USA発 サステナブル社会への道 ~NYからみたアメリカ最新事情第5回/揺れ始めた、米クリーンパワープランの行方
2016年03月15日グローバルネット2016年3月号
FBCサステナブルソリューションズ代表
田中 めぐみ(たなか めぐみ)
本誌1月号にて、パリ協定成立後のアメリカの動向をお伝えしたが、その後、協定の遂行を阻む大きな問題が発生した。目標達成の要である発電所の排出規制策「クリーンパワープラン」に対し、最高裁判所(最高裁)が一時執行停止の判決を下したのである。
クリーンパワープランは、2030年までに発電所の二酸化炭素(CO2)排出量を2005年比で32%削減することを目標に州ごとに排出目標を定めたもので、今年9月までに各州が実装計画を策定し、2020年に施行開始することになっている(2年の延長可)。
これに対し、石炭産業が盛んな27州と業界団体が昨秋の公式発表直後に提訴し、同時に訴訟中の執行停止を要請していた。連邦控訴裁判所は今年1月に後者の要請を棄却したが、州や業界団体は最高裁に対して同様の要請を行った。申し立てを受理した数日後、最高裁はこれを許諾し、判決が出るまでクリーンパワープランは執行停止となった。
最高裁が控訴裁の再審理前に規制の執行停止を命じたのは史上初のことである。すでに控訴裁が停止要請を棄却している上、口頭弁論の日程も決まっており、最高裁が申し立てを許諾する特別な理由は見受けられず、また受理から数日という異例の早さの判決であったことから、驚きの声が上がっている。
ホワイトハウスはこれを受け、判決への反意を示すとともに、訴訟中も引き続き環境保護庁が州の計画策定を支援し続け、政権はCO2削減のための積極的な策を講じる旨を発表した。
判決の影響
判決はあくまで一時停止を命じたものであり、クリーンパワープランが違憲とされたわけではないが、合憲になる可能性は極めて低いとこの時点で見られていた。今回の判決では、9名の判事のうち、保守派の5名が申し立てに賛成、リベラル派の4名が反対しており、これが各判事のクリーンパワープランに対する意思と見られ、最高裁に上告されても同じ判決が出ると想定されるからである。
たとえ最終判決で合憲になったとしても、判決に至るには時間がかかる。控訴裁での口頭弁論は今年6月に予定されているが、その後は、早くて今年後半に判決、最高裁に上告になった場合は来年半ば頃には最終判決が出ると想定される。執行に遅れが出ることは間違いなく、それはすなわちパリ協定にて表明した目標の達成に陰りが見えたことになる。
パリ協定ではアメリカの積極的な目標設定が新興国説得のカギを握っていた。もしクリーンパワープランが頓挫すれば、アメリカの積極参加を条件に合意した各国は納得できないだろう。インドや中国の関係者は、米メディアの取材に対し、パリ協定破綻の可能性や自国の反対派が勢い付くことへの懸念を語っている。
急展開を迎えた訴訟の行方
国内外の関係者に落胆の色が広がり始めた矢先、驚くべきことが起こった。判決の4日後、申し立てに賛成した保守派のアントニン・スカリア最高裁判事が急逝したのである。静養先で就寝中に死去していたという。自然死であり事件性はないとされているが、解剖が行われないことを疑問視する声もある。さまざまな憶測はあるものの、これにより、クリーンパワープランを含め、民主・共和で大きな意見の相違がある訴訟において、判決が一変することが予想されるため、政界が慌ただしく動き始めた。
スカリア判事の死去により、共和党大統領が指名した保守派判事と民主党大統領が指名したリベラル派判事が共に4名ずつとなった。後任の指名は時の大統領が行うことになっており、民主党のオバマ大統領がリベラル派の人物を指名することは間違いない。その上、最高裁判事の任期は終身であるため、今後長期にわたり民主党優位の判決が出ることが予想される。何とかこれを阻止したい共和党は、あらゆる手立てを尽くして食い止めようと躍起になっている。判事の就任には上院の承認が必要だが、多数派を占める共和党は来年初の次期大統領就任まで承認を遅らせる策を企てており、共和党のマコネル上院院内総務は、オバマ大統領が指名する人物は承認しないと公言している。
