特集/シンポジウム 気候変動問題の最前線 in 東京 動き出した世界とこれからの日本<パネルディスカッション>
気候変動問題への国内の取り組みと国際貢献の促進に向けて

2016年04月15日グローバルネット2016年4月号

<パネリスト>
気象キャスター 井田 寛子(いだ ひろこ)さん
IPCC TFI共同議長 田辺 清人(たなべ きよと)さん
アルフレッド・ウェグナー研究所 総合生態生理学センター長 / IPCC WG2共同議長 ハンス=オットー・ポートナーさん
神奈川県立 横浜国際高等学校 2年生 上野 雪菜(うえの ゆきな)さん
環境省 地球環境局気候変動適応室 室長補佐 藤井 進太郎(ふじい しんたろう)さん

<コーディネーター>
東京大学生産技術研究所 教授 / IPCC AR5 WG2統括執筆責任者
沖 大幹(おき たいかん)さん

特集/シンポジウム 気候変動問題の最前線 in 東京 動き出した世界とこれからの日本

今後気候変動による影響リスクは高まると予測されており、政府は昨年11月に「気候変動の影響への適応計画」を閣議決定しました。また、12月には第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)において、2020年以降の国際枠組みであるパリ協定が採択されるなど、国内外の情勢が大きく動き出しています。 気候変動問題の最新の動向を紹介するシンポジウムが東京で3月9日に開催されました(主催:環境省)。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の活動に直接携わっている研究者からの講演、そして気象予報士や高校生も交え気候変動問題の普及について話し合ったパネルディスカッションの内容を紹介します。

温暖化が進んだ場合を想定した「2050年の天気予報」

井田 IPCCの最新報告に基づいて、日本の第一線で活躍する研究者の皆さんがシミュレーションし、最悪のケースを想定して「2050年の天気予報」(写真)を映像化しました※。そう遠くはない未来の話です。内容は決して大げさなことではありません。

「2050年の天気予報」のVTR上映

※ 2014 年9 月に開催された国連の気候サミットに向けて世界気象機関(WMO)が世界各国の気象キャスターたちに呼びかけ、各国で「2050 年の天気予報」を作成。日本からはNHK が参加。YouTube で公開されている(http://www.unic.or.jp/news_press/info/9870/)。

日本にとって悲しいことは、四季の変化が変になるということです。現在の予測で考えると、11月下旬~12月上旬に見頃になる京都の紅葉は、クリスマスの季節あたりにずれ込みます。そして夏や冬の天気が極端になり、春と秋の色は薄れてしまうでしょう。

専門的な数字を見ても危機感はなかなか伝わらないのですが、映像化して見ていただくことで、気候変動の深刻さがわかっていただけるのかな、と思います。

 VTRを見てどう感じましたか?

ポートナー 個人としてはこんな天気予報は見たくないですし、そんな状況の下で生活するのは嫌です。科学者としては、VTRの内容のような状況は部分的に起き得る、あるいはすでに起きていると言わざるを得ません。

上野 私たち高校生も2050年には年を取り、体調の管理が難しくなってくると思います。温度が急上昇したら、どう過ごせば安全に生きていけるのか、心配になりました。

田辺 IPCCの報告書は世界中の科学者が世界中の科学的研究成果を総合的にまとめ、真摯な態度で作成されています。しかし科学者の良心に基づき、なるべく正確に書こうとすると、一般の方々にとってはどんどんわかりにくくなってしまうというジレンマがあります。

IPCCでは、これから第6次評価報告書を作成することになりますが、一般の方々にも理解しやすい書き方で書くよう、これまで以上に気を付けようとしています。

プロジェクトリサーチ「地球の環境問題がマラリアに与える影響」

上野 学校の研究発表授業で、「世界の環境問題の解決に向けての提言」というテーマで、「地球の環境問題がマラリアに与える影響」について研究しています。

マラリアはハマダラカという蚊とサルによって媒介される病です。近年マラリアによる感染者および死亡者は減少していますが、地球温暖化と森林伐採により、この病の拡大が懸念され、このような状況が続けば、マラリア以外の感染症も拡大します。昨年から中南米などで流行しているジカ熱も地球温暖化と森林伐採が影響しているといわれています。

環境問題とマラリアとの関係に関する研究について発表する上野雪菜さん

感染の拡大を防ぐためにはどうすればいいのか。正直に言って、私たち高校生が世界を変えることは難しいと思います。しかし、日本人は学校の授業などで環境問題に触れ、環境への意識が高いです。ですから、その知識を生かし、多くの人に伝えていけばいいと思います。

