【新連載】食卓からみる世界-変わる環境と暮らし第1回 スリランカの少数民族タミル人にとっての魚と漁業

2017年08月17日グローバルネット2017年8月号

世界の社会経済構造や自然環境の変化に伴い、地域の食文化も変わってきている。本連載では、世界各地に長く滞在・訪問している日本人の方々に、現地での毎日の食卓から見える、暮らしや環境の変化などについて、生の情報をレポートしていただきます(隔月連載)。

特定非営利活動法人パルシック スリランカ事務所駐在員
伊藤 文(いとう ふみ)

26年間にわたる内戦が2009年に終結したスリランカ。パルシックは、内戦の被害を受けた少数民族タミル人の、とくに漁村の人々の暮らしを支えるべく、2004年からスリランカ北部ジャフナ県を中心に活動を続けてきました。現在は、内戦後避難先から自らの土地に戻った人々の生計向上支援、漁業協同組合の活動を強化する事業、養殖事業などを実施しています。

タミル人の食卓と魚

市場で魚が売られている様子

日本と同じく四方を海に囲まれた島国スリランカでは、食卓にも魚介類がよく上り、国民一人あたりの消費量は、魚介類が肉類を上回ります。主なメニューは、ココナツミルクもしくはココナツオイルとスパイスをふんだんに使ったカレーで、鶏肉や野菜のカレーに加えて、魚カレーや魚の揚げ物がよく見られます。南部のシンハラ人には海水魚だけでなく淡水魚も人気で、パルシックが支援している淡水池での養殖事業で捕れた漁獲も、主に南部に送られていきます。

一方、半島に囲まれた広い干潟を持つ北部のジャフナは、沿岸、干潟の両方で捕れる豊富な水産資源に恵まれているため、食卓に上るのは海水魚が主で、頻繁に調理されるのは、アジ、ボラ、イワシ、ニシン、サワラなどに類する種の魚か、エビやカニなど。北部で捕られるエビ、カニは天然で味が良いと全国的に知られており、毎朝、漁村の隅々まで南部の大都市へ輸送するトラックが漁獲を集めに来て、海外へも輸出されています。干物を作る習慣もあり、カレーや副菜の味付けとして使われます。

海産物が有名な北部に特徴的な料理が「ジャフナクール」と呼ばれるスープ。乾燥した北部の平野部でのみ育ち、北部の特産品である「パルミラヤシ(オウギヤシ)」の新芽を乾燥させて粉にしたものを片栗粉のようにして使い、魚、カニ、エビ、野菜をたっぷり入れて、コショウと唐辛子、塩で味付けをする非常に辛いスープで、複雑な味がします。繊維質が多く香辛料も多く使われているため、消化を促進する働きがあり、お腹が緩くなりやすいので、地元の人から「水を一緒に飲んではいけない。ご飯は1時間後に食べなさい」などと注意されます。もともとは栄養価が高い料理として、風邪を引いたときや大人数が集まるときなどに北部タミル人の家庭の食卓に上りましたが、現在は作り方を知る人も少なくなり、どちらかというと特別な料理になりつつあるようです。ジャフナ出身でパルシック現地スタッフのプラバさんは、「自分が小さかった頃は、祖父母や両親が月に1度は作ってくれた。今は、妻も作り方を知らず、食べるのは別の人の家で振る舞われたときなど特別なときだけ」と話します。内戦中、多くのパルミラヤシが戦火で焼失し、それ以来パルミラヤシの粉の生産量が少なくなったことや、人々の生活スタイルが変わり、以前ほど料理に時間をかけなくなったことも、ジャフナクールが頻繁に作られなくなった原因ではないか、という人もいます。「懐かしい」ジャフナクールの味を手軽に楽しめるよう、最近は、パルミラヤシ産品を振興する政府機関「パルミラ開発局」のアンテナショップで小さなカップに入ったスープが販売されるようにもなりました。

パルミラヤシ。30メートル以上に成長するものもある。

漁業を取り巻く環境の変化

スリランカ北部の人々は、以前に比べて漁獲量が少なくなった、魚の値段が高くなった、と口をそろえて言います。このことも、ジャフナクールが頻繁に作られなくなった要因の一つのようです。

内戦の最中、人々が漁に出る機会は極端に制限され、北部の漁獲高は一気に減少しました。この期間、沿岸の水産資源は手付かずとなり、資源が守られていた時期だったともいえます。内戦終結後、人々の手元に漁具が戻り、漁業が再開され、漁獲も増加しましたが、その一方で、違法な漁具・漁法を使った漁も横行するようになり、統計には表れていませんが、漁師の人たちからは、魚が減り、サイズも小さくなった、という話をここ数年日常的に聞きます。需要の増加やインフレの影響もありますが、魚の値段は年々上がり、主要魚種の価格はここ10年で約2倍になりました()。

図 魚種別小売価格の推移(単位:スリランカルピー)

出典: Fishery Statistics 2016, Ministry of Fisheries and
Aquatic Resources Development, Sri Lanka

スリランカ近海での違法漁業の問題は深刻で、2015年には欧州連合(EU)から違法、無報告、無規制(IUU)漁業を行う筆頭国の一つとして指定され、約1年間 EU諸国へのスリランカからの魚介類の輸出が禁止され、その結果、2015年の魚介類の輸出量は、2014年に比べて35.5%減少しました。

国際的に問題になっているのは主に沿岸、沖合の漁業操業に関してですが、限られた資源を争うように捕る傾向は干潟部でも顕著で、海岸線に沿って四つの大きな干潟を持つムライティブ県では、内戦後人々が帰還し始めてすぐ、違法漁業が盛んに行われるようになり、漁業省や地元の漁業協同組合と、違法な漁業者の攻防が繰り広げられてきました。漁業省職員による徹夜の見張り、違法漁業者の摘発が地元漁民の協力を得て行われ、それに抵抗するように違法漁民による脅迫電話やボートの破壊などの話もよく聞きました。現在は、政府やNGOの積極的な働き掛けもあり、各干潟を管理する委員会の下に細かな規則も設けられ、当時に比べると、違法漁業は落ち着いてきた印象を受けます。

沖合で操業するインドや地域外からの漁船の影響も深刻です。内戦の影響を受けた北部の漁民が、漁港もなく小型の船で沿岸漁業のみに従事する一方、外部から来た底引き網船が魚のサイズにかかわらず沖合からすべての水産資源をさらっていってしまう、と地元の漁師たちは嘆いていました。インド、スリランカによるお互いの漁民の逮捕も相次ぎ、両国間での政治問題ともなっていました。2017年7月、スリランカ政府は、同国海域内での底引き網漁操業の全面禁止に踏み切り、このことが、インド、スリランカ間の漁業問題の緊張緩和につながると同時に、資源の保全、スリランカの漁民の利益にもなるのでは、と今のところ国内では好意的に受け止められています。

市場や海岸に行くと袋いっぱいに魚を買えた時代は変わってしまいましたが、今も魚介類はタミルの人々の食卓の中心にあり、漁業をめぐる環境の変化には、常に関心が向けられていることは、タミルの人たちと付き合っていると伝わってきます。今後、北部もさらに発展し、港の開発や利用できる船の規模の拡大など漁業機会が開かれていくはずですが、それに伴い、人々の食卓に上る魚の数や種類がさらに減ってしまうことのないよう、スリランカ政府、漁業協同組合、そして漁師の人たちの取り組みを水産資源保全の重要性を伝える活動を通して応援していきたいと思います。

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