判事就任をめぐる政争は長期化することが予想されるが、クリーンパワープラン訴訟にとっては、長期化しても短期に決定しても同じ結果をもたらす可能性が高い。最高裁に上告された際に後任が決まっておらず、賛否同数となった場合、控訴裁の判決が優先される。現在、控訴裁の判事3名のうち、2名が民主党指名、1名が共和党指名であり、前述の通り、控訴裁はすでに訴訟中の執行停止申し立てを棄却している。これまでの環境保護庁の規制に対する訴訟においても好意的な結果を出すことが多かったため、今回の判決でもクリーンパワープランが合憲となる可能性は高いと見られている。一方、長期化せずにオバマ大統領が指名した人物が就任した場合、最高裁での判決はリベラル5対保守4で合憲となる可能性が高い。判事の死去により、クリーンパワープラン復活の可能性が一挙に高まったのである。
判決後の州の動向
判決後、クリーンパワープランに賛成・反対する州、共にさまざまな動きがあった。
カリフォルニアやニューヨークなどクリーンパワープランを支持する17州の知事は「新しいエネルギーの未来に対する知事の誓約」に署名し、判決に関わらず、州がクリーンパワープランを支持していることを表明した。誓約は、クリーンエネルギーの促進とエネルギー源の多様化、エネルギーインフラの最新化、交通手段のクリーン化、新エネルギー政策の計画策定、州間の協業、連邦政府との協調を約束するものである。誓約書には「アメリカの繁栄は常に新しいアイデアや技術によってもたらされてきた。再生可能でクリーンで効率的なエネルギーにより、アメリカ経済の生産性や回復力を高めることができる」とし、「今こそ、エネルギーの未来に関する大胆な展望を取り入れる時であり、州はこれをリードする用意ができている。各州が抱える機会と課題はさまざまだが、未来への展望に向けて共に取り組んでいく」と記されている。
これを証明するかのように、署名の前日、誓約に参加した州の一つであるオレゴン州では、石炭火力発電所を所有する州内エネルギー事業者2社に対して2030年までに石炭を排除し、2040年までに州の再生可能エネルギー比率を50%にする法案が可決された。
一方、反対派のバージニア州では、クリーンパワープランを阻止する動きが起こっている。現行法の下ではクリーンパワープランに基づく州の実装計画策定に州議会の承認は不要だが、承認を必要とするよう改正する法案が提出され、可決に向けて進んでいる。同州の州議会は、共和党が多数派を占めており、法案が可決すれば、クリーンパワープランの施行を故意に遅らせることが可能になる。同州ではすでに同様の法案が上下両院で可決しており、さらにこの法案が可決すれば、承認までの期間が一層長引くことになる。
今後訴訟がどのように展開するかはわからないが、たとえクリーンパワープランにとって好ましい判決が出なかったとしても、昨年末には再生可能エネルギーに対する優遇税制を5年延期する連邦予算案が可決しており、安価な天然ガスの影響もあり、石炭業界は厳しい立場に追い込まれている。同業界がどれだけ抵抗しようと、アメリカも世界もクリーンエネルギー促進に向けて進んでいることは事実であり、この方向性を変えることは難しいだろう。いずれにしても執行時期は遅れることになるが、環境保護庁や州・自治体の施策やビジネス界の革新的な手法によって遅れを取り戻すことは不可能ではないだろう。
アメリカは、気候変動に限らず、あらゆる課題において意見が両極に割れる傾向があり、この傾向は近年顕著になってきている。気候変動のような人類にとって重要な課題が政争の具と化していることは憂慮すべきであり、世界を牽引する大国としての資質が問われる。京都議定書の二の舞はあってはならない。クリーンパワープラン訴訟の判決次第で、アメリカの資質が見定められることになるだろう。