フォーラム随想地下鉄のアナウンス
2016年06月15日グローバルネット2016年6月号
日本エッセイスト・クラブ常務理事 森脇 逸男
地下鉄の会社の社長さんにお願いしたいことがある。毎日運行されている車両は、その日の運行が終わって車庫に入った後は、きちんと点検されて、掃除などもされていると思うし、定期的に工場などでいろいろな機能が入念に点検、整備されているに違いない。しかし、その際、各車両に備え付けられている車内放送のスピーカーについて、果たして点検はきちんとされているのだろうか。社長さんは一度工場に行かれて、スピーカーの整備状況をチェックしていただけないだろうか。
というのは、私は今はJRより東京都内の地下鉄を利用させてもらうことの方が遥かに多いのだが、はっきり言って四度か五度に一回は、乗り込んだ車両のスピーカ―のひどさにがっかりする。時には腹を立てる。音が割れて、まことに聞きづらいのだ。
それに近ごろはどういう訳か、電車が遅延する事故が多い。先日も友人たちとの昼食会に、幹事役がなかなか現われないので、どうしたのかと思ったら、東北線に乗って都心に向かうのに、大宮と上野の2ヵ所で、電車の事故があったということでしばらくストップさせられたのだという。
私も先日、地下鉄の駅で階段の上から見たところ、ホームの行く先方向に電車が止まっていて、ドアが開いているので、ラッキーと思って急いで階段を下りたら、何故かホームに人が溜まっている。電車内にも乗客はかなりいたが、皆さん何故乗らないのだろうと不思議に思ったら、ホームのアナウンスで、「この電車はドアが閉まらない車両があるため、運行を取り止めます。乗客は降りて次の電車を待ってください」という告知があり、皆さんぞろぞろ降りてきて、その電車は発車、待つ間もなく、立ち往生していた次の電車が入ってきたので、ぎゅう詰め状態だったが、何とか乗り込んだ。
乗った後、車掌のアナウンスがある。どうやら、事故で電車が遅延して、ご迷惑をお掛けしましたとお詫びをしているらしい。らしいというのは、その車両のスピーカーが、これがまたひどく、ピーピー言って、何を喋っているのか、分からなかったためだ。
まあ、事故の後だから、お詫びを言っているのに違いはないが、その後も、途中駅を発車するたびに、内容不明のアナウンスが繰り返される。どうせならはっきりと車掌の言葉が伝わるように、スピーカーの性能をチェックしておいてもらいたかったと思った。
もともと、日本の鉄道のホームや車内の案内放送は、乗車の際も乗車中も、降車の際も、他国に比べて詳しく、親切で行き届いていると定評がある。このところ増えている外国人旅行者のために、英語のアナウンスをサービスしているところもあるようだ。しかし、その〝おもてなし〟も、ただ騒音を吐き出していると受け取られるようでは、逆効果だ。
それにスピーカーの整備不良で性能に疑問が投げ掛けられるとすれば、わが国が誇る電気通信機器産業の評価に影響するかもしれない。スピーカーのメーカー各社も、鉄道各社に売り込んだ後は知らぬ顔ということでなく、ちゃんと性能を発揮できているかをチェックするアフターサービスにまで気を配ってほしいものだ。
騒音問題では1974年の平塚ピアノ殺人事件が有名だが、つい最近も住宅の騒音をめぐって、痛ましい殺傷事件が何件か発生している。
まあ、地下鉄で車内アナウンスが聞こえないからと言って、殺傷事件に発展するとは考えられないが、今後予想される地震発生の場合も含めて、鉄道会社としては、事故の際、無用な混乱が生じないように、乗客に的確な状況説明をする責務があり、その説明が乗客にきちんと通じ、適切な措置が取られるように、万全の配慮と努力が必要だと思う。
社長さん、時には整備工場を覗いて、各車両のスピーカーに耳を傾けてください。お願いです。