2020東京大会とサステナビリティ ~ロンドン、リオを超えて キーパーソンに聞く第5回 ゲスト 大野 輝之(おおの てるゆき)さん(自然エネルギー財団常務理事)
聞き手:羽仁カンタさん(iPledge代表、SUSPON代表)
2017年09月19日グローバルネット2017年9月号
羽仁:東京が2016年のオリンピック・パラリンピックに立候補した頃から東京都環境局局長として関わっておられました。そのような立場から、現在の2020東京大会に向けた持続可能性や環境分野での取り組みや方向性について、どのように評価していますか?
大野:東京のオリンピック・パラリンピックの招致は、2016年と2020年と2回やりました。2016年の時には、都庁全体で環境・持続可能性を最大の柱にしようという点が非常に明確だったんです。環境局が中心になり、環境最優先のオリンピックを実現するマスタープランとして環境ガイドラインを作るために、学識経験者や環境NGO で構成する環境専門家会議を設置して方針を検討しました。それだけでなく、環境NGOを主体とする環境アドバイザリー会議を開催し、助言や提案を求めました。ところが、2016年招致に失敗し、「敗因はあまりに環境を前面に出し過ぎたから」という誤った総括がされてしまった。それを受けて、2020年招致では2016年招致の内容を受け継いで2020年版立候補ファイルを作ったのですが、根っこのところでは環境や持続可能性の認識がかなり弱くなり、環境局が関与できる範囲も小さくなってしまった。形は引き継がれたけれど、魂というか、思いが引き継がれていなかったために、招致が決まり、組織委員会が動き出し、「持続可能性部」を作ってはいるものの、オリンピックの運営、中核を担うところで持続可能性が大事だという認識が決定的に欠けてしまったんだと思います。それが今日に至るまで変わってないとみています。
羽仁:でも、東京で迎える2回目のオリンピックなのですから、持続可能性を根付かせるきっかけとなるような大会でなくてはなりませんね。
大野:環境の重要性をご存知の小池百合子さんが昨年夏に都知事に就任してから、状況が変わりだしました。この機を捉えて、去年後半から羽仁さんたちのグループやサステナブル・ビジネス・ウィメンの人たちが活発に取り組みを始め、私たちの財団や研究者の人も加わって、小池知事を招いてシンポジウムを開いた。その結果、ようやく、「そうか、持続可能性の取り組みはこんなに遅れていたのか」ということが、小池さん自身も含めて、東京都の幹部、組織委員会の一部のメンバーもかなり認識したと思います。
残念ながら組織委員会の中枢の認識は、今もあまり変わっていないのではないかと思いますが、直接の大会運営を越えて、2020年オリンピック・パラリンピックを契機とした持続可能な都市づくりに取り組んでいくことについては、東京都自身の決意と知恵にかかっているわけですから、私としてはそこに大いに期待するし、NGOがしっかり監視していくことも大切ではないかと思っています。
小池都政の成果として環境面で大きな成果を出すということは知事の頭の中にあると思います。そういう取り組みを都が進めることにより、組織委員会の取り組みにも良い影響を与えることを期待したいですね。
東京の持続可能性政策をもう1段高いランクに
羽仁:東京大会の気候変動問題への対応、そしてエネルギー分野の取り組みについてどのように評価していますか?
大野:立候補ファイルにもクリーンなエネルギーを導入・利用すると書いてあります。クリーンなエネルギーというのは当然原発ではなく、証書のようなものも活用して自然エネルギー、再生可能エネルギーにするということです。最低限でもそれはやらなくてはいけないと思うんです。
組織委員会内部でいろいろと検討していると思いますが、残念ながら第一版ではまだ明確になってないですよね。来年3月までに作るとされている第二版で、どこまで織り込めるかが、今の焦点だと思います。
羽仁:具体的な提案はされているんですか?
