フロント/話題と人渡辺 知保(わたなべ ちほ)さん
国立研究開発法人 国立環境研究所 理事長
2017年06月15日グローバルネット2017年6月号
「人」の視点から研究成果の社会実装を地球を変えてしまった人類に求められる環境研究
「環境研究は重要で面白いフェーズ(局面)に入った」。この春、国立環境研究所の新理事長に就任した渡辺さんは、人間活動が著しく地球環境に影響を与えてしまった現在をこう評価する。
渡辺さんは東大入学後、公害問題が起こり、広範な研究の必要性から開設された医学部保健学科に進学した。「大学院で人類生態学を学び、人と環境との関わり方を通じて人間というものを知りたかった」という。ヒトの集団が、その居住する自然環境、文化、社会組織を通してどのように相互作用しながら生存しているかを調べる人類生態学の講座は当時少なく、世界でも100校程度しかなかったそうだ。
学生時代にはセレン(ミネラルの中の必須微量元素の一つ)の欠乏と水銀毒性の関係を調べ、東北大の助手時代には北海道のイトムカ鉱山で水銀の吸入曝露を受けた鉱夫の調査研究を行った。その後、東大に戻ってすぐ、当時の教授だった大塚柳太郎氏(第2代国立環境研究所理事長、本誌「フォーラム随想」に執筆中)に、地下水のヒ素汚染が深刻化していたバングラデシュ行きを誘われ、現場へ。現地住民のヒ素摂取量を知るため、生活時間や飲んでいる水の量を調べたりもした。「現地の農民は1日に6リットルもの水を飲んでいることがわかりました。意外なことに、飲水量を調べた研究がほとんどなかったので、貴重なデータとなりました」と当時を振り返る渡辺さんの研究対象は、いつも「人」に向いていた。
理事長就任前は、外部評価委員として組織改編なども評価してきた。「目指している研究の方向が整理されてきています。最近は間口が広がり、社会科学的要素を持った研究成果が増えてきています」と人類生態学的な視点の重要性を説く。
「人」が地球システムに大きく関与するようになった今、環境研究は非常にやり甲斐のある分野だ。これからは、研究成果を社会に還元する「社会実装」がますます求められる。「研究者は論文を出して終わりにするのではなく、ステークホルダーの声に耳を傾け、社会問題の解決にも応用することを意識する必要があるでしょう」。 (富)