一方、発展途上国では環境問題について学ぶ機会は少ないです。人びとは毎日生きるために必死で、環境について考える暇などありません。意識の低いままでは、世界の環境破壊は進むばかりなので、今後は環境への意識と経済発展の両立が課題になるでしょう。

今後日本では、マラリアやジカ熱、デング熱などの感染症がさらに流行するかもしれません。感染症に関わらず、自然災害などに対しても、どう行動して、どう判断するのか、正しい情報や知識を身につけることが私たちにとって重要になってくると思います。

マラリアが増えた場合の適応策には例えば何がありますか。

上野 とりあえずできることは、虫よけスプレーを使って蚊を退治したり、網戸を活用して自分たちから蚊を遠ざけたりすることだと思いました。

藤井 一昨年東京で広まったデング熱を媒介するヒトスジシマカの生息地は、気候変動が進めば、北海道の一部まで北上するかもしれないと予測されています。また、中南米を中心に感染が広がっているジカ熱については、日本ではまだ知見がないので、私たちとしても感染症と気候変動の関係について引き続き知見の集積に努めていきたいと思っています。

 上野さんは地球環境問題に関する教育について問題を提起しましたが、ドイツの学校での教育事情はいかがですか?

ポートナー 私の妻は学校長です。彼女は授業で気候変動や適応策について教えていますが、授業で環境問題を取り上げるかは教員の関心次第です。環境問題は将来を決める重要なテーマですので、その学習は義務化するべきだと思います。

温室効果ガス排出量の算定方法を開発するTFI

田辺 緩和策や適応策は温暖化問題を考える際の重要なキーワードなのですが、IPCCにはその他に少し違った切り口で温暖化問題に取り組んでいるグループがあります。それがインベントリータスクフォース(TFI)です。私はその共同議長です。

IPCCでは温暖化問題全体をカバーするために、第1作業部会(WG1)が自然科学的根拠、WG2が影響・適応・脆弱性評価、WG3が気候変動の緩和を担当しています。そして、人間はいったいどれくらい温室効果ガスを出しているのか、という疑問に答えるために作られたのがTFIという四つ目のグループです。

温室効果ガスには二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素などいろいろなガスがあり、いろいろな排出源から出されています。各国政府は、そのようなさまざまな排出源・吸収源、そして排出・吸収されるガスの量を一覧表にする取り組みをしています。この一覧表は「温室効果ガスインベントリー」といい、科学的理解の基礎となる非常に重要なデータの集まりです。

インベントリーは政策立案の際に重要な基礎データとなるので、どの国の政府も力を入れて作成しています。温室効果ガスの排出量・吸収量のデータ作成は、いろいろな排出源から出ているガスを直接計測するのがいちばん正確ですが、それは実際不可能なので、各国政府ともいろいろな統計データを基礎にして計算しています。その際、各国が独自の方法で計算していると、国同士の比較ができず、経年変化も正確に追えなくなる恐れがあるので、各国が共通して使える計算方法を共有する必要があります。そのため、世界共通のガイドラインを作っているのが、IPCCのTFIなのです。

TFIの活動の目的は、温室効果ガスの排出量・吸収量を計算するための国際的に合意された方法を開発し、それを世界中の国々に使ってもらうことです。さまざまな温室効果ガスの排出源・吸収源を網羅的にカバーして計算方法を示しているこのガイドラインは、気候変動枠組条約および京都議定書の締約国に使われています。今後はパリ協定の下でも使われるでしょう。

TFIの事務局機能であるテクニカルサポートユニット(TSU)は日本にあります。2006年、最新のガイドラインを完成させた際、日本のサポートに対しIPCCのパチャウリ議長(当時)から小池環境大臣(当時)に感謝の手紙が送られました。2007年のIPCCのノーベル平和賞受賞は、TFIも含むIPCC全体の活動が評価されたといえます。今後、パリ協定の実施においてもTFIの活動は非常に重要になってくると考えられます。

想像力を働かせ、やるべきことを続ければ世界は変わる

 最後に皆さん、一言ずつお願いします。

田辺 これを機会に、想像力を働かせ、温暖化とはどういうことか、温暖化を止めるためにはどうしたらいいか、考えてほしいと思います。自分の家の温暖化ガスの排出量は、私たちTFIの成果物を参考にして計算することができます。そして、IPCCおよび気候変動問題について興味を持ち続けてもらいたいと思います。

