地域に新たな事業を生み出す「農福連携」~地域の再生と持続可能な社会を目指して~業務請負で農業経営の拡大を~ひなりモデルでの農福連携の取り組み
2019年10月15日グローバルネット2019年10月号
株式会社ひなり 代表取締役社長
渡邊 香織(わたなべ かおり)
職域開拓の役割担う浜松
株式会社ひなりの農福連携の舞台は浜松である。総勢38人、うち28人が障害のある社員だ。アスパラガス、タマネギ、トマト、メロン、お茶、チンゲンサイ、ブロッコリー、オクラ──。ブランド化されて高値で売れる作物の生産にも携わり、年間を通じて売り上げを上げている。
地域の障害者を社員として雇用し、市内や近郊の農家から除草作業や定植、収穫、圃場の整備などの作業を請け負っている。現在、業務委託契約を結んでいる農家は全部で7軒ある。請け負いとともに連携農家の生産物や加工品をノベルティや贈答品としてグループ内に販売する事業も行っている。
ひなりは、IT企業である伊藤忠テクノソリューションズ株式会社(本社:東京都千代田区、略称:CTC)の特例子会社だ。2010年4月に設立し、今年で10年目を迎える。社名の「ひなり」は、「日々成長する」「ひなが成長する」という思いを込めた造語だ。
現在の社員総数は99人。東京と浜松にオフィスがあり、東京では社員向けマッサージサービス、オフィスの清掃やコンピューター機器の解体業務などを行っている。
浜松オフィスは、ひなり設立と同時に開設された。設立に際して直面した課題は、企業に課せられる障害者の法定雇用率を達成すること。そのためには、オフィス関連のサービスに加えて、新たな職域を開拓していく必要があった。そこで着目したのが、農業であり、浜松だった。
浜松は葉物や根菜、果樹など季節ごとにさまざまな農作物が作られている。ビニールハウスで一年を通して生産する施設栽培も盛んだ。浜松なら、農業の繁閑の差を埋めて、障害のある社員に一年を通じて仕事を提供してくれるはずだ。浜松オフィス開設に尽力したひなりの先輩たちはそう考えた。
ひなりモデルを支えるサポマネ
ひなりの農福連携の取り組みは「ひなりモデル」といわれ、少しずつ人に知られるようになってきている。
「ひなりモデル」は一言でいえば農作業の業務請負である。鍵を握るのは、サポートマネージャー(以下、サポマネ)と呼ばれる社員の存在だ。障害のある社員(以下、スタッフ)を支援・指導する役割を担い、3~4人に対して1人がつく。農家にはチームで赴く。
農作業を請け負うと、サポマネは農家とともに、作業工程を分解し、写真や図入りの作業手順書を準備する。また、必要に応じて作業を助ける治具(補助具)も木材やゴムなど身の回りのもので作成する。
サポマネは、職場適用援助者(ジョブコーチ)養成研修を修了し業務に当たる。業務遂行状況だけでなく、事故防止のための確認や健康状況のチェックを行い、日々の変化を見逃さないよう努めてもいる。日々の業務内容は表の通りと役割は大きい。農家からの業務内容を理解し、作業手順書に基づいてスタッフに説明するとともに、自身も作業に入りサポートを行う。
スタッフによって難しい作業もあれば、作業スピードも異なる。障害特性や対応を理解しているサポマネが農家とスタッフの橋渡し役だ。効率を考えながら円滑に作業を進めることができ、双方に安心感が生まれている。
このようにサポマネの働きに支えられる「ひなりモデル」は、業務と品質の管理を労務管理まで含めて行うものといえる。
ひなりに対する農家の評価
「労働力不足といっても、不足を感じるのは収穫時期だけ」「繁閑の差が大きい中で1年を通じて人を雇うのは難しい」──。
私たちが折々に聞いた農家の方の悩みである。ところが、業務委託であれば、必要な時期に必要な業務を依頼できる。その分、農業者は本業に集中できて経営を拡大できる。実際、連携している7軒の農家は圃場を増やすなど経営規模を拡大しており、ひなりの力が農家の業容拡大や地域の活性化に少しは役立っていると感じている。ひなりにとっても、農家の経営拡大は、業務請負が増えるため障害者雇用の推進につながる。
いいことづくめのようでも、ひなりが最初から順風満帆の歩みだったわけではない。
障害者雇用を推進する特例子会社が農作業を請け負うことは、なかなか農家からの信頼をいただけず、仕事をもらえるようになるまで苦労した。まずは業務を見てもらうことを目的に、無報酬で業務を請け負ったこともある。
障害者雇用に古くから取り組み、理解のある農家からの紹介を通じてひなりを知ってもらうこと、農家に実際に仕事ぶりを見てもらうことで「障害のある方たちが、こんなに仕事をこなせると思っていなかった」という感想をもらうまでになった。今では戦力として認めていただき、「こんなこともできるのでは」という新たな業務の依頼や「人数を増やしてほしい」という要望も頂くようになってきた。
農福連携の効果と課題
以前社内でスタッフにアンケートをとったところ「農家さんから“ありがとう”や“助かります”の声をもらいやりがいを感じる」「仕事がわかりやすく楽しい」「収穫した野菜を見ると頑張って仕事をしたと実感できる」「体力がつく」「工場などに比べて機械の音がうるさくない」などのコメントがみられた。自然の中で身体を動かす農作業は開放感がある。工程を切り分けることで、さまざまな作業が生まれ、やり遂げた時の達成感も大きい。そうしたことも社員の成長や働きがいにつながっているように思う。
障害者にとって、農業は有力な進出分野なのだろう。10年前には数少なかった取り組みも特例子会社486社中(2018年6月1日時点)、少なくとも43社が農業活動に取り組んでいるという(農林水産政策研究所調べ)。
真夏や真冬の厳しい環境での作業もあるため、体調管理は最重要課題と捉えている。昔も今も、そしてこれからも農福連携に課せられた課題である。スタッフがより効率よく、より正確に作業ができるよう、現場の環境や作業工程を見直すことも必要になる。
そして、農業者の業容拡大と地域の活性化に貢献し、持続可能な社会につながって初めて、農福の連携は成功したといえるのかもしれない。
2018年4月に企業の障害者法定雇用率は2.2%となり、2021年3月までに2.3%への引き上げが予定されている。農福連携が果たす役割は大きくなるはずだ。ひなりはCTCの子会社としての強みを生かしてITの活用を視野に入れ、農福連携の実を結んでいきたい。