環境研究最前線~つくば・国環研からのレポート奄美大島のマングース防除事業 ~根絶の可能性と在来種への影響評価

2015年12月15日グローバルネット2015年12月号

地球・人間環境フォーラム
湯本 康盛(ゆもと こうせい)

「ハブの天敵はマングース」この過去の常識が奄美大島の生態系を脅かしています。マングースは本来、中東や南アジアに生息しているネコ目に属する哺乳類で、小型のトカゲやネズミ、カエルなどを餌としています。

日本にマングースが持ち込まれたのは1900年代初頭で、ハブの駆除を目的として沖縄に放たれたのが始まりです。その後、マングースはサトウキビを食い荒らすネズミ対策として世界中で導入されたものの、期待通りの効果が無く、逆に家禽(肉・卵・羽毛などを利用するために飼育する鳥の総称)を襲ったり、その地域の生態系を脅かすなど害獣として知られていました。

それにもかかわらず、マングースはハブ駆除の目的で島民によって1979年に奄美大島に放たれてしまいました。それ以来、奄美大島の生態系に大きな変化が起こりました。ハブや外来種のネズミを捕食すると期待されたマングースは、実は奄美大島の固有種アマミノクロウサギやアマミトゲネズミなど、ハブよりも捕獲するのが容易な動物を捕食していることがわかりました。昼行性のマングースが夜行性のハブを捕食することは少なかったのです。

最初に放たれたマングースは30頭でしたが、2000年にはおよそ1万頭にまで増えたと推定されています。このままでは奄美大島に生息している大切な固有の生物は絶滅してしまうと危惧されました。

個体数把握の難しさ

このような状況を受け、2000年に地元団体や行政がマングース防除のための活動を起こしました。また、2005年には人の生活環境、生態系に被害を及ぼすとして「特定外来生物」(外来生物(海外起源の外来種)であって、生態系、人の生命・身体、農林水産業へ被害を及ぼすもの、または及ぼすおそれがあるものの中から指定される)に指定されたことで、環境省がマングースの根絶へ向けた事業を本格的に開始しました。マングースを捕獲することで個体数は減少したようにみえましたが、林の中に生息する生き物は定量調査が難しく、いつになったら根絶できるのか、作業の効果と見通しが立たない状況に陥りました。また、在来種のネズミ類は、どの程度マングースの影響を受けているのか調査する必要がありました。生態系のモニタリングとモデルによる管理が専門の国立環境研究所生物・生態系環境研究センター研究員の深澤圭太氏は、収集・蓄積されたマングースとネズミ類の捕獲データから、これらの個体群動態に影響する要因を推定しました。

生態系回復への道しるべ(評価モデルが示すこと)

それぞれの個体群動態を把握するには、実際に生息している生物のモニタリング調査が必要です。生け捕りわなで得られたマングースと在来ネズミ類の捕獲数をみると、マングースが捕獲されて減少すると固有種のアマミトゲネズミやケナガネズミは増加する傾向が認められました。一方で、外来種のクマネズミはマングースの減少に依存しておらず、それほど増加する傾向は認められませんでした()。

マングースと3 種のネズミ類の捕獲数の経年変化。実線は自然環境での地域、破線は市街地や農地など人為的環境の地域での値を示す。(提供:深澤氏)

このような在来ネズミ類とクマネズミの動向の違いやそのメカニズムを明らかにするため、ネズミ類の個体数が変化する要因を組み込んだ評価モデルを新たに構築しました。その結果、マングースの捕獲により固有種ネズミの個体数は自然林において確かに回復傾向があることを裏付けていました。また、外来種のクマネズミの個体数に寄与している要因が、マングースよりも市街地などの人為的環境にあることがわかりました。

探索犬の活躍

マングースを捕獲するために現在奄美大島全域に約3万個のわなが仕掛けられており、奄美の自然を守る「奄美マングースバスターズ」による地道な努力が続いています。2005年度以降捕獲数は徐々に減少していますが、マングースの数が減少すると、捕獲されるマングースの捕獲率も減少します()。さらに、マングース以外の動物がわなに捕獲される「混獲」という問題も生じています。

表 奄美大島でのマングースの捕獲数の推移
年度 わな捕獲数(頭) 探索犬及びハンドラーによる捕獲数(頭) 合計捕獲数(頭)
2014 39 32 71
2013 110 20 130
2012 179 18 197
2011 261 11 272
2010 311 1 312
2009 598 0 598
2008 947 1 948
2007 783 783
2006 2,713 2,713
2005 2,591 2,591
資料:環境省 那覇自然環境事務所 報道発表資料

マングースを効率よく捕獲するために、近年「探索犬」と呼ばれる犬も導入されました。探索犬には小型のテリア犬が適しています。彼らは嗅覚に優れ、適応能力が高く、マングースの巣穴まで追跡できるようになり、抜群の効果が得られています。2014年度に奄美大島で捕獲されたマングースのうち、探索犬によって捕獲された割合は4割を越え、今後もマングース根絶へ向けた活躍が大変期待されています。

外来種防除評価モデルの今後

「現在、探索犬の貢献もあってマングース根絶が見えてきている状況にあり、探索犬の寄与を評価モデルにどう組み込むか、どのようにして根絶を確認するのかという判定基準を早急に作る必要があります」と深澤氏は語ります。

マングース防除事業が本格的に進められてから10年以上が経過しています。個体数、自然増加率、捕獲効率の情報を用いて、シミュレーションした結果、2023年には90%以上の確率でマングースが根絶していると推定されました。

深澤氏は「今回の奄美大島マングース防除事業が成功すれば、評価モデルも含めてその他の防除事業の手本となり、世界各地で実施される外来生物対策のモデルケースとして評価されると思います。今後もモニタリングを継続して、評価モデルに反映させて精度向上に努め、対策の意思決定に使えるモデルを構築して行きたい」と夢を語ってくれました。

本当の被害者

皮肉なことにハブを駆除する目的で奄美大島に放たれたマングースは、「特定外来生物」に指定されて駆除対象になりました。奄美大島の生態系を乱したのは当時「ハブの天敵はマングース」と認識していたわれわれ人間であり、マングースの持ち込みにより奄美大島の固有種は捕食され、絶滅の危機に立たされました。その代償は大きく、多くの地元団体、専門家、研究者の地道な努力を経てようやくマングース根絶への道筋が見えてきました。

自然界の生物を安易に操作すると生態系が崩壊し、大きな被害が生じるという実例です。本当の被害者は奄美大島に放たれたマングースなのかもしれません。