あすの環境と人間を考える ~アジアやアフリカで出会った人びとの暮らしから第7回 さまざまな発見と工夫が暮らしや環境を変える
―ベトナム中部での小規模な養豚を事例に―
2016年06月15日グローバルネット2016年6月号
総合地球環境学研究所 田中 樹(たなか うえる)
私たちの周りには、食の安全や衛生環境、暮らしの向上などに関わるさまざまな問題や課題があります。その解決には、身の回りにある知恵や発見を拾い上げ、新しい発想を生み、それを束ねた小さな取り組みを積み重ねていくのも一つの方法です。
ベトナム中部の自然と社会
ベトナムは、南北に細長い国です。日本から九州を除いたくらいの国土面積に約9,000万人が暮らしています。今回取り上げるベトナム中部のフエ市周辺は、東西の幅が一段と狭くなっている辺りです(図)。
海岸に近い街からラオス国境まで車で2時間余り。東から西に向かって、ラグーン(潟あるいは潟湖とも呼ばれる)、狭い平野、丘陵地、急峻な山地へと地形が変化します。主な生業(暮らしを支える活動)は、平野部や川沿いでの稲作、丘陵地や山間地での林業(パルプ材となるアカシアの造林)、フエ市近郊での野菜作、ラグーンでの養魚、近海での漁労など多様ですが、いずれも小規模なものです。ベトナム全体で経済発展が続くなか、ベトナム中部は、北部の山間地域や中・南部の高原と並ぶ貧困地域とされています。
フエ市は、熱帯モンスーン気候(ケッペン気候区分:Am)で、年間平均気温は28℃、年降雨量は3,000㎜近くになります。とくに、9~12月頃の雨季には毎年3~4回の季節的洪水に見舞われます。台風の来襲が重なることもあり、自然災害の多い地域でもあります。
フンバン村での小規模養豚とさまざまな試み
フエ市近郊のフンバン村で、平野部に住むお母さん方は、世帯収入を増やすため、自宅の敷地内に小さな小屋を作り、10年ほど前から豚を飼い始めました。頭数は5~10頭くらいです(写真①)。
豚の避難テラス:養豚を始めて直面した問題が、雨季の洪水です。床下浸水くらいの洪水でも、豚小屋は水に浸かり、子豚や若い豚は体温が下がって病気になります。このため、雨季に入るとせっかく育てた豚をどの農家も次々と売りに出します。皆が同じことをするため、市場での豚の価格が暴落します。もし、洪水の季節をやり過ごせたら、ベトナムの旧正月(テト)が始まり、市場での豚の価格が上がります。このタイミングで豚を売ると世帯収入が増えます。そこで考え出したのが「豚の避難テラス」でした。これは、屋根の高さに作る物干し台のようなものです。洪水が来たら、ここに豚を避難させます。
キャッサバの漬物:洪水は別の厄介な問題を残します。増水した水には汚物や糞尿が混じるため、豚に与える飼料(例えば、バナナの茎を薄切りにしたものやくず野菜)が汚染されることがあります。飼料を店から買うこともできますが、あまり経費を掛けたくはありません。そこで考え出したのが「キャッサバの漬物」です。キャッサバは南米原産のイモで、食用や家畜飼料、でんぷん原料としてベトナムでも広く栽培されています。とはいえ、キャッサバの価格が安い年には、収穫されず畑に放置されることもあります。このキャッサバを、豚の飼料にします。キャッサバを掘り出し、薄切りにしてビニール袋に入れて密封し、土の中に埋めます。空気(酸素)がない状態になるので、キャッサバは発酵します。これが、サイレージと呼ばれる発酵飼料です。洪水が来ても土の中にあるので、汚染されません。水が引いた後に掘り出せば、加熱調理をしなくても豚に与えられます(写真②)。ちょっと酸っぱい味のするキャッサバのサイレージを豚は好んで食べます。余ったものは乾燥させて保存し、家畜飼料として市場で売ることもできます。
木酢液(もくさくえき):木酢液は、木炭を作るときにできる褐色の液体で、日本では、カビやアブラムシなどの病害虫を防ぐため、薄めて野菜などに散布する人もいます(ただし、農薬とは認められていません)。フンバン村では、丘陵地のアカシア造林地に行けば、伐採したアカシアの樹皮が沢山捨てられています。この樹皮を材料にして炭(崩れて粉末状になる)と木酢液を作ります。現地の大学の先生といろいろな試験を行い、これを水で0.2%くらいに薄めて子豚に飲ませたところ、下痢を予防する効果がありました。木酢液が濃すぎると消化器に潰瘍ができ、薄めすぎると何の効果も出ませんでした。0.2%の濃さの木酢液を飲ませた豚の腸内では、善玉菌(プロバイオティクス)が増え、病原性の大腸菌などが減っていました。子豚が下痢をすることが少なくなったのです。市販されている飼料には、病気を予防するための抗生物質や早く太らせるための成長ホルモンが混ぜられていることがあります。ベトナムではこのような薬剤が食肉に残留し、食の安全を脅かす大問題になっています。木酢液で子豚の下痢を予防できれば、このような薬剤を与えなくても済み、生産コストが下がり、何より残留汚染の心配がなくなります。とはいえ、もう少し研究を続けて、木酢液の安全性の確認や品質を安定させることが必要です。
木酢液や粉末にした炭を使って衛生環境を改善できることもわかりました。炭の粉や薄める前の木酢液を豚小屋にまくと糞尿の悪臭が消え、ハエの発生を抑えられます。これで、隣近所にかかる迷惑が少なくなります。
ミミズと肥料:豚小屋の近くに穴を掘り、周囲に柵を設け、乾いた稲わらや雑草を放り込みます(縦1.5m×横2m×深さ1.5mくらいの層を作る)。その上に、糞尿や豚小屋の掃除の時に出る排水を流し込むと、微生物が繁殖し、稲わらや雑草、家畜の糞尿がどんどん分解されます。微生物が多くなるとそれを食べるミミズが増えます。余談ですが、ミミズが栄養にしているのは、土や腐った落ち葉ではなく、そこに付着している微生物やカビの菌糸などです。時折、乾いた稲わらや雑草を補いかぶせてやることで、ハエの発生や悪臭が抑えられます。この仕掛けを2基作って、数日おきに交互に糞尿や汚水を流し込めば、能率よく処理できます。数週間から2ヵ月もあれば、稲わらや雑草の層の下の部分が厩肥(きゅうひ)※になります。その部分を掘り出すとたくさんのミミズが出てきますのでニワトリや豚が喜んで食べます。厩肥は、畑に運んで肥料にします。(※家畜の糞尿、敷きわら、雑草などを混合し腐熟したもの)
おわりに
これまでの話を振り返ってみましょう。物干し台のような「避難テラス」と「キャッサバの発酵飼料」は、洪水対策と収入の向上につながります。捨てられていたアカシアの樹皮から作る「木酢液」は、豚を健康に育て、抗生物質や成長ホルモンを使わず、安全・安心な食肉を生産する助けとなりそうです。稲わらや雑草を使って、豚小屋の周りの衛生環境を改善し、ミミズや肥料を作ることもできます。災害対処や暮らしの向上、衛生環境の改善、食の安全、そして資源の有効活用も、このような小さいさまざまな発見と工夫を積み重ねることで実現できるのです。