フォーラム随想カナダの街歩きを楽しんだ
2016年11月15日グローバルネット2016年11月号
自然環境研究センター理事長・元国立環境研究所理事長 大塚 柳太郎(おおつか りゅうたろう)
今年の夏、カナダで気ままな時を過ごすことができました。訪れたのは、ブリティッシュ・コロンビア州のバンクーバー、アルバータ州のジャスパー、オンタリオ州のトロントで、目当てはジャスパーではカナディアン・ロッキーの自然、バンクーバーとトロントでは街歩きでした。
旅の準備中に、バリアフリーの先進国として知られるカナダの中でも、ブリティッシュ・コロンビア、アルバータ、オンタリオの3州がとくに熱心なことを知りました。意図したわけではなかったものの、旅の目的地がバリアフリーとその基にあるユニバーサルデザインの先進地だったのです。
私はバンクーバーとトロントを以前に訪れたことはあるのですが、街歩きは初めてでした。私が移動に利用したのは、バスや地下鉄などの公共交通機関で、そのほかは文字通り歩くことでした。
バンクーバーでバンデューセン植物園を訪れたとき、地下鉄の駅で降り、郊外の住宅地の中を30分ほど歩くことにしました。碁盤目状の道沿いに、垣根もなく個性的で緑の多い庭を持つ家々が並び、歩道は幅が広く四つ角は緩やかなスロープになっていました。車椅子に乗った人が、私に笑顔を向けながら、かなりのスピードですれ違っていくこともありました。
ゴルフコースを改造した22ヘクタールもあるバンデューセン植物園は、まさにバリアフリーのお手本で、車椅子の人も高齢者も動きやすいようにデザイン(設計)されていました。驚いたのは、植物園のスタッフはわずか6名で、ボランティアが来訪者の案内など多くの活動を担っていることでした。
私を案内してくれたボランティアの女性は、「私は日本語が話せません」と最初に断りながら、日本やアジア原産の植物、たとえばアジサイを見つけると、アジサイにまつわる多くの話をしてくれました。幅広い知識を持つだけでなく、来訪者への気遣いがひしひしと伝わってきました。別れ際に、「今日の園巡りの感想をお願いします」と聞かれ、咄嗟に「スタッフが少なくてもいい理由がわかりました」と答えました。
交通機関で最初に驚いたのは、待っていた路線バスが停留所に着いたときでした。目の前でバスのドアが開き、その直後にランプと呼ばれる傾斜板が外に回転するように飛び出し地面に斜めに着地すると、その直後に、その上を車椅子の客がスピーディーに走り降り、瞬く間に走り去ったのです。私がさらに驚いたのは、車椅子の客も運転手も、バスを待っていた人びとも何事もなかったかのようにしていたことです。
バスや地下鉄が乗客で混み合うことはよくありました。優先席は、日本のバスや電車と同じくらいの数でした。バスに乗っていて感動したのは、座る必要がある乗客が乗り込むと誰かが立ち上がり席を譲るのですが、その時の乗客たちの振る舞いが、試合中のスポーツチームのメンバーかのように連携が取れているのです。席を譲られた人が、多くの場合、特段の謝意を示さないのも印象的でした。
日本では、2006年にいわゆる「バリアフリー法」(「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」)が施行されて以来、ユニバーサルデザインを意識した障害者用トイレや視覚障害者誘導用ブロックの整備、あるいはノンステップバスの普及などが進みましたし、さらなる充実が期待されています。
ところで、ユニバーサルデザインとは、提唱者のロナルド・メイス氏が強調するように、単に障害者の移動の円滑化を目指すのではなく、あらゆる施設・製品・情報が、性・年齢の違い、障害の有無、文化・言語・国籍の違いにかかわらず利用できるようにすることです。この考えを広く社会に根付かせるには、人びとが「公平性」「合理性」「柔軟性」に裏打ちされた優しさや思いやりの気持ちを共有することでしょう。カナダ旅行はこのことを強く感じさせてくれました。