つなげよう、支えよう森里川海第23回 森里川海からはじまる地域づくりシンポジウム~「地域循環共生圏」の創造に向けて ~
2019年05月15日グローバルネット2019年5月号
いであ株式会社 国土環境研究所 環境技術部
幸福 智(こうふく さとし)
環境省では、地域循環共生圏の構築に関する試行を10の実証地域で実施し、全国で地域循環共生圏の構築を展開するための手引き作成等を行うことを目的とした「地域循環共生圏構築検討業務」を2016年度から実施してきました。そして、この成果を報告し、今後に向けた議論を行うためのシンポジウム「森里川海からはじめる地域づくりシンポジウム~「地域循環共生圏」の創造に向けて~」が、2019年3月12日、延べ180人程度の参加を受けて開催されました。
この中では、まず全国10の実証事業で実施されてきた取り組みの内容に関する説明があり、次に環境省自然環境局自然環境計画課の岡野保全再生調整官から、シンポジウム開催同日に公表された「森里川海からはじめる地域づくり 地域循環共生圏構築の手引き」(環境省)について、その概要が説明され、最後に以下の登壇者によるパネルディスカッションが行われました。
このパネルディスカッションでは、今後の地域循環共生圏の全国展開に向けて、いくつもの重要な示唆がありましたので、本稿でご紹介します。
●パネルディスカッションの構成
パネルディスカッションは、「森里川海を生かした『地域循環共生圏』の創造に向けて」をテーマに展開されました。前半は人づくり・組織づくりや経済的仕組みづくり等の個別論点を中心に、後半はより広い視野に立って「地域循環共生圏によって目指す社会像」を中心に議論が展開されました。
登壇者(敬称略):
- 東京都市大学環境学部 特別教授 涌井史郎(コーディネーター)
- 三井住友信託銀行 経営企画部サステナビリティ推進室 審議役 石原博
- NPO法人持続可能な社会をつくる元気ネット 事務局長 鬼沢良子
- 公益財団法人日本生態系協会 事務局長 関健志
- 東京農業大学農山村支援センター 竹田純一
- 環境省 大臣官房審議官 鳥居敏男
●人づくり・組織づくり
まず最初に大きな話題となったのは、「人づくり・組織づくり」です。人づくり・組織づくりを考える際、組織の中核を担うコア人材・育成は取り組みの成否を決める肝である一方、正解と言える方法もなく、10の実証地域でも大きな課題となっていました。
シンポジウムの中で印象に残ったのは、「地域ではとくに女性の人材に活躍の余地があり、女性に着眼した人材発掘・育成が効果的」という鬼沢氏からのアドバイスです。実際、10の実証地域の中でも、鹿島市をはじめとして多くの地域で女性に着眼した人材発掘・育成が進められ、成果を上げていますし、後述の持続可能な開発目標(SDGs)の観点からも合理的と考えられます。
●経済的な仕組みづくり
次に話題となった「経済的な仕組みづくり」は、環境・社会・経済の同時解決が重要なコンセプトの一つとする地域循環共生圏の中でも、高度な検討を要する要素です。これについては、金融機関で活躍しておられる石原氏からの以下のアドバイスが印象に残っています。経済的仕組みと一言で表しても、その内容は多岐にわたります。目的や位置付けをしっかり整理して取り組みに着手することで、地域の活動に合った経済的仕組みを選ぶことに結び付くものと考えられます。
- 経済的な仕組みには2種あり、理解と使い分けが重要である。
①活動資金を集めるための仕組み
②付加価値を付け、物を高く売るための仕組み
- 仕組みづくりは大きく三つのステージに分けられる。
1ステージ:プラットフォームの運営資金を確保する(事業構想を落ち着いて考えるため)。
2ステージ:事業の立ち上げ資金の獲得。
3ステージ:持続的にそのプロジェクトや事業を継続させるための経済的仕組みを考える。
●森里川海を通してどんな社会を目指すのか
人づくり・組織づくり、さらには経済的仕組みづくりは、いずれも目的を達成するための手段です。では、どのような目的、つまり森里川海を通してどんな社会を目指すのでしょうか。
そこで議論の中心に上ったのが「SDGs」でした。前述の手引きでも言及されていますが、地域循環共生圏はSDGsと非常に関わりが深く、地域循環共生圏に取り組むことはSDGsに貢献していると言うこともできます。またこの中で、女性の活躍が促進できれば、SDGsへの貢献に向けて、さらなる相乗効果を生むことができます。
また、企業もSDGsに大きな関心を寄せています。SDGsに貢献していることが明らかな企業は、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資の考え方に基づいて、機関投資家から高い企業価値を有していると評価されます。つまり、SDGsに貢献する地域循環共生圏のプロジェクトに企業が参加することは企業価値を高めることにつながり、企業にとっても参画に向けた大きなモチベーションになります。
その中でも、コーディネーターである涌井氏の以下の発言が筆者の印象に強く残っています。「SDGsの究極の目標は、誰もが取り残されないように、誰もが幸せになれるような社会をどう構築していくのかということである。その中で自然共生と再生循環を歴史の中で目指してきた日本が、世界に対して、こういうライフスタイルがあるんだよということを発信していく。そういう形で地域をもう一回見直しをしていくということがこの地域循環共生圏の上では大変重要なのではないかという気がする」。
SDGsにしても、地域循環共生圏にしても、究極は「みんなが持続可能で幸せな社会をつくっていく」という点にあるのだと思います。その中でも地域循環共生圏では、自然資本をベースにして、技術だけではなくわが国の商習慣、生活文化を含めたイノベーションを目指しているのだと、このシンポジウムを通して再認識したところです。
実際、実証事業の効果を検証していく中で、地域循環共生圏のプロジェクトに関わっている人は、そうでない人と比べて平均的に幸福度が高いという結果が得られました。「SDGsを旗印に、地域循環共生圏という概念を使って、全員が豊かで幸せな社会を目指していこう」というのが、このシンポジウムから発信された重要なメッセージだったのだと思います。
●本格展開に向けて地に足の着いた取り組みを
今回のシンポジウムは、「森里川海からはじめる地域づくり 地域循環共生圏構築の手引き」のお披露目があり、今後の地域循環共生圏の展開に向けた深い議論がなされたという観点からも、まさに「本格展開に向けたキックオフ」ともいえるものでした。今後は、地道に全国で地に足の着いた取り組みを増やしていくことが重要です。とくに現時点では、産業界も巻き込んだ取り組みへの発展が課題であり、私たちも産業界の一員として、知恵を絞っていきたいと思っています。