日本の未来に魚はあるか?―持続可能な水産資源管理に向けて第6回 国際シンポジウム「水産物の透明性と持続可能性」参加報告

2017年07月20日グローバルネット2017年7月号

地球・人間環境フォーラム
飯沼 佐代子(いいぬま さよこ)

土用のウナギがスーパーに並ぶ季節。ウナギは今や絶滅が危惧され、違法に漁獲・流通したものが日本市場に多く出回っているといわれる。この連載でも繰り返し指摘されているとおり、日本の食卓に欠かせない水産物は天然資源であり、漫然と食すだけでは枯渇する恐れがある。

5月16、17日の2日間「水産物の透明性と持続可能性」と題する国際シンポジウムが早稲田大学で開催された。水産研究・教育機構(FRA)と、早稲田大学地域・地域間研究機構(ORIS)、米国のNGOであるThe Nature Conservancy(TNC)の主催で、水産庁と外務省などの後援を受け、自民党水産基本政策委員長の石破茂衆議院議員、水産庁次長、米国海洋大気庁、欧州委員会など国内外の行政の他、TNC、トラフィック(野生生物の取引を監視・調査するNGO)などのNGO、MSC(海洋管理協議会)日本事務所、マリン・エコラベルジャパン協議会、シーフードレガシーなど国内で水産資源の持続可能な利用を進める多彩な団体が参加し、水産物の持続可能性・透明性という問題の解決について話し合った。

写真会場の様子

参加者は2日間でのべ530名を超えた(写真は2日目)

IUU漁業の現状と世界の取り組み

世界の水産資源の約9割がすでに限界まで利用されている中、未来に水産物を引き継ぐためには資源管理が極めて重要である。資源管理の努力を損なう要因の一つが、違法、無報告、無規制(IUU)漁業だ。IUU漁業とは法的な保全管理措置に反して行われる違法な漁業活動で、国家の管轄が及ばない公海で行われることが多い。その漁獲量は全世界の1~3割相当、損害額は100~235億ドルにも上るといわれる。

シンポジウム1日目のテーマは「IUU漁業の現状と水産物の透明性促進に向けた技術」と「IUU漁業対策に向けた国際協力の強化」であった。広い外洋上でのIUU漁業の実態を把握するため、自動船舶識別装置や船舶管理システム、衛星を使ったレーダーなどさまざまな技術が開発され、監視が行われている。現場では奴隷労働や人身売買など、人権に関わる国際的な犯罪行為も行われており、新たな技術を生かし問題を解決に向かわせるには国際的な連携と協働が欠かせない。

欧州委員会の海事漁業局長ステファン・デピュピュレ氏は、多様なレベルでの規則と効果的なマネジメントが必要だとし、国連やWTOなどの国際機関が世界的なIUU漁業対策の枠組みを設定し、地域漁業管理機関(RFMO、マグロ類をはじめ2ヵ国以上を移動する魚種管理を目的とする組織)が資源管理措置を取り、各国で法令が整備され、企業や市場を動かす力を持つ消費者に至るまで、積極的に役割を担うべきだとした。そのためには法令順守への経済的インセンティブと不遵守へのディスインセンティブ、リスクの導入も求められると述べた。

セイシェル共和国のブルーエコノミー省特任アドバイザーであるフィリップ・ミショー氏が述べたように、IUU漁業に国境はなく、主に漁獲される回遊種のマグロにも国境はない。近年RFMOを通じて各国担当者間の情報共有や交流が深まり、IUU漁船の取り締まりで連携の効果が表れているという。

FRAの大関芳沖氏によると近年、北西太平洋の三陸沖、日本のEZZ(排他的経済水域)外の公海で、長期間操業する中国、台湾などの船が増え、イカ、サンマ、サバなどを冷凍して中国へ送っている。中には船名を隠す、偽名使用などのIUU漁船が含まれ、FRAが衛星データ、自動船舶識別装置情報などから解析した結果、これらの漁船による2016年のサバのIUU漁獲量は15~25万t(同年の日本のサバ漁獲量は約40万t)に及んだと推測された。この解析手法は世界のIUU漁業の効率的な実態把握に役立つと期待されるという。

