特集/魚食大国日本に求められる水産資源管理とは?マグロ屋からのメッセージ
~おいしいマグロを食べ続けるために

2016年07月15日グローバルネット2016年7月号

特集/魚食大国日本に求められる水産資源管理とは?

日本は魚食大国です。しかし、近年ではマグロやウナギなどの身近な食材が絶滅危惧種に指定されるなど、漁業資源の減少は深刻ですが、その危機的状況は消費者にはなかなか伝わっていません、本誌では9月号から、水産資源を持続可能に利用し、魚食文化を未来の世代に残すための水産資源管理について連載を始めます。それに先駆け、日本の水産業の現状と課題について、最新のデータや現場の声をご紹介します。

マグロ仲卸「鈴与」、シーフードスマート代表理事
生田 與克(いくた よしかつ)

マグロという魚は本当にうまいと思う。俺は18歳で学校を卒業して以来、35年にわたり東京の築地市場でマグロ屋をやっている。年に何回かは、決して 大げさな話ではなく、涙が出るほどうまいマグロに出会うことがある。

マグロに限らず魚は多産多死だ。たくさん産まれるが、そのほとんどは他の魚に食われたりして、生後間もなく死んでしまう。ヤツらは昔からそうやって種族を保存してきたのだ。そんな厳しい環境の中、よくぞここまで育って、こんなにおいしくなって、数多あるマグロ屋の中で、ウチにたどり着いてくれたね。こう考えると感激もひとしおだ。

しかしこんなことを言うと、大概は「そういうマグロは○○産の高級ブランドマグロなんでしょ? 銀座辺りでしか食べられない、お寿司1個が何千円もするような…」と言われてしまう。実はこれは決して外れてなかったりする。俺たちは曲がりなりにもプロだから、魚の味っていうのはよくわかっている。またそれがなければ商売にはならない。

よくマグロと言えば「脂が乗ってる」とか「色がきれいで新鮮だ」なんてことを言うけれど、商売人となれば、そう簡単にはいかない。とくにこだわっているお客様(実は俺はこれが苦手だが)だと、やれ風味がどうだとか、身塩梅(身質)の良し悪しなんかにも、やかましい。その上、お客様一人ひとり魚の好みが違うから、こちらもそれなりに勉強をし、経験を積んでおかないと商売にはならない。ただ、これはプロの世界の話。消費者の皆様は、大切な仲間と一緒においしく楽しく食べられ、そして体に良ければいうことはないと思う。

だけど最近は、メディアの発信にも伴って、どうも舌で味わっているんじゃなくて、目で見て、耳で味わう人が多くなってしまっている気がする。とくに、この耳で味わってる輩が、ちょっとした困り者だ。やれ、マグロの種類は何だ? 産地はどこだ? と聞いてくる。たまたま知ってる産地だと、まさにわが意を得たりとばかりに「やっぱり○○のマグロは最高。俺はここのが一番合ってるなあ」なんておっしゃる。「そんなにおわかりなら、食ってる最中に言ったらどうだい?」なんて、ちょっと意地悪な気持ちにもなってくる。ただ、こういうのも高額な対価を払う外食の楽しみの一つ。一概に悪いとは言えない。

マグロ好きな日本人

しかしこういう光景を見ると、その良し悪しは別にして、日本人っていうのは魚、とりわけマグロが大好きなんだなあ、と思う。

私事で恐縮だが、俺の母の実家は、日本橋のウナギ屋だ。俺はマグロ屋と、ウナギ屋の間に生まれた子で、周りからは「絶滅危惧種のハイブリッド野郎」と言われている。そんなことはどうでもいいが、そこの女将だった伯母から、昔はよく魚河岸に電話があり「ヨッちゃん、今夜のお刺身お願いね」と言われたものだ。昭和ヒトケタ生まれの伯母の感覚では、刺身=マグロだったのだ。もっとも昔は、鮮度の良い魚が少なかったから、マグロくらいしか刺身にできなかった。

本当に日本人はマグロをよく食う。毎朝セリ場に行き、見渡す限りマグロだらけの光景を見るにつけ、これが2~3日で全部人の腹の中に入ってしまうんだなあと思う。と同時に、これで良いのだろうか? という疑問も湧いてくる。

