環境研究最前線~つくば・国環研からのレポート第21回 気候変動と共に生きるということ~適応計画最前線~

2016年04月15日グローバルネット2016年4月号

地球・人間環境フォーラム
津田 憲次(つだ のりつぐ)
山田 智康(やまだ ともやす)

昨年11月27日に「気候変動の影響への適応計画」が閣議決定されました。これは政府が、適応策の推進を通じて気候変動影響に対処していくという今後の日本社会の方向性を示した、大きな、意味のある計画です。この計画の背後には、環境省、文部科学省、国土交通省、農林水産省など関係省庁での対策や活動を、全体で整合性のとれたものにして、強力に推進しようという意図があります。と同時に、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書(AR5)で報告された、「気候変動の多くの特徴及び関連する影響は、たとえ温室効果ガスの人為的な排出が停止したとしても、何世紀にもわたって持続するだろう」という避けられない将来への対応が大前提になっています。私たちはすでに大きな気候変動の入り口に立っていることを自覚しなければなりません。

「適応策」の理解が変わる

これまで気候変動への対策として、緩和策(温室効果ガスの排出を削減する)が中心に考えられてきました。そして緩和策を実施しても避けられない影響に対応するという意味で「適応策」がありました。しかし今では、「近い将来の適応や緩和の選択は、21世紀を通じて気候変動のリスクに影響を与える」(AR5)というように、私たちがどういう適応策を選択し、どういう緩和策を実施するかで、将来の気候変動リスクが決まるという認識に変わってきています。人間の社会経済活動が地球の気候を変え、その変わった気候の影響を受けるという複雑な依存関係こそが、「気候変動と共に生きる」という本当の意味です。したがって、変化を予見して対策を講じることや、生活している地域の特徴を十分に考慮する必要があるため、対策の規模は自ずと自治体レベルの個別化した対策になってきます。トップダウン方式の施策だけではなく、地域主体のボトムアップ的な活動も求められています。

本稿では、気候変動とその影響について、この「適応策」を中心に研究されている、国立環境研究所 社会環境システム研究センター(環境都市システム研究室 室長)の肱岡 靖明氏に話を伺いました。

「例えば自治体が適応策を考えるという場合、これまで自治体が行ってきた環境問題対策、防災対策、農業政策などの取り組むべき課題が変わるわけではありません」と肱岡氏は話します。食料問題、水資源問題、人口問題、エネルギー問題など、グローバルに捉えがちな課題ですが、実際は各地域にそれぞれの形で山積しており、各地域の個性を反映して、さまざま対策が考えられます。「気候変動もそれらの課題の一つに過ぎません。しかし、気候変動の将来予測では、極端な気象、例えば雨の降り方や高温出現の頻度などが、今後は変わっていく可能性が高いことが示唆されています。そうすると、政策立案において想定していた条件を再検討する必要が生じるでしょう。ですから、気候変動が起こったらという視点で、これまでの防災対策や農業政策などを見直したものを、適応策と呼んでいます」。

つまり「適応策」というと気温上昇に特化した受け身的な対策のように思われがちですが、現在の意味合いではもう少し幅広い、将来を予見した経済活動を含んだわれわれの社会の行動であるようです。

自治体レベルで活用できる情報とは?

将来の気候予測に不確実性がある中で、個々の適応策を比較検討する作業には困難が伴います。現代に対する百年後(2100年代)の気温変化予測を例にしても、予測には+2℃~+4℃ほどまでと大きな幅があります。しかし例えば、Aという研究者は気温が4℃上がるという予測を使い、農業への影響が深刻だと評価しました。一方、Bという研究者は2℃の気温上昇予測のもとで、健康への影響は軽微だと評価しました。これらの農業と健康に関する適応策は、気温が何度上がるかという前提条件が違うため比べることができません。前提をそろえた上で適応策を比較することが必要なのです。さらに、気温上昇量やその他気候の条件をそろえたとしても、現実の適応計画においては個々の施策にかかるコストを考慮した上で、限られた予算内で優先順位を決めることが必要となります。

気候変動の影響は幅広く多様であることから、適応計画は複数の関係省庁にまたがります。だからこそ、関係機関や関係団体との密接な連携がないと話が進みません。したがってこのような連携を支援する仕組みが求められます。また、各自治体の行う個々の具体的な対策の成功例、失敗例、苦労話などを広く共有することができれば、地域交流の一層活発な進展につながるはずです。

気候変動で集中豪雨の頻発や台風の強大化が予測されています。このための適応策として地域毎に「ハザードマップ」が作られ、被害の防止が図られています。浸水想定水深が色分けされ危険区域が分かりやすくなっています。図は茨城県潮来市WEB サイトより抜粋。

地球温暖化対策法改正案が閣議決定

本稿をちょうど準備していた3月8日、「地球温暖化対策の推進に関する法律の一部を改正する法律案」が閣議決定されたというニュースが飛び込んできました。改正する法律案の一つの柱として「地域の実情に応じた地方自治体の温暖化対策は、我が国の低炭素社会構築の重要な柱」であると記され、複数の地方自治体が広域的に連携して取り組むことの重要性が示されています。また、「国民一人一人の意識変革やライフスタイルの転換を図るための普及啓発を抜本的に強化する必要がある」という方向性も打ち出されています。全体として、昨年末に行われた気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)においてパリ協定が成功裏に採択されたことを受けての改正になっていますが、自治体および個人の意識改革に重きを置く改正ともいえます。

これまでの成果を結集して新たなコンテンツへ

環境省は、平成22~26年度にかけて「温暖化影響評価・適応政策に関する総合的研究」を実施し、日本における地域ごとの影響予測や適応策の推進手法などに関する研究を行いました。肱岡氏も課題リーダーの一人として、自治体レベルでの実施可能な適応策を数多く検討してきました。

それらの成果が、その後どのように活用されるのかについて「地域別の影響予測や適応策の効果予測を取りまとめた研究成果を一元的に管理したいです。また、これまで各自治体からの問い合わせに個別に対応していたものを、自治体の担当者が自分自身で情報収集できるように、誰もがアクセスできるプラットフォームをWEBページとして作る予定です。何より、これまでの成果がただ机の上に置き去りにされることがないようにしたいです」と語ってくださいました。

このWEBページは、気候変動の影響を考える上で役立つ統計、参考情報を紹介している「環境省 気候変動影響統計ポータルサイト」の新しいコンテンツとして今年の夏の公開が予定されています。今後、気候変動影響に対処する「適応策」を検討する際の頼れる情報発信基地の一つになるでしょう。「適応策で迷ったら先ずここへ行け!」そんなフレーズが聞こえてきます。これからわれわれの社会が気候変動と共に生きるにあたり、欠かせないツールの一つとして活用されていくことが期待されます。

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