21世紀の新環境政策論~人間と地球のための持続可能な経済とは第36回 SDGs経営はビジネスを変えるか

2019年07月16日グローバルネット2019年7月号

京都大学名誉教授
松下 和夫(まつした かずお)

はじめに

SDGs(持続可能な開発目標)は、2015年9月に国連総会で採択された2030年に向けた環境・経済・社会についての世界の目標である。同年12月に採択された「パリ協定」と相まって、国際社会のビジョンを示し世界を大きく変える「道しるべ」となっている。とりわけビジネスの世界では、経営リスクを回避し、新たなビジネスチャンスを獲得して持続可能性を追求するためのツールとして注目を集めている。

パリ協定とSDGs:産業界の動向

パリ協定は、2020年以降の温室効果ガス排出削減等のための国際枠組みであり、産業革命前と比べて気温上昇を2℃よりも十分低く、さらには1.5℃以内に抑えることを目指す目標を掲げている。これは、21世紀後半には温室効果ガス排出をネット(排出量と吸収量差し引き)でゼロにし、現在の経済社会の脱炭素社会への大転換、そして究極的には化石燃料依存文明からの脱却を意味する。

一方、SDGsは、2015年が最終目標年となっていたMDGs(ミレニアム開発目標)を引き継ぎ、経済発展、社会的包摂、環境保全の3側面に統合的対応を求める2030年を年限とする17のゴール(国際目標)を設定している。

産業界でも、日本経済団体連合会では、2017年11月、会員企業に向けた行動指針「企業行動憲章」にSDGsの理念を取り入れた改定を行い、SDGsに示されている社会的課題の解決に企業も積極的に取り組むことを促している。また会員企業が自社だけでなく多様な組織との協働を通じ、持続可能な社会の実現に向けて行動することを推奨している。

日本化学工業協会では、2017年5月に化学産業SDGsビジョンを策定し、革新的技術・製品・問題解決力を生かし、更なる発展に向けた事業活動と持続可能な開発への貢献の両立を目指している。

SDGsが提起する新たなビジネスの在り方

1990年代以降、気候変動をはじめとした環境問題への取り組みが企業に求められるようになり、「企業の社会的責任(CSR)」という用語が一般的になった。最近では、企業経営を経済性・社会性・環境性の三つの視点から考えることが企業の持続可能性に必要であるとの認識から、投資の意思決定においてそれらを重視する「ESG(環境・社会・ガバナンス)投資」が広がっている。

2015年のSDGsとパリ協定の採択によって、持続可能な社会に向けた企業の役割はますます大きくなり、特に経営リスク回避と新たなビジネスチャンス獲得による持続可能性を追求するツールとして、SDGsの活用が注目を集めている。

SDGsは、今やビジネスの世界での「共通言語」になり、そのゴールを達成するために、個別企業でも取り組みが広がっている。特に、世界展開する大企業では、バリューチェーン全体の見直しを始めており、関連サプライヤーにも影響が広がる。SDGsの普及とともに、市場や取引先からのニーズとして、SDGsへの対応が求められ、投資条件として、収益のみでなく、SDGsへの取り組みも評価される時代になっている。

SDGsの活用により広がるビジネスの可能性

企業を持続可能なものとするためには、環境の持続可能性を意識した取り組みの実践が必須だ。事業活動が環境に与える影響を把握することで、潜在的リスクを把握し、新たなビジネスチャンスを見つけることもできる。例えば、気候変動や生物多様性の損失は、リスクであると同時に、他社との差異化を図りビジネスチャンスにつなげる機会でもある。

SDGsは、社会が抱える課題を包括的に網羅しており、企業はリスクとチャンスに気付くためのツールとして用い、SDGsへの取り組みで、リスクをチャンスに変えることができる。

企業は消費者を含めたさまざまなステークホルダーと連携し、SDGsの実現に向けた積極的な取り組みの実施により、目標達成への貢献が期待されている。すでに取り組みを始めている企業では、CSR報告書においてSDGsと自社事業の関連性について言及するなど、具体的な活動を始めている。

SDGsは市場に変化をもたらし、SDGsを無視した事業や活動は長期的に成り立たない。SDGsのゴールやターゲットの達成の模索はイノベーション促進の可能性を持っている。SDGsはグローバルな取り組みだけでなく、企業の事業そのもの、日常業務における節電や節水、社員の福利厚生など、企業活動すべてとつながっている。SDGsのゴールとターゲットから、自社の取り組みとのつながりを確認し、そこから、自社の強みを改めて見直し、SDGsに示された課題を解決する潜在能力に気付くことができる。また、持続可能な会社にするためには、今の社会のニーズだけでなく将来のニーズも満たすような事業展開が必要だ。

図 SDGs の活用によって広がる可能性
出典:「SDGs 活用ガイド」(環境省、2018)

企業がSDGsに取り組むステップ

企業がSDGsに取り組むステップとしては、「SDGs Compass」(2016)を参照できる。これは以下のステップで、SDGsにアプローチする段階を紹介している。

  1. SDGsの理解:SDGsについて社員が知る。
  2. 優先課題決定:自社の事業のバリューチェーンを作成し、SDGsの17の課題にプラス/マイナスの影響を与えている可能性が高い領域を特定し、事業機会や事業リスクを把握。
  3. 目標設定:目標におけるKPI(主要業績評価指標)の設定。
  4. 経営への統合:設定した目標や取り組みを自社の中核事業に統合し、ターゲットをあらゆる部門に取り込む。
  5. 報告とコミュニケーション:SDGsに関する進捗状況を定期的にステークホルダーに報告し、コミュニケーションを行う。

おわりに

本年9月にはSDGs採択後初めて国連で進捗を評価し、課題を検討する首脳会合が開かれる予定であり、SDGsのさらなる広がりが期待される。今後企業がSDGsに取り組む際には、以下の視点が重要だ。

企業はSDGsをビジネスの芽として捉え、事業の強化、拡大、さらには新しい事業展開をし、社会貢献にとどまらず、本業を通じたSDGsへの貢献(すなわち「SDGsの本業化」)が求められている。持続可能な社会の構築には、中核的事業と併せて、市場環境を整備するための取り組みや、社会貢献性の強い事業に関わる活動を進めることも重要だ。

こうした活動がコストではなく投資と見なされるためには、野心的な中長期の経営計画や戦略の中にSDGsの要素が組み込まれていることが必要だ。さらには会社の存在意義を示す企業理念に根差した企業活動とSDGsが結び付くと、社会の中での役割がより明確になり、社員の仕事への強いコミットメントも生まれる。また、経営トップのリーダーシップ、社内外での対話とパートナーシップ、企業理念に立ち返ることが本業化を進める鍵である。

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