井田 日本人はとても天気が好きだと思います。しかし、気象からいったん気候変動の話題になると、急に皆さん、興味が薄れてしまうんです。それはきっと、気候変動や地球温暖化は対策を施してもすぐに結果は出ないし、先のことで自分には関係ないと思っているからでしょう。しかし、異常気象や病気、食料の問題などは、全部自分に影響してくることなので、それは気象と同じです。温暖化対策は面倒くさい、大変だと思いがちですが、楽しくて自分たちが幸せになることだと発想を転換したらいいと思います。

上野 去年、学校の研修旅行でマレーシアのボルネオ島に行ったのですが、高校生一人に環境問題の解決なんてできない、と無力さを感じました。しかし同時に、何かをやらなきゃいけないという使命感も感じたんです。自分はまだ子供ですが、未来の子供たちに今の自然を残すために、くじけず、自分が今やっていることは未来につながっているという自信をもって対策に取り組むことが大事だと思います。

藤井 パリ協定という国際的な枠組みができ、国内でも「気候変動への影響の適応計画」が昨年11月に閣議決定されました。また、国の温暖化対策計画も今春までに策定される予定です。いよいよ実行していく、行動していくという段階です。国だけではできず、一人ひとり、そしてさまざまな主体の取り組みが欠かせません。

そのために、私たちがどのような危機に直面し、生活にどのような影響が生じ得るのかをわかりやすく伝えること、その基礎となる科学的知見を集積していくことの重要性を改めて感じました。

ポートナー 世界は変わっています。どこまで変化し、気候変動の影響はどこまで起きているのかを知った上で、措置を取らなくてはなりません。

パリ会議は出発点として素晴らしいスタートを切ることができました。これからは、議論された計画を実施する段階になり、恐らく人類史上最大の課題になると思います。より良い未来、より持続可能な未来を作るチャンスです。

 上野さんが無力を感じるとおっしゃいましたが、30年前と今と比べると、エネルギー消費量は少し増えていますが、効率はずっと良くなっています。そして私たちは今、何が起こりつつあるか、そしてどんな対策をしなければいけないかを理解し、それに向けて考えようとしている。大した変化はないようでいて、実は大きく変化していると思います。

あまり効果がないなと思ってやっていることが、きっと世の中を動かして、30年経ってみると変わったな、と思えるはずです。ですから、気負い過ぎずに、やるべきことを続けることが大切だと思います。

(2016年3月9日東京都内にて)

井田 寛子さん:気象キャスター。

筑波大学非常勤講師。製薬会社勤務の後、NHKキャスターに転身。静岡放送局、首都圏センターに勤める間、気象予報士の資格を取得。2011年4月~2016年3月NHKニュースウオッチ9担当。現在TBSあさチャン担当。地球温暖化の対策を呼び掛けるため、出前授業や講演活動、2014年にはニューヨークで開かれた国連気候サミットに参加。著書に「気象キャスターになりたい人へ伝えたいこと(成山堂書店)」がある。

沖 大幹さん:東京大学生産技術研究所 教授。

専門は水文学で、地球規模の水循環と世界の水資源に関する研究。IPCC AR5統括執筆責任者を務める。著書に『水の未来』(岩波新書、2016年3月)、『水危機 ほんとうの話』(新潮選書、2012年)など。生態学琵琶湖賞、日経地球環境技術賞、日本学士院学術奨励賞など表彰多数。水文学部門で日本人初のアメリカ地球物理学連合(AGU)フェロー(2014年)。

ハンス=オットー・ポートナーさん

動物生理学で博士号を取得後、カナダやアメリカでの研究活動を経て、現在はドイツのアルフレッド・ウェグナー研究所総合生態生理学セクション長およびブレーメン大学教授を務める。温暖化、海洋酸性化、および低酸素化の海洋生物や生態系への影響などが主な研究テーマ。IPCC AR5 WG2統括執筆責任者で、現IPCC WG2共同議長。

田辺 清人さん:IPCC TFI共同議長。

東京大学理学系大学院にて気象学を専攻し、1993年に理学修士号を取得。2013年4月~2015年10月までTFI技術支援ユニット(TSU)部長。2006年IPCCインベントリーガイドラインの作成、国連気候変動枠組条約の非附属書締約国の国別報告書に関する専門家諮問グループの活動などに従事。2015年10月にIPCC第42回総会でIPCC TFIの共同議長に選出された。

神奈川県立横浜国際高等学校(スーパーグローバルハイスクール(SGH)指定校)

シンポジウムに参加した生徒6名と先生。上野雪菜さん(左から3番目)は代表として発表し、パネルディスカッションにも参加。

タグ:, ,