Hot Report日本の新たな違法伐採対策法とその課題

2016年06月15日グローバルネット2016年6月号

地球・人間環境フォーラム 
飯沼 佐代子(いいぬま さよこ)

合法木材促進法が成立

5月13日参議院本会議で「合法伐採木材等の流通及び利用の促進に関する法律」が可決・成立し、日本の違法伐採対策は新たな一歩を踏み出した。この法律は2015年春ごろから自民党、民主党(当時)それぞれの委員会やワーキングチームで検討されてきた議員立法だ。

日本にはこれまで、違法伐採対策に関係する法律としては改正グリーン購入法(2006年施行)に基づく合法木材制度があったが、これは政府調達のみを対象とし、日本の木材調達の95%を占めるといわれる民間企業の調達は規制対象とされてこなかった。また合法性の確認方法として使われるのは生産国政府の発行した合法証明書類で、国内外のNGOなどから「ガバナンスの課題を抱える生産国からの書類確認だけでは不十分」との指摘を受けてきた。英国のシンクタンクである王立国際問題研究所(チャタム・ハウス)の調査では、2013年の日本の輸入量のうち12%が違法伐採と指摘され、調査対象となった主要な木材輸入国5ヵ国の中で最も多かった。

今回の新法では民間が調達する木材・木材製品も対象となり、合法性の確認方法については、違法伐採リスクの高い地域で生産された木材の場合、生産国政府の書類だけで不十分と判断されれば、さらなる確認や、確認ができない場合の調達先の変更という判断が求められる可能性もある。今後、制定される省令やガイドラインなどの内容によっては大きな前進となるかもしれない。一方で、新法では違法伐採された木材の取り扱いを禁じておらず、合法木材の取り扱いを促進しているに過ぎない点は、違法伐採の取り扱いを禁じた欧米の法律と比べると見劣りすると言わざるを得ない。

世界と日本の違法伐採対策の取り組み

2005年のG8グレンイーグルズサミットで消費国側からの違法伐採対策強化が合意され、それに基づき米国の改正レイシー法(2008年施行)、欧州(EU)木材規則(2013年施行)が制定された。いずれも違法伐採木材の取り扱いを禁止し、民間事業者に違法伐採木材を取り扱わないことを自ら確認するデューデリジェンス(DD)という措置の実施を義務付け(米国では任意だが、違反が見つかった場合の罰則は厳重となる)、罰則を課している。実際、米国ではギブソンギター社や最大手の床材小売業者が違法伐採木材の取り扱いによって摘発を受け、高額の罰金を支払った。EUでも違法伐採疑惑での木材押収や制裁が始まっている。

一方日本の新法では、木材を取り扱う業者に対する任意の登録制度を設け、登録した企業に対してはDDを義務付け、登録機関がDDを審査することとなった。しかし求められるDDの内容や審査の基準によっては、新法の効果は極めて限定的になる可能性もある。また、そもそも登録が任意であるため、登録しない業者に対しては法の効果が及ばないという課題がある。

違法伐採と先進国

違法伐採は主に東南アジア、アフリカ、中南米など、天然林が多く残る途上国で起きることが多いにも関わらず、その対策となる法の制定がG7/8という欧米の先進国中心に進んだのは、途上国で生産された木材の多くが輸出され、最終的に先進国で消費されていることと、生産国にとってこの問題への取り組みが非常に困難であることによる。木材生産をはじめとする森林開発には多くの利権が絡み、汚職や不正の温床となりやすい。国際刑事警察機構(インターポール)の推定では、熱帯の主要木材生産国では違法伐採が木材生産量の50~90%に上り、年300億ドル以上が違法伐採に関連して犯罪組織に流れているとされる。違法伐採というと、貧しい現地の住民が生活のためにやむなく保護区内の木材を伐採・販売しているというイメージを持たれることがあるが、実際には政府や地域有力者と密接な関係を持つ大手企業が関わっていることも少なくない。