絶滅が危惧されているマグロ

高級品として名高い太平洋クロマグロ、スーパーなどで当たり前に並べられているメバチマグロは、国際自然保護連合(IUCN)から「絶滅危惧種」とのお墨付きを頂いている種だ。とくに太平洋クロマグロに至っては、初期資源量の2.6%しかなくなっているという状態だ。太平洋クロマグロとは、よくテレビなどでグルメな方々が絶賛してやまないホンマグロだ。世界でも注目される、皆さんご存知のブランドマグロ「大間の本マグロ」もこのうちに入る。

実はこの太平洋クロマグロは、毎年ちょうど梅雨の時期になると、産卵期を迎える。ちなみに太平洋クロマグロの産卵場は2ヵ所しかなく、それも日本の排他的経済水域内にあるのだ。しかしあろうことか、その産卵場に卵を産みに来たクロマグロたちを、文字通りの一網打尽の漁法である「巻き網漁」で捕ってしまっている。もちろん卵を産む前に、だ。

子孫を残させなければ、種が滅びてしまうのは当たり前のこと。しかし、こんな行為を20年にもわたって続けてしまっている。

メジマグロ、ヨコワという名前を聞いたことがあるだろうか? よく勘違いされて困るのだが、メジとかヨコワというのはマグロの種類のことではない。この絶滅危惧種に指定されている、太平洋クロマグロの幼魚のことを指す。

マグロというのは大きくなれば300㎏以上まで成長するが、メジ、ヨコワは10㎏にも満たないマグロなのだ。マグロが子供を産めるようになるには約6年、30㎏以上に成長していなければならない。このメジ、ヨコワと呼ばれているマグロは、まだ次世代を残していないどころか、産まれて数年にも満たない幼いマグロなのだ。

ちょっと考えればわかることだが、産卵魚を一網打尽にし、産まれたばかりの幼魚まで同じように捕ってしまえば、無くなるのは当たり前だ。残念ながらこの乱獲に、俺たちの消費活動が寄与してしまっているのを否定できない。時期にもよるがスーパーや回転寿司店で「今が旬、日本近海の生マグロがお得なお値段で!」と、デカデカと宣伝されているのが、何を隠そうこのマグロなのだ。普段、魚をあまり食べない人でも、こんな時はちょっと買ってみようかな、と思うのが人情だ。安くてうまければ、言うことない。

この話は何もマグロに限った話ではない。ウナギの資源減少は有名な話だし、バブル期には居酒屋のヒーローだったホッケ、大衆魚の代表選手マサバなど、枚挙にいとまがない。実は日本の海からおいしい魚たちが消えつつあるのだ。

築地市場に並ぶ産卵期に巻き網漁で捕られたクロマグロ(2015年6月撮影)

未来に魚を残すために

自然に生きる魚が減ってしまっているのは、水産庁の発表のように地球温暖化の影響があるのかもしれない。しかし海外の漁業は資源を確保し、うまく折り合いをつけながら操業し、しっかりと儲けている。日本では漁業は衰退産業だが、諸外国では成長産業なのだ。これはひとえに水産政策の誤りなのだが、私たち消費者にまったく責任がないかといえば、それも誤りだと思う。

今、日本の水産業を取り巻く環境は「乱獲・乱売・乱食」の負のスパイラルに陥っていると思う。漁業者は捕りまくり、流通業者は薄利多売を推進し、消費者は無自覚なまま食い散らかしている。

水産資源の保護について消費者が具体的にできることは少ない。しかし、現状を知り自らの消費活動を見直すことは簡単にできるはずだ。

人間は生きるために食べ、次に腹いっぱい食いたいと思うようになった。そして平和な今、よりおいしいモノ、珍しいモノを求めるようになってきた。

「食」そのものも、時代に合わせて変化してきているのだ。現在、海から魚が消えつつあるのだから、欲に駆られてむやみに消費するのではなく、未来の子供たちに日本のおいしい魚を残すにはどうしたら良いのかを、日本人みんなで頭を使って考える時代になったと痛感している。

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