21世紀の新環境政策論 ~人間と地球のための持続可能な経済とは第15回/地球規模での2℃目標は達成可能~グローバル・カリキュレーターのメッセージ
2016年07月15日グローバルネット2016年7月号
京都大学名誉教授
松下 和夫(まつした かずお)
パリ協定で合意された野心的目標
昨年12月に採択されたパリ協定で世界は野心的な気候変動長期目標に合意した。世界の平均気温上昇を産業革命前と比較し「2℃よりも十分に低く」抑え(2℃目標)、さらに「1.5℃に抑えるための努力を追求する」(1.5℃目標)、そして、今世紀後半に、世界全体の温室効果ガス排出量を、生態系が吸収できる範囲に収めるという目標である(ネットゼロ排出目標)。
ところが各国が自主的に提出した約束草案(自主目標)がすべて実現したとしても2℃未満の目標は程遠い。2℃(ましてや1.5℃)目標を達成するために世界全体で排出が許容される温室効果ガス量には限界があり、現在の排出量が続くと、あと20~30年で限界に達すると評価されている。世界全体での早急な温室効果ガス排出大幅削減が求められているのである。
パリ協定では各国に、中期的(2030年など)な目標の提出とともに、温室効果ガス低排出長期発展戦略の作成を求めている。そして先進国にはとりわけ先導的な役割が期待されている。本年5月に開催されたG7伊勢志摩サミット首脳宣言では、「我々は、2020 年の期限に十分先立って今世紀半ばの温室効果ガス低排出型発展のための長期戦略を策定し、通報することにコミットする」としている。長期戦略の策定に速やかに取り組まなければならない。
低炭素長期発展戦略の策定に当たっては、科学的な知見に基づき、多様な利害関係者・専門家による透明性の高い熟議プロセスが重要であり、その議論の基盤として数量的評価もできる客観的なツールが有用である。
グローバル・カリキュレーターの登場
2℃目標の達成には、2050年までに世界全体の温室効果ガス排出量を少なくとも現在の約半分に減らす必要がある。また、先進国の責任と役割の重要性を考慮すると、先進国には80~90%の削減が望まれる。この目標を達成し、かつ地球上すべての人が豊かな生活を送ることは、物理的に可能だろうか。
この問いに答えるべく、国際エネルギー機関(IEA)、世界資源研究所(WRI)、中国国家発展改革委員会エネルギー研究所、ポツダム気候変動影響研究所(PIK)、英国気候変動・エネルギー省(UKDECC)など世界16の著名な国際組織の専門家が、2050年までの世界のエネルギー、土地、食料、気候のシステムのモデル「グローバル・カリキュレーター」を開発した。
これにより、世界の人びとにどのようなライフスタイルが可能か、そのためにはどれだけのエネルギー、資源、土地が必要か、などが定量的に評価できる。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新の気候科学にモデルをリンクさせ、さまざまな経路の気候影響も説明している。モデルは世界150以上の組織の専門家によって検証された。
ユーザーがこのツールを使って自分で試すことができるのがユニークな点だ。ツールには、他の組織が提案する2℃達成の経路も含まれており、また、ユーザーが独自に経路を作成することもできる。モデルはどのような仮定を置くかに依存するので、ここで使われた方法と仮定はすべて公表され、利用者が検証できるようにされている(www.globalcalculator.org 参照)。
日本語版は(公財)地球環境戦略研究機関により翻訳され(筆者が監訳)WEBサイトにて公表されている※。
※日本の長期戦略検討ツールとしては、「2050 日本低炭素ナビ」もすでに開発されている(http://www.2050-low-carbon-navi.jp/web/jp/)。
グローバル・カリキュレーターの主なメッセージ
グローバル・カリキュレーターは、2℃目標を達成する多様な経路を示している。豊かなライフスタイルを可能にしながら、技術、燃料、土地利用についての不確実性には感受性試験を行うことによって4通りの2℃目標達成の経路を作成し、以下を明らかにした。
① 世界人口100億人が全員しっかり食事をし、もっと旅行をし、より快適な家で暮らしながら、同時に排出量を削減し、50%の確率で気温上昇を2℃以内に抑えることは、物理的に可能だ。
② そのためには、技術や燃料の転換が必要だ。例えば、単位発電量当たりの二酸化炭素(CO2)排出量は、2050年までに世界で少なくとも90%削減する必要があり、住宅暖房の熱源を電力またはゼロ炭素燃料とする世帯の割合は、2050年までに現在の5%から25~50%に増えなければならない。
③ 限られた土地資源をより賢く利用し、とくに貴重な炭素吸収源である森林を守り、2050年までには世界で約5?15% 拡大しなければならない。
なお、ここで用いられた四つの経路すべてに共通して適用された前提としては、①人口と都市化は国連の中位予測(レベル2)に設定したこと②推論段階にある温室効果ガス除去技術(GGR)は、立証されていないので利用していないこと、などがある。
カリキュレーターの留意点
グローバル・カリキュレーターのツールには、世界の温室効果ガス排出に関して、ライフスタイル、技術と燃料、土地と食糧などについて、約40の選択肢(レバー)が設けられている。ユーザーは各レバーに対してレベル1から4までを選ぶことができる。
①レベル1:最低限の削減努力
②レベル2:野心的だが達成可能な削減努力
③レベル3:非常に野心的だが達成可能な削減努力
④レベル4:特別に野心的で極端な削減努力
専門家の見解の多くはレベル2ないし3に集中し、レベル4が可能と考えるのはごく少数の極端な見方である。そのため、上述の四つの経路においては、極めて野心的なシナリオや悲観的なシナリオを避けるために、レベル1または4は選択していない。
また、カリキュレーターには地理的詳細化に限界があるため、具体的にどの国でどの技術を展開し、誰が費用を支払うのかといったことを詳細に報告することはできない。さらに平均消費量は国別ではなく世界の一人あたりという単位でしかモデル化していないため、食事、輸送、家庭電気器具利用の世界平均が2050年までには豊かなライフスタイルに適合するレベルまで上昇可能なことを示せるが、この消費が各国にどう分布するのが望ましいかという点は明確にしていない(例えば、最富裕国が国内の消費を減らすべきかどうかなど)。これらの課題はグローバル・カリキュレーターの守備範囲を超えるものである。
大胆な行動と改革で2℃目標達成と生活の向上は可能
とはいえグローバル・カリキュレーターは、経済発展と気候変動の目標を2050年までに達成することが物理的に可能だということを、明確に示している。世界には、私たち全員が豊かに暮らすのに十分なエネルギー、土地、食料資源がある。気候変動に対処しつつ、経済発展の目標を達成するための技術、燃料、土地利用の方法はすでに存在している。
しかし、この移行には、あらゆる部門での抜本的取り組みが必要で、至急行動を開始しなければならない。電力、建物、輸送、製造の全部門でのクリーン・テクノロジーの大胆な採用と土地管理方法の大幅な改善が不可欠だ。2℃目標に向け、2100年までに世界のネット(正味)温室効果ガス排出量がゼロになるよう、今世紀を通じた技術と土地管理の改革の継続が必要だ。