世界のこんなところで頑張ってる!~公益信託地球環境日本基金が応援する団体第17回/バナナとコーヒーは暮らしを変える~ラオスでの持続的土地利用に関する調査と映像による啓発活動
2016年09月15日グローバルネット2016年9月号
特定非営利活動法人 メコンウォッチ 東 智美
東南アジアの内陸国ラオスは、日本の本州と同じ程度の面積を持ち、660万人が暮らす。農村部の人口が7〜8割を占めるとされ、森林や河川などの自然資源に依存した生活が営まれてきた。しかし、2000年代半ば以降、急速に海外直接投資が増加し、年8%前後の経済成長を遂げる中で、農村部の暮らしも変化してきている。経済成長を支えているダム開発などの大規模インフラ開発、鉱山開発、産業植林といった開発事業は、土地収奪を伴うことが多く、また、自給自足的な農業から現金収入を得るための換金作物栽培への転換は、農村部の土地利用を大きく変化させてきた。
ラオス北部の中国企業の投資によるバナナ栽培
中国と国境を接するラオス北部地域では、中国企業の投資によるバナナ栽培が急速に拡大している。当時、ウドムサイ県で住民参加型水源林保全事業を実施していたメコン・ウォッチが、県農林局からラオス人のコーディネーターを通じて、「バナナ栽培による環境影響が心配だ。調査をしてくれないか」との依頼を受けたのは、2012年のことだった。この依頼をきっかけに、地球環境日本基金の助成を受け、2013〜2015年度にかけて「持続的土地利用に関する調査と映像による啓発活動」を実施することとなった。
2002年に9万tだったラオスのバナナの生産量は、中国企業による投資によって、2013年には40万tまで増加した。中国企業の投資で栽培されたバナナのほぼすべてが陸路で中国国内に輸出され、そこから中国全土や中国を経由して海外に運ばれる。中国企業の投資によってラオスで栽培されるバナナのほとんどはキャベンディッシュという種類で、世界の生産量の半数を占め、日本のスーパーで一般に売られているものである。これまでラオスでは土着のバナナの栽培には、ほとんど農薬は使われてこなかったが、キャベンディッシュは病気・害虫に弱いため、大量の農薬が必要とされる。
ウドムサイ県では、2010年から、中国企業10社が輸出用バナナを栽培しているが、実質的には、村人から企業への土地貸しの形で投資が行われている。企業に土地を貸す村人の多くは、容易に現金収入が得られることを歓迎しているが、問題も顕在化している。一つは、土壌汚染・水質汚染といった環境影響である。バナナ農園で大量に使用される化学肥料や農薬は、土壌劣化や、それらが流れ込む河川の水質汚染を引き起こす。また、農薬などが付着したビニール袋などの廃棄物の不法投棄も問題である。これに対して、投資企業は緩和策を講じておらず、郡や県もこうした環境影響を規制できていない。環境影響についての科学的な調査に加え、農業投資事業に関する環境基準の整備と投資企業への徹底、川の水を生活用水として使う周辺住民への注意喚起が大きな課題になっている。
また、農園で働く労働者の健康への影響も懸念される。企業は、労働者へのマスク、ゴム手袋、長靴などの配布を行っているというが、説明が十分に行われておらず労働者の側が健康被害への認識が薄かったり、着用に慣れていないため使用を好まなかったりして、装着されていない場合も多い。乳児を背負って農薬を散布する母親や、安全装備なしで農薬散布を手伝う移民労働者の児童の姿も見られた。企業および行政が、労働者に健康管理の徹底を促す必要がある。さらに、バナナ栽培によって持続的な土地利用と食料安全保障が脅かされる深刻な懸念がある。バナナの連作や化学肥料の多用によって、将来的には土壌劣化が起こると予測される。禁止されている水田からバナナ園への転換も行われている。バナナ園に土地を貸す村人の中には「10年前にはバナナ栽培事業が行われることは予想していなかったので、10年後には今は思い付かないような新しい作物が導入されるかもしれない」など楽観的な見方をする者も多く、長期的な土地利用計画なしに土地利用の転換が行われているのが現状だ。
ラオス南部の「涼しい農園」のコーヒー栽培
バナナと並んで、本活動の中で取り上げたのは、南部チャムパサック県のコーヒー栽培である。ラオスでは、フランス植民地下の1910年代にコーヒー栽培が導入された。今では年間8.9万tのコーヒーが生産されており(2013年)、コーヒーはラオスの農産物輸出額の半分以上を占める。
コーヒーの産地ボラウェン高原は、標高1,200mの高原で、コーヒー栽培に適した涼しい気候の地域である。そこには、モン・クメール語族に属する少数民族が多く暮らし、中でもラウェン(ジュル)民族がコーヒー栽培の主な担い手になっている。
途上国のコーヒー栽培というと、悲惨な奴隷労働を伴い環境に負荷をかける大規模プランテーションのイメージがあるが、ラオスのコーヒー農家はかなり異なる様相を持つ。ラオスで栽培されるのは、主にアラビカ種ティピカ、ロブスタ、リベリカ、カティモールの4種類で、コーヒー農家は、地理的条件や労働条件などによって、これらのコーヒーと、キャベツ・白菜・ジャガイモなどの野菜、バナナ・ドリアンなどの果物などの作物を組み合わせて生計を立ててきた。ラオスの小規模農家の多くは、国際価格の変動などを見ながら、臨機応変に変化する多様な収入源を持ち、「したたか」にコーヒー栽培に関わってきたと見ることができる。
「ラオスらしい」コーヒー栽培の光景として見られるのが、ラオス語で「スワン・イェン(涼しい農園)」と呼ばれる昔ながらのコーヒー園だ。森の木を切り払うことなく被陰樹として残し、腐葉土で肥沃になった土地を利用してコーヒーを栽培する。かつては、水牛が引く荷台に乗って、家から離れた森に家族でコーヒーの実を収穫しに行く光景がよく見られたという。「涼しい農園」には粗放的な栽培に耐え得るロブスタ種、ティピカ種が植えられる。
しかし、1990年代半ばからラオス政府は、輸出促進のために、収穫量が高く、病気に強い交配品種カティモールの生産を推奨するようになり、ラオス、タイ、ベトナムなどの企業による大規模プランテーションが拡大したことで、森は切り開かれ、「涼しい農園」は減少しつつある。大規模プランテーションによって土地を奪われる農民も出てきている。
メコン・ウォッチの調査・啓発活動
企業による土地収奪などが深刻化し、国民の不満が高まる中で、ラオスでは土地問題に伴う人権侵害も起きている。例えば、2012年にはベトナム企業に農地を奪われた住民が、問題を訴えたことで、逮捕され軍刑務所で拷問を受けるといったことが起きた。同じ年、警察に車を止められた後消息を消し、現在も行方がわかっていない著名なラオス人社会活動家の政治的強制失踪事件の背景にも、土地問題に関する言論統制があったのではないかと言われている。ラオス人はもちろん、外国のNGOといえども、土地問題への取り組みは慎重にならざるを得ないのが現状である。
そうした中、メコン・ウォッチは、地方行政官や地方テレビ局とともに、調査や映像制作※を行うことを通じて、人々の土地利用の在り方やそれを取り巻く問題を記録し、中央・地方政府や援助関係者、研究者への情報共有と提言を行うという活動を行っている。また、農薬問題に関しては、ラオス語と少数民族の言語で短い広告映像を作り、農薬使用への注意喚起を行っている。今後も引き続き、本事業の調査結果や映像を使って、政策決定者や援助関係者と議論する場を作るとともに、ラオス人の学生の問題意識を高める取り組みも行っていきたい。