大野:具体的な提案を作る前提として、そもそもどれくらいの電力を使うのか、契約形態がどうなるのか、など必要な条件がよくわからない。少なくとも新設の大会施設の電力に関しては、オリンピックのスポンサー制度によりJXTGエネルギー株式会社が供給することになると思うので、同社の考え方が一つのカギになります。JX系の小売り電気事業者は川崎のバイオマス発電など、全国の自然エネルギー発電を活用していますから、決断すればやれるのではないかと思います。
現在、日本で使われる証書はそれほど多くはなく、電力に関しては今まではグリーン電力証書です。これは量も少なく価格も高いです。経済産業省が制度設計を進めている非化石価値取引証書は来年中には市場が立ち上がり、2020年には確実に使えるようになると思うので、それを使ってオフセット(相殺)することはそんなに難しいことではないでしょう。まだ確定的なことは言えないけれども、価格もグリーン電力証書に比べるとリーズナブルになるはずです。
また、電力自由化でいろいろな発電事業者が電力供給市場に参入し、自然エネルギー100%で供給するところと契約して、調達するという方法もあります。さらに、東日本大震災後、地域の自然エネルギー資源を使って電力を作り出そうという取り組みが、全国各地で広がっています。こうした地域、自治体は、その電力をオリンピックで使ってほしいと提案しています。実現すれば、全国の自然エネルギーが東京オリンピックを支えるという、シンボリックな取り組みになるのではないでしょうか。
羽仁:いろいろやれることがあるということがわかりますね。エネルギー分野も含めて、東京大会に向けて外部からいろいろな提案をしていく必要があると感じています。SUSPONではごみゼロ部会の提案として、リユース食器の導入の提案をしているところです。
東京都が再び世界の都市のエネルギー政策のけん引役に
羽仁:大野さんが東京都庁に勤務していた頃は、気候変動やエネルギーに関する先進的な取り組みをいろいろと打ち出されたと聞いています。
大野:東京都の都市エネルギー政策や気候変動政策は、2008年に条例が改正され、いろいろな新しい取り組みが始まったときには、間違いなく世界のトップを走っていたと思うんです。しかしその後、ニューヨーク、パリ、ロンドンなどもいろいろな政策を展開し、今の局面で東京がトップという位置にはないです。ここで再び、他の世界の都市と競い合って全体の水準を引き上げていく、世界の気候変動対策をリードするという、東京都が本来果たすべき役割を果たしてほしいと思います。オリンピックを契機に東京の都市の持続可能性政策ももう一段高いところへ引き上げられることを大いに期待しています。
招致活動の中で非常に印象的な出来事がありました。2013年に国際オリンピック委員会(IOC)が審査の一環として立候補都市を回った際に、私は東京の招致チームの一員として持続可能性についてプレゼンテーションしました。その時の評価メンバーの一人だったのが、デイビット・スタブス氏でした。ロンドン大会の持続可能性計画の責任者だった彼から、「東京は都市レベルでキャップ・アンド・トレードをやっている世界で唯一の自治体だ。そういう先進的な政策をやっている都市だから、東京オリンピックの環境政策についてはまったく心配していない」と言ってもらったことがありました。それが、現在の東京大会の持続可能性に関する取り組み状況については、IOCのアドバイザーとしてスタブス氏もとても厳しい評価をしているんですよね。非常に残念な状況です。
スポンサー企業との関係づくりを
羽仁:東京大会のスポンサー企業の中には、持続可能性の取り組みに期待しているところもあり、今の状況では、なんでスポンサー企業になったのかという気持ちもあるようです。
大野:エネルギーの分野でも同じようなことが起きています。パリ協定を受けて脱炭素化が決まって、世界的なレベルで競争する企業は皆、そういう方向に向かっています。とくに注目されているのは、企業が使う電力は率先して、早く100%の自然エネルギーにしていこうというコミットメントが広がっていることです。日本でよく知られているのがRE100という国際イニシアチブで、つい最近宣言している企業が100社に到達しました。
そのような動きにさらに拍車を掛けるのは金融安定理事会(FSB)の動きです。世界の先進国の中央銀行と財務省が作っている組織であるFSBが、タスクフォースを作って、企業が自ら抱えている気候変動のリスクについて情報開示すべきだというレポート「気候関連財務情報開示タスクフォースによる提言」を今年の6月に公表しました。これからの企業は自社がどのような2℃目標を達成するための戦略を持っているのか、どれぐらいのカーボン資産(石炭など化石燃料関連への投資)を保有しているのかなどを情報開示していくためのルールが提案されています。ボランタリーなルールなので、従うことは義務ではないのだけれども、世界的な企業はそれを使い始めているのです。そうすると、それを使わないことが逆に企業のリスクになってしまうので、使わざるを得なくなっています。
自然エネルギーは日本ではまだ高いけれども欧米では安くなっているので、使う電力を100%自然エネルギーに変えることは、それほどコストはかかりません。だから海外に拠点を置いている企業はどんどんコミットしているのです。一方で日本に本社を置いている企業は、日本の状況や仕組みが遅れているからできないのです。
このようにさまざまな形で企業の行動をサステナブルにしていくというプレッシャーは高まってきています。そんな中で、2020年東京大会が、過去数回の大会の中でも最も持続可能性に配慮しない大会であったと評価されることになれば、スポンサー企業も批判されてしまう。このようなリスクが認識されれば、スポンサー企業の方から組織委員会などに対して持続可能性に関する取り組みを進めてほしい、一緒に進めていこうということになるのではないでしょうか。
羽仁:NGO/NPOとしては、スポンサー企業に働き掛けを行うことも意味があると思います。また、僕としては、SUSPONの活動として、東京以外に全国を回って、オリンピックでは持続可能性が重要視されていること、東京大会のレガシーとして持続可能な社会づくりというものを日本に根付かせていくきっかけになることなどを伝えていきたいとも思っています。
大野:東京大会の持続可能性についての準備状況を世界の目にも見えるようにしていくため、国際的にも関心を持ってもらえるような情報発信はもっと進めた方が良いと思います。
(2017年8月25日東京・自然エネルギー財団にて)