ホットレポートデカップリング社会が見えてきた!
節電、省エネ革命の進展で

2017年04月15日グローバルネット2017年4月号

千葉商科大学名誉教授、元日本経済新聞論説委員
三橋 規宏(みつはし のりひろ)

経済成長プラス、CO2排出マイナス社会へ移行

経済成長しても二酸化炭素(CO2)の排出量が減少するデカップリング社会が日本でも現実味を帯びてきた。環境省は昨年12月、2015年度の温室効果ガス(GHG)の排出量(速報値)を発表したが、それによると前年度比3.0%減の13億2,100万t(CO2換算)だった。05年比では5.2%減になる。

20年以降のGHGの排出量削減の枠組みを定めたパリ協定の公約を達成するため、政府は昨年5月、2050年には現在比でGHGを80%削減する長期目標を盛り込んだ地球温暖化対策計画を閣議決定した。この計画の中で20年度には05年比3.8%削減を目指すとしているが、15年度の実績はこの目標をあっさり超えてしまった。まさにサプライズだ。

実はGHGの排出量は14年度も前年度比3.1%減だったので、2年連続で減少したことになる。日本のGHG排出量は、東京電力福島第一原発事故で国内の原発が止まり、火力発電が増えたことなどから、11年度以降ずっと増え続けていた。14年度に初めて減少に転じ、15年度はさらに減少した。GHGの排出量減少は当然化石燃料消費の減少を意味する。

ここで一つ注釈。日本の場合、GHGの約92%をCO2が占めるため、GHG削減対策の中心はCO2削減対策である。本文ではGHGの代わりにCO2を適宜使っている。

さて、18世紀後半の産業革命以降約250年間、経済成長と化石燃料とは密接な関係を維持してきた。経済を発展させるためには石炭や石油などの化石燃料を大量に消費する、その結果CO2の排出量も増加する、という関係がずっと続いてきた。ところが20世紀後半になると、経済活動が地球の限界に突き当たってしまった。大量の化石燃料消費で排出されるCO2が地球温暖化を引き起こし、気候変動に大きな影響を与え、異常気象を引き起こすことが明らかになった。

EU加盟国では2000年前後に実現

このため、1990年代以降、環境問題に熱心だったヨーロッパを中心に、持続可能な経済発展のためには、経済成長と化石燃料・CO2の密接な関係(カップリング)を引き離す(デカップリング)政策が追求されるようになった。具体的には経済成長プラス、化石燃料消費・CO2排出マイナスの新しい経済発展パターンを創り出す政策である。

デカップリング社会を目指し、欧州連合(EU)加盟国は90年代に入ってから、省エネの徹底、炭素税・エネルギー税などの環境税の導入、太陽光発電や風力発電、バイオマス発電などの再生可能エネルギーの開発・普及に積極的に取り組んだ。その結果、今世紀に入った頃から、デンマークやスウェーデンなどの北欧諸国をはじめ、イギリスやドイツ、フランスなど多くの国がデカップリング社会を実現させた。

一方、日本とアメリカは今世紀に入ってからも経済成長プラス、化石燃料消費・CO2排出プラスの従来型のカップリング社会を続けてきた。ところがここにきて日本の様子が変わってきた。14年度の日本の経済成長率(名目)は2.1%、15年度は2.8%でいずれもプラス成長だ。この2年間に限っていえば、日本もデカップリング社会を実現させたことになる。来年度以降もこの傾向が続けば、日本も多くのEU加盟国と同様、経済成長プラス、化石燃料消費・CO2排出マイナスの持続可能な社会に移行できる。

そのヒントになるのが、最近5年間の経済成長率(名目)とGHG排出量の前年度増加率を比較しただ。2010年度は経済成長率1.4%に対しGHG排出量は約3倍の4.3%だった。経済成長のためには大量の化石燃料の消費が必要なエネルギー多消費型社会である。原発事故が起こった11年度には原発の稼働が止まり、化石燃料依存が高まったため、成長率はマイナスだったがGHGの増加率は高水準だった。これに対し13年度は成長率2.6%に対しGHG増加率は1.3%にとどまっており、初めてGHG増加率が成長率を下回ったことがわかる。そして14年度にはついに成長率プラス、GHG排出量マイナスの「デカップリング社会」が実現した。1990年以降、日本はずっと成長率プラス、GHG増加率プラスの「カップリング社会」を続けてきただけに、14年度の変化は驚きだった。しかも15年度もデカップリング社会が実現した。

原発事故後、節電、省エネ革命が起こった

なぜ、このような現象が起こってきたのか。最大の理由は、11年の原発事故、実質的な節電、省エネ革命が起こったことだ。新聞やテレビなどのマスコミはこのことを見逃してきたが、産業界、業務用オフィス、家庭(個人住宅)、運輸などの各部門で節電、省エネ活動が積極的に展開、強化され、数年のタイムラグを経て大きな効果を上げてきたことが指摘できる。

日本の製造部門はこれまでも世界の最先端を行く省エネ工場を実現してきたが、この数年はAI(人工知能)やロボット、IoT(インターネットと物を結び付け、自動制御、自動認識を強化させるシステム)の活用などによってさらに節電、省エネ化が飛躍的に進んでいる。工場の増改築、新工場の建設などに当たっても、省エネ機材、LEDの積極的利用などにも取り組み、原発事故前の平均的工場と比較すると、エネルギー消費量が半分以下を実現した工場が目立つ。

オフィスビルなどの業務部門、家庭(個人住宅)部門のCO2排出量は合わせると、日本の排出量の約36%を占める。ところが両部門のGHG排出量は製造部門と違って増加の一途をたどってきた。例えば、1990年比で、14年度の製造部門の排出量は約15%減、運輸部門は5%の微増にとどまっている。これに対し業務部門は90%増、家庭部門は47%増と増え続けている。したがって両部門のCO2排出量を大幅に削減できれば大きな効果が期待できる。

原発事故後、両部門でゼロエネルギーオフィス(ZEO)、ゼロエネルギーハウス(ZEH)が急速に普及している。これはオフィスビルや家庭内で消費される電気やガスなどのエネルギーから太陽光発電や水素エネルギーなどで発電した分を差し引き、実質的なエネルギー消費をゼロにしたオフィスビルや住宅のことだ。

政府は2030年のGHG削減目標、13年比26%減を達成するため、業務・オフィス部門、個人住宅部門のゼロエネルギー化を補助金支給や税制優遇措置などによって強力に推進し、両部門のGHG排出量を約40%削減(13年比)する計画だが、現実は計画に沿って着々と進んでいるように見える。

一方、日本のCO2排出量の約17%を占める運輸部門でも、ガソリン車に代わってハイブリッド車、電気自動車、燃料電池車などの比重が増え続けている。

原発事故後、急速に進んだ節電、省エネ革命は、時間の経過とともに尻上がりで効果を上げてきている。この数年、電力消費が最大化する夏場の電力需要が供給量を下回るようになったのもその成果といえよう。「経済成長プラス、化石燃料消費・CO2排出マイナス」のデカップリング社会は原発事故を契機に政府、企業、家庭の各部門が一丸となって取り組んできた省エネ努力の結果であり、今後も大きな成果が期待できそうだ。16年度のGHG排出量(速報値)が明らかになるのは今年12月だが、好ましい数字が得られることを願っている。

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