特集/地域に新たな事業を生み出す「農福連携」~地域の再生と持続可能な社会を目指して~今、なぜ農福連携か~農福環境連携と「里マチ」づくりのススメ

2019年10月15日グローバルネット2019年10月号

一般社団法人JA共済総合研究所主任研究員
一般社団法人日本農福連携協会顧問
濱田 健司(はまだ けんじ)

日本は高齢化と人口減少により、耕作放棄地や担い手不足などの問題を抱えています。一方、福祉分野でも障害を持つ人の働く機会が求められています。こうした課題を解決するための有効な取り組みとして、「農福連携」に注目が集まっています。 農福連携の動きは現在どこまで進んでいるのか。障害者の社会参画や農家の人手不足の解消だけでなく、地域活性と障害者自身の生きがいづくりにもつながる農業と福祉分野双方の課題解決とメリットのある取り組みについて、今後期待される展開と課題を考えてみます。

 

農業サイドと福祉サイドの課題

担い手や労働力が不足する農業サイドと新たな働く場を求める障害者の福祉サイドの課題がマッチし、全国的な広がりを見せているのが農福連携である。農業と福祉を連携させた取り組みであるから農福連携という。

わが国で農業に従事する農業就業人口は、2019年現在168.1万人。2010年は260.6万人であったことから、年間平均10万人ずつ減少を続け、平均年齢は67歳に達する。一方で、新たに農業に就労する新規就農者は年間5~6万人にすぎず、また特定技能外国人の受け入れも今後5年間で3万6,500人であり、減少傾向に歯止めがかからない状況にある。

日本の食料自給率(カロリーベース)は37%となっており、先進国中で最も低い(アメリカ130%、フランス127%、ドイツ95%、イギリス63%)。自給率の低下は以前から続いているが、さらなるリタイア、高齢化、新規就農者の不足によって、一層低下していく可能性がある。つまり、食料安定供給体制が危機的な状況にある。

それに対して障害者は、身体・知的・精神に障害または疾患を有する者が全国に963.5万人いる。このうち一般企業や行政などで就労(=一般就労)する者は53.5万人、厚生労働省が障害者の就労に係るさまざまな支援を行う就労継続支援A型事業所・就労継続支援B型事業所・就労移行支援事業所において就労訓練および就労(=福祉的就労)している者は34.2万人、合計で87.7万人となっている。つまり、一般就労および福祉的就労をする者は1割程度。さらに15~64歳の障害者数377万人の中でも2割強にすぎない。

またこれまで多くの事業所は、1個何銭といった企業からの下請け作業、総菜・弁当の製造販売、菓子・パンの製造販売、行政からの受託作業などを行ってきたが、十分な売り上げを上げることは難しかった。障害者の自立へ向けた政策の流れ、さらには円高進行やリーマンショックなどによって、下請け仕事もなくなり、新たな職域を開拓する必要があった。

そうした中で、福祉的就労における障害者の月額賃金は、A型事業所は7.4万円、B型事業所では1.6万円となっている(A型事業所は障害者と雇用契約を結び、最低賃金を支払わなければならないが、B型事業所はその必要はない)。厚生労働省は賃金の一層の向上を目指し、工賃倍増計画(工賃とは、A型事業所やB型事業所での障害者の月額賃金)や工賃向上計画を勧め、関係者も努力を重ねることで、工賃は近年緩やかな上昇傾向にあるがまだまだ低い状況にある。つまり、障害者は働く場を求め、さらにより高い賃金の仕事が必要となっている。

農福連携の取り組みパターン

こうした状況下で、最近、A型事業やB型事業を実施する障害福祉サービス事業所が、地域で農地を借りたり購入し、農業生産に取り組むところが増えている。

こうした取り組みを国も支援してきた。とくに農林水産省が、「農山漁村振興交付金」を整備し、福祉農園の設置を勧めるNPO法人や社会福祉法人などにハード整備の補助や人材育成などのためのソフト整備の補助を行った。そして取り組みを一層普及するために、厚生労働省は、「農福連携による障害者の就農促進プロジェクト」として都道府県が行う意識啓発のためのセミナーやマルシェの開催、コーディネーターや農業技術など専門家の派遣、これらのための事務経費などをみる助成金を整備した。また障害者就労支援に取り組むNPO法人日本セルプセンターなどの全国団体も農福連携や交付金などについてPRを行った。その結果、福祉サイドを中心に農福連携が広がっていった。

