特集/魚食大国日本に求められる水産資源管理とは?深刻な世界の漁業資源
~日本の対応は遅れがち

2016年07月15日グローバルネット2016年7月号

特集/魚食大国日本に求められる水産資源管理とは?

日本は魚食大国です。しかし、近年ではマグロやウナギなどの身近な食材が絶滅危惧種に指定されるなど、漁業資源の減少は深刻ですが、その危機的状況は消費者にはなかなか伝わっていません、本誌では9月号から、水産資源を持続可能に利用し、魚食文化を未来の世代に残すための水産資源管理について連載を始めます。それに先駆け、日本の水産業の現状と課題について、最新のデータや現場の声をご紹介します。

共同通信社 編集・論説委員
井田 徹治(いだ てつじ)

漁業資源の減少が国際的な注目を集めるようになって久しい。国連食糧農業機関(FAO)の最新の評価によると、世界の漁業資源の中で過剰漁獲状態にある資源は1974年には10%だったが2011年には29%にまで増加。逆に漁獲量を増やす余地がある資源は1970年代の約40%から10%まで減少した()。

世界の漁業資源の利用状態別割合の推移(出典:『平成27年度国際漁業資源の現況』

世界の漁獲量の5分の1を占める上位10の魚種の大部分が、漁獲量を拡大する余地がないか、過剰漁獲の状態にあるとされている。日本の水産庁による資源調査をみても、日本人にとって非常に重要な太平洋クロマグロや中西部太平洋のメバチマグロ、ミナミマグロなどが「低位」にあるとされる。漁業資源の回復と持続可能な管理の取り組みの強化が国際的な課題である。

鳥取県境港市に水揚げされたクロマグロ(共同)

実効性に疑問符

とくに重要なのが、各国政府の主権が及ばない公海の漁業活動の管理だ。公海の漁業活動がまったく自由に行われているわけではない。クロマグロやミナミマグロなどの減少が深刻化する中、主要漁業国の間で漁業資源管理のための国際条約が結ばれ、魚種を限った漁獲規制などの資源管理方策が導入されるようになった。これらの機関は「地域漁業資源管理機関(RFMO)」と呼ばれ、「大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT)」や「中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)」などがある。専門家の勧告などを基に、漁獲量や漁期、漁具、操業海域や操業期間の制限といった資源管理策が実行に移される。だが、RFMOの規制は往々にして後手に回り、その実効性にはさまざまな方面から疑問が呈されてきた。参加者が、漁業関係者中心でNGOなどの関与の余地が少ないこと、合意はコンセンサスベースであるため思い切った漁業規制の導入が難しい上、強制力や罰則がほとんどないことなどがその理由だ。太平洋全域を回遊するクロマグロの資源管理は、東部と中西部の二つの組織で別々に行われているし、各RFMO間の連携が悪いことも指摘されている。

これらの指摘を背景に始まったのが公海の生物多様性を守るための新たな国際条約づくりの交渉だ。昨年6月、国連総会は「国家管轄圏海域外の海洋生物多様性(BBNJ)の保全と持続可能な利用に関する国際的な法的拘束力のある文書を国連海洋法条約の下に作成するべきだ」との総会決議を採択した。準備委員会を設置して新たな条約草案を検討。2017年の国連総会での決議を経て、正式な政府間交渉を始める予定で、第1回の準備委会合が今年3月末にニューヨークで開かれた。公海での漁業規制策や公海の海洋保護区づくりなど、漁業資源管理に深く関連する問題が新条約の対象となるのは確実だ。

深刻な違法漁業

世界の漁業資源の減少が深刻化している大きな理由の一つは、漁業資源管理の枠組みを逃れて行われる「違法、無報告、無規制(IUU)漁業」の存在だ。FAOは、その規模が年間1,100万~2,600万t、金額にすると100億~230億米ドルにも上ると試算し「海洋生態系に対する最大の脅威の一つだ」と指摘する。当然ながらわれわれの食卓にも、マグロやウナギはもちろん、フカヒレやメロなど、かなりの量のIUU水産物が上っていると考えていい。

重要なIUU対策として注目されるものに、2007年にFAOの会議で各国が合意した「寄港国協定」と呼ばれる国際協定がある。協定は、漁船や水産物の運搬船などが入港する港を持つ「寄港国」が、入港を希望する外国船に対し、いつどこで誰が捕ったかを記した漁業記録や、積まれた水産物などの情報を事前に提供することを求め、疑わしい船について臨検を実施できると規定。密漁水産物や密輸品などが確認されれば入港を拒否することも認めて、IUU水産物を市場から閉め出すことを目指す。協定は米国や欧州連合(EU)など約30ヵ国が批准し、今年6月5日に発効した。批准に際し、米国やEUは、業者に漁獲証明書や加工証明書の整備を義務付けるといった国内法を整備し、IUU対策に力を入れている。

直接のIUU対策ではないが、海洋管理協議会(MSC)による海のエコラベル制度なども持続的な水産業の普及やトレーサビリティの確立に貢献するとして関心を集め、認証を取得する漁業者が増え、マクドナルドや米ウォルマートのような大企業もMSC製品の調達や普及に力を入れ始めた。

取り組み強化が急務

このように漁業資源の減少に歯止めを掛けることを目指した新たな動きが、主要消費国や漁業国、国際社会に見られるようになってきたのだが、日本の取り組みは他の主要国に比べて大きく見劣りすると言わざるを得ない。

寄港国措置協定の批准のためには、漁船だけではなく水産物の運搬や輸送、加工までも対象にした国内措置が必要になるが、日本国内ではこれに関する議論がほとんど進んでおらず、批准のめどは立っていない。金額ベースでは世界最大の水産物の輸入国である日本の批准なしに協定が発効してしまった。

新たなBBNJ条約に臨む日本政府の最大の関心事は「新協定がRFMOなどの既存の国際的な枠組みの活動を阻害することがないようにする」という点で、RFMOの機能不全が一つの理由となって始まった条約交渉の根本認識と、この日本の主張の間には大きなギャップがある。

MSCにしても日本でその認証を取得しているのは北海道のホタテ漁と京都府のアカガレイ漁のたった二つしかない。マクドナルド製品をはじめとして、どこの市場や商店に行ってもMSCのエコラベルを取得した水産物が大量に店頭に並んでいる欧米と異なり、日本の店頭でMSC製品を見かけることはほとんどない。海外ではMSC製品を扱うための認証を取得し「MSCメニュー」を提供するレストランが増えているのだが、日本には福井県敦賀市の一店だけだ。

IUUの廃絶や持続可能な漁業資源の管理は、極めて重要な国際的な課題となっており、昨年採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」の一つとして、「2020年までに 漁獲を効果的に規制し、IUU漁業及び破壊的な漁業慣行を終了し、科学的な管理計画を実施する」との目標が盛り込まれた。

大漁業国でもあり、水産物の大消費国、大輸入国でもある日本は、持続可能な漁業の実現に大きな責任を負っている。漁業者、行政や研究者、NGO、消費者などすべての関係者がこの問題を深刻に受け止め、早急に取り組みを強めなければ、日本の水産物市場や水産物消費に対する世界の目はどんどん厳しいものとなるだろう。

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