2020東京大会とサステナビリティ~ロンドン、リオを超えて キーパーソンに聞く第3回ゲスト 葉山 政治さん/志村 智子さん
2017年05月15日グローバルネット2017年5月号
第3回ゲスト
日本野鳥の会 自然保護室室長 葉山 政治(はやま まさはる)さん
日本自然保護協会 自然保護部部長 志村 智子(しむら ともこ)さん
聞き手:羽仁カンタさん(iPledge代表、SUSPON代表)
東京大会を控えた今こそラムサール条約の指定地に
羽仁 今日は東京・江戸川区の葛西臨海公園に来ています。お二人が中心メンバーとして活動するSUSPON(持続可能なスポーツイベントを実現するNGO/NPOネットワーク)生物多様性部会では、公園の沖合に広がる干潟の三枚洲をラムサール条約の指定地にしようと提案しています。三枚洲はなぜ重要なのでしょうか?
葉山 三枚洲は旧江戸川と荒川の河口に囲まれた干潟です。日本野鳥の会東京支部の調査では、毎年3~6万羽のスズガモや貴重種のカイツブリが越冬にやって来ることがわかっています(下写真)。日本を渡りの中継地、越冬地とする鳥にとって、三枚洲は東京湾に残された重要な干潟です。 ラムサール条約は、鳥や他の生き物にとって世界レベルで重要な湿地を保護するための国際条約で、加盟国は約170ヵ国、登録湿地は世界では2,200以上、日本でもこれまでに50ヵ所が登録されています。
志村 1964年の東京オリンピックは「レガシー」として高度経済成長を日本に残し、その結果として東京湾沿岸域の大半は埋め立てられました。そんな中で三枚洲は東京湾に残された最後の自然の干潟です。2020年の東京大会を控えた今こそ、この場所をラムサール条約の指定地とする意味があると考えています。
羽仁 登録のためにはどのようなステップを踏む必要があるのでしょうか?
葉山 三枚洲をラムサール指定地に登録するには、「都指定」の東京港鳥獣保護区から、「国指定」にすることが必要で、これを実現するには地域の了解を得ることが前提条件となります。具体的には東京都や江戸川区の理解とともに、地元の漁協の了解を得る必要があります。 地元の理解を得る際に重要なキーワードはラムサール条約の目的である湿地の「賢い利用」です。ラムサール条約では指定地に登録されると、人間の立ち入りが一切禁止になるわけではありません。湿地の恵みを利用しつつ、その価値を失わない持続可能な漁業や農業をラムサール条約は勧めています。
オリンピックと自然保護
羽仁 前回の東京オリンピックは日本の高度成長を世界に見せることができた大会でしたが、その高度成長によって私たちはたくさんのものを失ってしまいました。開発と自然の問題に取り組んできたお二人は、2020年の日本、東京でオリンピックを開催することの意味についてはどのように捉えていますか?
葉山 正直言って、2020年の大会は東京に決まらなければよかったと思っていました。巨大イベントとなると、インフラができて一時的に経済は回るように見えても、自然のインフラは必ず損なわれる。前回の東京大会で失われたものを見ればそれは一目瞭然です。これまでのように経済も人口も右肩上がりを目指すのではなく、これから人口は減少し、経済は平行でいいはずなのに、それでもなお、薪をくべようとしている人たちが五輪のような大規模イベントを誘致しているのではないでしょうか。2020年の東京大会がそのような形だけで終わってしまうのはむなしいと思うのです。
そこで、SUSPON生物多様性部会の活動として、大会のレガシーとして2020大会を記念した自然保護地域の設置を提案しようと考えました。多くの競技が開催される東京湾は、東京はもとより日本の生物多様性の重要スポットであり、「江戸前」の恵みの供給源でもあります。また、東京大会を契機に、目に見える形で、海の生物多様性が保全されたことを示すこともできます。三枚洲はまさにうってつけの場所なのです。
志村 また、2020年は生物多様性にとって非常に重要な年です。2010年に名古屋で開催された生物多様性条約第10回締約国会議(CBD-COP10)で決議された「愛知目標」の達成年で、「国連生物多様性の10年」の最終年でもあるのです。
羽仁 オリンピックと大規模開発は切っても切り離せない。だからこそ三枚洲のような場所を象徴的な意味で残していくこと、その意義をストーリーとして伝えていく。オリンピックにはそういうストーリーを伝える力があると僕も共感しているので、SUSPONを始めたのです。
例えば平和で、生物多様性が守られている環境があるからこそオリンピックができる、海が汚れたらカヌーもできない、など日本で東京オリンピックをやることの意味を、NGO/NPOである僕らが、もっとストレートでわかりやすい言葉で発信したいと思っています。
ストーリーを共有して多様な利用
羽仁 三枚洲の登録に向けて今後はどんな活動を考えていますか?
志村 ラムサール条約湿地になることは、ゴールではなく、保全のスタートといわれます。登録までの関係者間での十分な議論が、その後の取り組みに良い影響を与えることがわかっているので、関係者で三枚洲の未来を議論していきたいです。
葉山 葛西がなぜラムサール登録地になったのか、2020年東京大会をきっかけに東京湾の自然環境を良くしていきたいという思いで出来上がったんだというストーリーに、多くの人が共感して、ここを利用してくれたら一番良いと思います。
三枚洲と同じ東京湾にある千葉の谷津干潟は、1993年にラムサール条約に登録され、人を中に入れない形で保護されています。市民が、周りから見たり学習したりする場ではあるのだけれど、実際にそこにいる生き物や土や水に触れることはできないんです。
一方で5年前に登録された有明海の荒尾干潟(熊本県)では、漁師のおばちゃんも干潮になるとリヤカーを引いて貝掘りに行ったり、市民も鳥を見て、どんな物を食べているのか湿地を掘ってみたりしている。時々、市や漁協のイベントとしてマジャク(アナジャコ)釣り体験を開催するなど、いろいろな使い方をしている。三枚洲は、豊かな生物多様性を守ることを前提に、豊かな自然を体感することもできる、そんなラムサール登録湿地になる可能性を感じています(2017年4月11日東京・葛西臨海公園にて)
熊本県出身。高校生の頃から野鳥の生態に興味を持ち観察を始める。大学卒業後は環境コンサルティング会社に就
職し、主に環境アセスメントや漁礁の調査などに携わる。ラムサール条約第5回締約国会議が釧路で開催された1993年に、日本野鳥の会に就職。石川県、兵庫県、北海道での現場勤務を経て、2003 年より事務局勤務。
学生時代に知床の原生林保護問題や自然保護協会の自然観察指導員などに関わり、一般企業就職後は世界遺産登録前の白神山地の保護活動にボランティア参加。1986 年に同協会スタッフになる。会報誌『自然保護』の編集長時代には、リオの地球サミットに参加・取材した。環境教育担当、管理部部長、広報担当などを経て現職。