INSIDE CHINA 現地滞在レポート~内側から見た中国最新環境事情第39回 中国のパラキシレン(PX)製造をめぐる問題

2016年12月15日グローバルネット2016年12月号

地球環境研究戦略機関(IGES)北京事務所長 小柳 秀明(こやなぎ ひであき)
研究員 黄 堅(こう けん)

石油化学工場などの立地への不安

中国ではこれまでもしばしば石油化学工場や石油化学製品関連の事故が発生している。記憶に新しいところでは、当時の環境大臣の辞任にまで発展した、2005年11月に起きた中国石油吉林石油化学公司所有の石油化学工場の爆発事故(2015年2月号本連載第30回参照)や昨年8月に発生した天津化学品倉庫爆発事故(写真①)などがある。天津の爆発事故では周辺に居住する多くの住民が巻き添えになって亡くなった。いずれの事故も企業および行政の環境・安全面での事前・事後管理が不十分であることを国民に知らしめることになった。

このような事故や中国独特の行政・政治の体質もあって国民、とくに工場(立地予定地を含む)周辺の住民の環境・安全面での不信感は強い。さらに工場や倉庫で危険化学品を扱う場合にはより顕著になる。かつてはまったく情報を開示しなかったり、力ずくで事業を進めることも行われたが、近年環境影響評価法も次第に完備され、また、インターネットやSNSの普及により容易に情報にアクセスできるようになり、住民が事前に立地計画を知り、意見を述べたり異議を唱える機会も増加している。

写真① 天津化学品倉庫爆発事故の様子(2015年8月中国国内でダウンロード、出典不明)

不足している中国のパラキシレン生産能力

石油化学工場の立地の中でも、住民から毒性があると不安視されているパラキシレン(PX)製造工場の建設に対する反対が根強い。PXは、衣料用繊維などとして幅広く需要のあるポリエステルを製造する基礎原料である。2002年に国連から出版された「グローバル化学品統一分類とラベル制度」および中国国家安全生産監督管理総局が2011年6月に公表した「危険化学品目録」によると、PXは易燃性の低毒類化学品に属し、その毒性はガソリン、ディーゼルと同一種類で、可燃性は灯油に相当するとされている。

経済産業省の資料によれば、中国でのPX需要は世界全体での需要の約半分(52%)を占めている。一方、中国における生産能力は世界全体の約24%に過ぎず、生産能力を指標として見た場合、国内需要の62%しか満たせていない。さらに、一部稼働を停止している施設もあるので、実際に国内で生産された量は国内需要の半分にも満たない約46%で、不足分は周辺の韓国、日本、台湾などからの輸入に頼っている(表1参照。いずれも2014年のデータ)。

表1 2014年の世界および中国のパラキシレン需要と生産能力など(単位:100万t)

需要 生産能力 生産量 備考
世界全体 35.2(48.1) 47.3(58.0) 35.7(49.1)
中国 18.2(28.6) 11.3(11.9) 8.3(11.7) 不足分は輸入
(参考)日本 0.5(0.4) 3.7(3.7) 2.8(3.7) 主に中国向け輸出

(注)表中()内の数字は2020年の動向見通し
出典:経済産業省「世界の石油化学製品の今後の需給動向」をもとに筆者作成

また、2020年までの動向を見ると、中国は引き続き大きく需要が伸びる見通しであるが、表1に示すように生産能力は増強の見通しがほとんどない。今後は今まで以上に輸入に頼らざるを得ない状況である。このように大きな需要があるにもかかわらず生産能力を増強できない大きな理由の一つは、以下に紹介するように全国各地でPX製造工場の建設反対や操業の停止を求める声が強いためといえよう。

パラキシレン製造工場の建設反対運動

上述したような理由で、住民から毒性があると不安視されているPX製造工場の建設に反対する動きが各地で起きている。そして実際に、過去にPX製造工場で爆発事故や重大な事故につながる恐れのあった事案が発生している。

2011年8月8日、大型台風が中国東北部の大連市を強襲し、市内に立地する中国国内最大のPX生産規模を誇る大連福佳・大化石油化工有限公司のPX製造工場(写真②)からPXが漏れ出す危険にさらされた。台風により工場付近の防波堤が破壊され、海水がPXを貯蔵するタンクの下まで流れ込んだためである。この時工場側は危険な状態にあるという状況を知らせまいとして、メディアによる取材を強制阻止しようとした。しかし、逆にこの行為が大きく報道されることになり、多くの地元大連市民が初めて事態の深刻さを知ることとなった。報道によれば、8月14日には1万人以上の市民がPX製造施設を閉鎖するよう要求して集まり、事態の収拾に当たった大連市長に閉鎖することを約束させることになった。

写真② 大連福桂・大石油化工有限公司の現状(2016年11月撮影)

もう一例爆発事故事例を紹介する。2013年7月30日、福建省?州市古雷港経済開発区に立地しPXを製造する古雷石油化学工場で爆発事故が発生した。その原因は工場側が規定の手順を踏んでおらず、品質の悪い国内メーカーの部品を採用したことにあった。その部品の破裂により原材料の漏えいが発生し、爆発と重大な火災につながった。また、同工場では2015年4月6日にも装置の油漏れが原因で再び爆発事故を起こした。

このように環境・安全面で不安があるPX製造工場の立地に関して、全国各地で住民による建設反対運動が起きている。表2に近年発生したPX製造工場の立地などに反対する運動を整理した。いずれも住民が建設計画などを知った時点で発生している。

表2 近年中国で発生したパラキシレン製造工場建設などに反対する運動

年月 発生都市 発端 反対運動に参加した住民
2007年6月 福建省アモイ市 アモイ市海滄区にPX生産工場の建設の計画発表 不明
2011年8月 遼寧省大連市 大連福佳大化石油化工有限公司の工場から大型台風によりPXが漏れる危険性が生じた 10,000人以上
2013年5月 雲南省昆明市 昆明市から45キロ離れた安寧市にPXを年間65万トン生産する化学工場の建設の計画発表 約3,000人
2013年5月 四川省成都市 成都市から25キロ離れた彭州市に年間65万トン生産する化学工場の建設の計画発表 不明
2013年5月 江西省九江市 九江市中心部から6キロ離れた九江石油化学会社内に年間60万トン生産する工場の新設の計画発表 不明
2013年10月 浙江省寧波市 寧波市鎮海地区における鎮海煉油化工の増設計画の発表 約5,000人
2014年3月 広東省茂名市 茂名市において、年間60万トンのPXを生産する工場の新設予定の情報が流出 1,000人以上

出典:筆者調べ

 

見通しの立たない生産能力増強

国内供給が圧倒的に不足しており、製造すれば確実に高利益が見込まれるPX製造事業は、企業にとっても、また、立地を誘致する地方政府にとっても高額な税収が見込める魅力的な事業である。しかし、住民にとっては、現状では環境・安全面で大きな不安があり、容易に立地を受け入れられる状況ではない。このような事情にあることから、先に述べたように生産能力増強の見通しがほとんど立っていない。

最近の工場立地に関しては、法に基づく厳格な環境影響評価や住民説明会が行われるなど手続きが整いつつあるが、潜在的に存在する中国の行政・政治に対する不信感とも相まって、住民の不安と不信は容易に拭えそうもない。

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