そしてこの2、3年で、広がりつつあるのが農家や農業法人からの障害福祉サービス事業所への農作業委託である。農家などの農地へ障害者がスタッフと訪れ、農作業を行うというものだ。この他農家などが障害者を雇用する取り組みもあるが、その数はまだ多くない。

農福連携の国民運動へ

2019年4月には内閣府に農福連携等推進会議が設置され、6月には「農福連携等推進ビジョン」が掲げられ、内閣府・農林水産省・厚生労働省・文部科学省・法務省が構成員となり、農福連携の普及を国、地方自治体、農業関係者、福祉関係者、教育関係者、企業などが進めることとなった。これにより現場から国までが一体となり、取り組むこととなった。秋には障害者が主体的に生産した農産物やその原料を利用した加工食品を認証する新たなJAS(日本農林規格)がスタート。こうして農福連携は福祉関係者や農業関係者だけでなく、一般の人びとやさまざまな関係者へ周知されることとなった。

農福連携から農福+α連携へ

農福連携は、「農」が林業・水産業・エネルギー産業に広がり、「福」は障害者だけでなく生活困窮者・生活保護受給者・要介護認定高齢者・ニート・ひきこもり・出所受刑者など(著者はこうした社会的に不利な立場にある人びとを「キョードー者(協同、共同、協働、共働する人々)」と定義)にも広げることができる。今、こうした取り組みを進めようとする動きが出てきている。現場では林業(狭義の意味では林福連携)や水産業(狭義の意味では水福連携)での取り組み、厚労省は農業活動を通じた生活困窮者・要介護認定高齢者・ニート、法務省は受刑者や出所受刑者などの支援に積極的に取り組もうとしている。

そしてこれから期待されるのが農福+α連携の取り組みである。これにはさまざまな連携のカタチがあり、農福工業連携、農福商工連携などがある。例えば、障害福祉サービス事業所が生産した農産物を地域の食品加工業者が購入し加工する。あるいは農家が生産した農産物を事業所がOEM(委託者のブランド名での製品生産)で加工する、事業所が生産した農産物を自ら加工し販売する、などだ。

この他、農福観光連携、農福教育連携、農福環境連携などもある。農福観光連携は、事業所が地域農産物を利用したレストランを運営し観光客を呼び込む、農福教育連携は、農業生産を行う障害者が総合学習の一環で子供に農業を教える、といったことなどがある。

農福環境連携そして「里マチ」へのススメ

農福環境連携としては、次のようなことが考えられる。①事業所が耕作放棄地となった水田を再生させる、②事業所が林福連携を行う、③事業所がバイオマスエネルギー発電を行うなどである。これらの取り組み数は、まだまだ少ないが徐々に生まれつつある。例えば、神奈川県では事業所の障害者が広葉樹の苗木を実から育て、植林し、下草刈りを行い、東日本大震災の被災地での植林、人工林から広葉樹への全国の転換活動などに貢献している。

より大きな視点で考えると、わが国の国土は68%が森林であり、この森林の再生・保全に社会的弱者であるキョードー者が取り組めば、森林・海・川・農地等国土の保全に貢献することが可能となる。キョードー者が第一次産業、そして衣食住やエネルギーを支え、さらには環境を保全するのである。こうしたことが可能となる社会を実現するにはまずは農福連携を行い、農福+α連携へ発展させていくことが重要となる。

農福連携の思想は、実は日本固有の思想、「八百万の神」思想(「すべてが神=いのち」)がベースにある。農福+α連携によって、人間と自然が共生、すべての人間が共生する地域=「すべてのいのちが輝く地域」を目指すのであり、その地域が「里マチ」(濱田健司『農福連携の「里マチ」づくり』鹿島出版会)となる。

農福環境連携は、人間と自然が共生する新たな地域、社会をつくるために重要な取り組みである。ここから人間と自然が共生する新しいカタチを生み出すことができるであろう。

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