つなげよう、支えよう森里川海 ~持続可能な新しい国づくりを目指す(新連載)第1回 鈴鹿山脈から琵琶湖まで流域でつながる東近江市のローカルファイナンス
2017年06月15日グローバルネット2017年6月号
滋賀県東近江市 森と水政策課課長補佐
山口 美知子(やまぐち みちこ)
5月号の特集で紹介した「つなげよう、支えよう森里川海」プロジェクトに関連する取り組みを、今後毎月の連載として、紹介します。
東近江市は、滋賀県の南東部に位置し、地形は東西に長く、東に鈴鹿山系、西に琵琶湖があり、愛知川が市域の中央を流れています。また、市の南西部には日野川が流れ、この両河川の流域には、原流の鈴鹿山脈から平地や丘陵地が広がり、緑豊かな田園地帯を形成しています。1市6町が合併して誕生した市で、人口約11万5,000人、面積約388km2の大きなまちです。中央を流れる愛知川は、大変おいしい鮎が捕れることで有名です。この豊かな水資源の源流は鈴鹿山脈であり、伏流水となった水は約8,000万年前に形成された湖東カルデラの一部である湖東流紋岩でできた固い山々にぶつかり、湧水となって周辺地域を潤したことも、この地の発展に多大な影響をもたらしてきました。
このように豊かな自然資源を背景にして、東近江市には非常に古くから多くの人々が生活していたこともわかっています。鈴鹿山脈の麓では、「縄文のビーナス」と呼ばれる縄文時代草創期の土偶が発見され、その高度な加工から、この地には当時から高度な文化・技術が根付いていたことが推定されます。また、鋳造、轆轤、木造建築、石工、機織りなどの技術者が存在するなど、時代を先駆けてさまざまなものが生まれました。中世には惣村の自治が発展し、保内商人、小幡商人、石塔商人など地域に根差した商売人が、鈴鹿山脈を越えて中部圏に産物を運びました。彼らの登場が、江戸期に入り全国に名をとどろかせる近江商人につながっていき、売り手よし・買い手よし・世間よしという「三方よし」の理念が浸透していくのです。
東近江市のフローとストック
東近江市は、名神高速道路のインターチェンジが二つもあるなど交通の要衝として地理的に有利な条件を備えているため、多くの企業の進出に結び付き、東近江市の総生産額は、地域経済分析によると、約5,400億円にも上ります。そのうち、消費やエネルギー代金として市外に流出しているお金は約1,000億円に達します。地域のものを地域で購入する人が1%でも増えたら、また、再生可能エネルギーなどを地域で1%でも賄うことができたら、約10億円のお金が地域で回ること(フロー)になります。
これらフローを健全に生み出し続けるには、潤沢なストックが必要です。東近江市は、そのストックを「自然資本」、「人的資本」、「人工資本」ならびに「社会関係資本」の四つと考えています。この地には豊かな自然の下に、力強く生きる人々があり、その人々によって作られるさまざまなインフラがあり、人と人が支えあう暮らしがあります。これらすべてが潤沢にそろってはじめて、健全なフローが生み出し続けられるのです。中でも東近江市には、豊かな自然資本だけでなく、分野や立場や世代を超えて連携する「社会関係資本」が充実していました。現在、食、エネルギー、福祉など、地域で豊かに暮らすのに必要な要素に着目して、多分野が連携するプロジェクトがいくつも存在しています。
環境基本計画と「森と水」政策
東近江市では、第2次環境基本計画の策定に取り組み、強みである豊かな四つの資本を地域資源として位置付けることとしました(図)。それらは並列に存在しているのではなく、「人的資本」、「人工資本」、「社会関係資本」の三つが、「自然資本」の中に納まっている状態が健全であると認識し、それによって生まれる「文化資本」も含めた地域資源の保全・再生、賢い活用、それらをつなぐ仕組みづくりを三つの柱とする基本方針を定めています。いわゆる「環境」の保全が中心だったこれまでの環境基本計画とは異なり、環境・経済・社会を切り離さず、環境を保全しながら地域の課題解決と地域の活性化を目指そうというものです。
また、鈴鹿山脈の源流部から琵琶湖までを管内に含むという強みを最大化する具体的な政策を実現するため、2015年度に市民環境部に「森と水政策課」が設置されました。おそらく、このような名前の課は全国でも初めてではないかと思われます。当課が具体策を考える際にベースとしたのは、地域資源の「保全と再生」、地域資源の「賢明な利用」、分野と世代を超えた「交流と学習」、環境と経済と社会を「つなぐ仕組みづくり」という4点です。
東近江三方よし基金の設立
自立する経済の仕組みづくりは、さまざまな地域課題の解決や地域の活性化には欠かせないものであることから、市民、地元の金融機関、行政が協働して立ち上げる「東近江三方よし基金」が提案され、2016年度に設立準備会が立ち上がりました。準備会には、学識経験者、地元金融機関、NPO、事業者、行政などが参加して、具体的な仕組みの検討を行いました。また、財団法人化するのに必要な基本財産300万円について、一口3,000円の寄付を市民の皆さんに募ることにしました。寄付者には、東近江市の将来やこの基金そのものに期待することをホワイトボードに書いていただき、Facebookでも紹介しています。約700名の市民からの寄付が集まり、公益財団法人化に向け準備を進めているところです。空き店舗のリノベーション、空き家の拠点整備、再生可能エネルギーの普及促進、森林資源を活用した商品開発、里山保全活動、次世代への環境教育、経営できる農業の推進、働きづらさを抱える若者の就労支援など、東近江市にはすでに地域課題に気づき行動し始めている人々がたくさんいます。こうした市民のチャレンジをよりやりやすくできるように、また、新たな地域課題に気付き行動する人が増えていくように、「温かいお金」が地域で回る仕組みを作っていきたいと考えています。
近年では、日本でも社会的投資という言葉をよく耳にするようになりました。東近江市では、2016年度に、社会的投資を行政補助金の改革に役立てる東近江版ソーシャルインパクトボンドの実証事業を行いました。行政課題を解決する取り組みを、いったん地域の皆さんからの社会的投資で実施し、当初設定した成果を評価して、成果が達成されたら行政が必要経費を支出し、出資者に償還されるという仕組みです。この仕組みは、補助金の使い方よりも、成果を重視することにより、確実な政策課題の解決につながるだけでなく、社会的投資をした方々は、各事業の応援団となり、事業の成果達成に導く役割を果たすようになります。つまり、お金を出すという行為が、市民の公共への当事者性を呼び覚ますことにつながります。ここにも、志のある「温かいお金」が循環する仕組みがあり、今後もさまざまな事業に社会的投資が生かされていくことを期待しています。
「東近江三方よし基金」では、自然資本をベースに、人的資本、人工資本、社会関係資本を太らせていくため、寄付や融資、社会的投資という「温かいお金」が地域で循環するコーディネートをしたいと考えています。まだまだこれからの基金ですが、未来の東近江市に関わる方々の人生をより豊かなものにする一助となれることを願っています。