フォーラム随想耐用年数

2019年10月15日グローバルネット2019年10月号

地球・人間環境フォーラム 理事長
炭谷 茂(すみたに しげる)

今年の夏は、猛暑だった。これだけでもうんざりだったが、さらに私の家の設備や器具がトラブル続きで、本当に参ってしまった。

15年前に購入したテレビが、突然映らなくなった。耐用年数が来たのだろうか。スイッチを入れても反応しない。

最近のテレビは、5G対応とか大型画面などと進化し、豪華になったが、私は15年前のテレビで十分だった。最新の電気製品は、たくさんの機能が備えられている分、使い方が難しい。説明書もわかりにくい。昔のようにコンセントに差し込めば動き始めるのとは違う。

テレビがないと、やはり寂しい。社会の情報から隔絶された感じだ。仕方なく家電量販店で持ち運びのできる小さな日本製のテレビを買い求めた。風呂の中で見れることがセールスポイントだったが、私たち家族には、まったく不要な機能だ。

続いて電気冷蔵庫が冷却しなくなった。猛暑で冷蔵庫も悲鳴を上げたのか。現在のマンションに引っ越した13年前の時に購入したが、これも耐用年数が来たのかと心配になった。

ここに引っ越す前に22年間という長い間、老朽化した国家公務員住宅に住んでいた。洗濯機を置く場所が部屋の設計に入っていない。浴室の上がり湯の蛇口からお湯が出なかった。

国家公務員在職中は、しばしばメディアの記者の来訪を受けた。ほとんどの記者は、びっくりした表情を隠さない。「こんなひどい家に住んでいるのですか」と率直に話す人もいた。

しかし、部屋の面積は、親子3人にとって十分な広さだったので、不満はなかった。中国料理を研究している妻は、冷蔵庫を2台使っていた。

現在の狭いマンションでは2台は、到底無理だったので、天井まで届くような大型の冷蔵庫1台に買い替えた。業者が狭いマンションの台所に運び入れてくれたが、大変だった。廊下の物を退けたが、あちこちでぶつかりそうになりながら、備えてもらった。

「あの時のような苦労をするのは嫌だな」と思ったが、今回は食品を大量に冷蔵庫に詰め過ぎたことが原因だったので、ほっとした。

最も深刻だったのは、トイレの故障だ。トイレが詰まり、水が便器からあふれそうになった。水が、下の部屋に漏れ出すと大変だ。損害保険に加入しているから、経済的な負担はないが、謝罪など気が重い。幸いあふれる寸前にタオルで防御できたが、いつあふれ出るかわからず、おちおちできない。

マンションの郵便入れに水のトラブル処理業者のチラシがよく入っているから、多くの人が経験しているのだろう。この種の業者の信用度がわからず高くつきそうだ。

たまたま損害保険の説明書を読み返していたら、付帯サービスとして無料で修理してくれることがわかった。早速損害保険会社に電話すると、大変親切だった。頻繁にあるのだろう。翌日業者が来てくれて、ホースのようなものを入れ、吸引して直してくれた。

これで「一件落着」と安心するのもつかの間、やはり詰まってしまった。ウォシュレットの設備本体が故障していたらしく、メーカーに頼まざるを得なかった。これも耐用年数が来たのだ。部品の交換は、予期せぬ多額の出費だった。

最近の電気製品などは、本当に壊れやすい。半導体やセンサーを使って精緻に操作する仕組みになっているからだろう。パソコンにほんの少しの水をこぼしてダメにした経験もある。

最近の日本人は、モノをすぐに捨て、新商品に買い替える。より高い機能や流行を追い求めるからだろう。耐用年数が短いのもこのようなニーズに沿っているのだろう。経済成長には貢献するが、本当に幸せなのだろうか。

私は、性能が低くとも長持ちした方がいい。一生モノが理想だ。時代遅れでもこの方針で今後も生きていきたいものだ。

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