがESG投資と呼ばれる手段である。環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)の非財務情報を財務情報とともに重視することにより、長期的に起こり得るリスクを回避し、安定した投資を行おうとするものである。
世界のESG投資額は、2014年の18.3兆米ドルから、2016年には、22.9兆米ドルへと2年でおよそ25%増加している。わが国については、2014年の70億米ドルから2016年で4,740億米ドルへと68倍増加している。ただしそれでも、世界全体に占める割合は2%にしかすぎない。
個別の投資機関でも、さまざまな動きが出てきている。
(1)エンゲージメント
これは、機関投資家が、投資先企業やその事業環境などに対し、その保有株式などに付随する権利を行使し、影響力を及ぼそうとするものである。
この具体例としては、「Aiming for A」と呼ばれる機関投資家の連合体によるものがあり、英国地方自治体、英国教会、保険会社、アセットオーナーなど100以上の機関が参加している。BP、ロイヤルダッチシェルに対して、「企業活動に伴う温室効果ガス排出量の管理」「2035年以降を念頭に置いた現存資産構成の有効分析」「低炭素エネルギーの研究開発」などに関する情報開示を要請するなど温室効果ガス排出量の管理の改善を求めて株主行動を展開している。
(2)ダイベストメント
これは、金融機関や機関投資家が特定の資産に対する投融資を引き上げるなどの活動のことである。この点に関しては、「カーボンバジェット」と「座礁資産」という考え方がキーワードとなっている。
IPCC第5次評価報告書によれば、パリ協定が定める気温の上昇を2℃未満に抑える場合は、二酸化炭素(CO2)の累積排出量を一定量以下に抑えることが必要となる。この考え方は、「カーボンバジェット」(炭素予算)と呼ばれている。同報告書では、2℃未満に抑える場合には、1870年以降のすべての人為起源の発生源からの累積排出量を約2.9兆t未満にとどめることを要するが、約1.9兆tが2011年までにすでに排出されていると指摘する。その場合、残りの累積排出量は実質で約1兆tとなる。これを踏まえると、パリ協定の目標の達成のためには、今後、世界の化石燃料の推定埋蔵量のうち3分の1しか利用できないと推定され、残り3分の2は利用できないことになる。つまり、経済的価値がなくなり、投資利益を得ることができない、いわゆる「座礁資産」となる可能性がある。IEAの「World Energy Outlook 2016」では「化石燃料、特に天然ガスと石油は今後、数十年にわたって世界のエネルギーシステムの基盤であり続けるが、化石燃料産業は、より急激な変革から生じ得るリスクを無視するわけにはいかない」と指摘する。
ダイベストメントの具体例としては、2015年に、ノルウェー公的年金基金が保有する石炭関連株式をすべて売却する方針がノルウェー議会で承認された。また、米国カリフォルニア州の二つの年金基金(カリフォルニア州職員退職年金基金、同州教職員退職年金基金)では、州の法律で発電用の石炭に関連する企業に新規に投資することが禁止されている。
ESG投資促進に向けた課題と最近の動き
ESG投資を促進していくためには、金融機関のような投資家向けにESG投資情報を加味した投資行動を促し、企業向けには投資家に有益な環境情報を開示するよう求めていくといった両面からの取り組みが課題となる。
(1)環境省の取り組み
環境省のESG投資に関する基礎的な理解の向上に資することを目指した解説書「ESG投資に関する基礎的な考え方」を、とくにE(環境)の観点を踏まえた形で作成し、本年1月に公表した。とくに非財務情報(ESG情報)が投資家行動や企業行動に適切に加味されるためには、そうした情報が組織的かつ戦略的に取り扱われる必要があることを強調している。
情報の発信に関しては、環境配慮促進法により、事業者はその事業活動に関し、環境情報の提供を行うように努めるとともに、他の事業者に対し、投資その他の行為をするに当たっては、当該他の事業者の環境情報を勘案してこれを行うように努めるものとしている。この報告書作成の手引きとなる「環境報告ガイドライン」(最新は2012年改訂)および「環境会計ガイドライン」(最新は2005年改訂)を作成したが、それぞれのガイドライン作成から相当期間が経過してきたことから、改訂に向けた論点を本年4月に公表し、2019年度の改訂を目指す方針である。
また、パイロット事業として、環境情報開示基盤整備事業が400超の企業・投資家が参加して行われている。ESG情報の入手、分析、企業と投資家の直接対話を統合した実用レベルでは、世界初のシステムといえ、2020年度までに本格運用を目指している。
(2)国内での動き
2017年5月には金融庁は「責任ある機関投資家の諸原則《日本版スチュワードシップ・コード》」を改訂した。その原則3で、機関投資家は投資先企業の持続的成長に向けてスチュワードシップ責任を適切に果たすため、当該企業の状況を的確に把握すべきである」としているが、その把握すべき情報には、ESG要素が含まれていることを明示した。
年金積立運用管理独立行政法人(GPIF)では、ESGの要素に配慮した投資は、期間が長期にわたるほどリスク調整後のリターンが改善する効果が期待されるとして、ESG指標を選定し、同指標に基づきパッシブ運用を開始することを本年7月に発表した。指数は、ESG全般を考慮に入れた「統合型」指数二つ、S(社会)のうち女性の活躍に着目した「テーマ型」指数一つの三つである。なお、E(環境)のテーマ型指数については、継続審査中ということである。そして既存の国内株運用からの組み換えも含め、ESG投資全体で国内株全体の3%程度(1兆円程度)の組み入れを開始し、将来的にはさらなる拡大を検討するとしている。
(3)国際的な動き
これまで、各企業はCSR報告書などで自らの気候変動に対する取り組みを公表してきたところ、2015年に開催されたG20のアンタルヤサミットにおいて金融安定理事会(FSB)に対し、金融セクターが気候関連課題をどのように考慮すべきか検討するよう要請された。これを受け、FSBは気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)を設置し、2017年6月に提言をまとめた。提言の概要は、既存の財務情報開示と同様に、気候関連財務情報を経営として把握すること、年次財務報告書と併せて開示した内部監査などの対象とすることなどを強調。そのもとで、金融関係者による評価などに資する要素の一つとして、「気候関連リスク・機会を評価。管理するために使用する指標及び目標」を挙げている。
以上述べたような官民を通じた取り組みを通じてESG投資が促進されることを期待したい。