同じ北西太平洋では、漁獲の33%、金額にして10億~30億米ドル(2000~2003年)がIUUと推定されるとトラフィックの白石広美氏は報告した。とくに中国による漁獲は1990年代に急増し、中国船の中には船名・漁業許可・船籍港の無い「3無し漁船」が最近でも約1万7,000隻もあるなど、管理の困難さがうかがえた。一方、日本でも毎年の漁業関連法令違反の送致件数2,000~2,500件のうち9割が密漁で、国内の違法漁業対策は強化の必要がある。さらに日本は中国、台湾などIUU漁業が疑われる国・地域にとって最大の水産物輸出先でありIUU水産物を輸入している可能性が高い。IUU水産物の輸入を防ぐ取り組みを日本が率先して進めることで、東アジア全体の漁業の合法性を担保し、責任ある漁業を促すことが重要と指摘した。

日本とIUU漁業問題

2日目のテーマは「水産物の透明性と持続性の実現に向けた政策・取り組み」と「水産認証制度の活用による水産物の透明性と持続可能性」であった。

共同通信社の井田徹治氏は、日本のIUU漁業の現状と対策について発表し、シラスウナギ(ウナギの仔魚)を中心にアワビ、ナマコなどの高価な水産物について国内での密漁が多発していると報告した。驚いたのは密漁対策としての罰則(漁業法)が、「3年以下の懲役または200万円以下の罰金」で、密漁で得られるシラスウナギやアワビ、ナマコなどの価値と比較して非常に弱いことだ。一方、日本の領海内で外国人が密漁を行った場合は、「3年以下の懲役または3,000万円以下の罰金」で、最大で日本人の15倍の金額が課せられるという。希少種の違法な取引等を規制する「種の保存法」の罰則(個人で懲役5年以下又は罰金500万円以下、法人では1億円以下)と比較しても低く、また外国人に厳しく日本人に甘い規制となり「密漁への経済的ディスインセンティブ」が日本人には機能しないことになる。井田氏は「政治的な意思の欠如が問われる」と結んだ。

同じ問題に現場の切実さでコメントしたのは、30年近く密漁対策に取り組んできた北海道漁業組合連合会の本間靖敏氏だ。北海道では、とくに組織的なナマコの密漁が横行し、一度の水揚げが数千万円から億単位にもなるという。200万円の罰金では抑止力にならず、罰金引き上げが必要と訴えていた。北海道の水揚げの6割は稚魚や稚貝を放流する栽培漁業だが、投入した資金が密漁者に盗まれ、まじめに規則を守る漁業者が損をする構造になっているという。

水産物の持続可能な利用に向けて

本シンポジウムの直前に、IUU漁業防止の法的拘束力のある初の国際協定「違法漁業防止寄港国措置協定(PSMA)」への批准が国会で承認された。日本のIUU漁業対策強化に、多くの参加者が歓迎の意を表していた。世界第3位の水産物輸入国日本によるPSMAへの取り組みと実効性のある運用が、世界のIUU漁業防止に不可欠だからだ。しかし欧州連合と米国にはあるIUU漁業を規制する法律が日本にはまだない。IUU漁業対策の基盤となる水産物のトレーサビリティの確立や、市場からの対策を進めるNGOと企業の連携もこれからだ。

日本にはまだ多くの大きな課題があるものの、大学と政府とNGOが共催した今回のシンポジウムは、多様なセクターの、時に相反する立場の関係者が初めて一堂に集い議論を交わす場となり、「水産資源に残された時間は少ない」という危機意識を共有することができた。2020年東京大会開催国として持続可能な水産資源管理に取り組む関係者の連携に向け、大きな一歩を記したといえるだろう。シンポジウムの詳細や講演資料集(全150ページ)はこちらのウェブサイトを参照。

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