違法伐採の現場の課題

そのような例の一つが、日本が合板原料となる丸太や合板を長年輸入してきたマレーシアのサラワク州だ。同州はボルネオ島の北側に位置し、生物多様性が非常に高い熱帯林に覆われた地域であった。過去30年以上続いたタイブ前主席大臣の独裁的な政権の下でタイブ氏と緊密な関係を持つ少数の企業に伐採権が売り渡され、過剰な伐採が続けられた。伐採された木材はサラワク州政府による合法証明付きで輸出された。

日本に本部を置く国連機関である国際熱帯木材機関(ITTO)は、1989年からサラワク州における資源量の調査を行い、持続可能な木材生産量を年920万m3以下とすべきと勧告した。しかしサラワク州ではその後も平均して年1,300万m3以上の木材生産が続いた。このような非持続可能な伐採が続いていたにも関わらず、ITTOとそのホスト国であり最大の資金供与国である日本は、この問題について積極的な発言や問題解決の取り組みを見せることはなかった。

現在サラワク州は、世界で最も森林減少率が高い地域の一つとなり、豊かだった熱帯林には網の目のように伐採道路が張り巡らされ、伐採後はアブラヤシなどの大規模プランテーションに転換されている所も多い。森林開発をめぐる訴訟が約300件も先住民族により起こされており、判決によっては過去の伐採が違法と確定する可能性もある。

これまでマレーシア連邦政府の人権委員会や反汚職委員会、国際NGOなどが同州での森林開発に絡む先住民族への人権侵害や汚職、違法伐採の問題を指摘してきたが、日本企業はそれらを意に介さないかのように同州の木材の3分の1を購入する最大のバイヤーという地位を保ち続けている。

本気度が問われる今後の取り組み

今回の合法木材促進法は枠組みの面で大きな課題を抱えており、違法伐採木材の国内の流入を効果的に防ぐためには省令などの内容や施行後の運用を注意深く検討する必要がある。地球・人間環境フォーラムは、合法性の定義を広く取ることや、DDの内容を厳格に定めることなどを求める声明「日本の新たな違法伐採対策法について」を発表した。とくに、ガバナンスの問題があり違法伐採リスクの極めて高い国や地域からの木材を購入しようとする事業者は、伐採国政府が発行した書類のみで合法と判断せず、さらなる情報収集とリスク評価を行い、違法伐採の疑いがほぼないと確信を持てるレベルでない限り、木材調達を行わないことが重要である。

違法伐採問題は、世界では、貴重な森林とその資源に頼る人びとの生活を破壊し、持続可能な発展を阻み、不正や汚職行為を増長する。そして日本では、安価な違法伐採木材は、日本の林業経営と森林の健全な成長に悪影響を及ぼし、公正な競争を阻害する。日本は国土の66%が森林に覆われた世界有数の森林国でありながら、木材の7割を輸入に依存する、世界第4位の木材消費国として、消費国側からの違法伐採対策の強化に責任を持って取り組む必要がある。

違法伐採が行われないことや違法伐採木材は利用されないことはいわば当然で、それだけでは急速に進む世界の森林減少を食い止めることはできない。さらに、気候変動対策としても炭素吸収源としての森林の持続可能な利用が達成されなければならない。2014年の国連気候サミットでの「森林に関するニューヨーク宣言」では2020年までに世界の天然林減少を半減し2030年までに止めるよう努力することが合意され、2015年のG7エルマウサミットでは「責任あるサプライチェーン」「ビジネスと人権に関する国別行動計画」が議題となり注目された。

木材や植物油など、森林に由来する製品のサプライチェーンを改善し、持続可能な調達に変えることができるかどうか。さまざまな合意や宣言などの言葉で終わらせず、政府、企業、NGO、消費者団体などが連携した取り組みにより、次世代に健全な森林の環境と資源を引き継いでいけるか。関係者の本気度が問われている。

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