特集/生物多様性の主流化は進んでいるのか~生物多様性条約COP14を終えて~生物多様性に配慮する消費の主流化に向けて

2019年02月19日グローバルネット2019年2月号

生物多様性かんさい 代表世話人
宮川 五十雄(みやがわ いそお)

2018年11月に生物多様性条約第14回締約国会議(COP14)が「人間と地球のための生物多様性への投資」をテーマとして、エジプトで開催されました。生物多様性の保全と持続可能な利用のためには、生物多様性をさまざまな社会経済活動の中に組み込む「主流化」が求められています。COP14では今後に向けてどのような議論がされたのか。また、企業がどのように生物多様性の主流化に取り組み、消費者はどのように取り組むべきか、事例を紹介しながら考えます。

 

 

地域愛を込めて申し上げるのだが、関西の消費者は、かなり、うるさい。とくに、食べ物のこととなると、「高くてうまいのは当たり前。安くてまずいのは論外。安くてもうまいもんに出会って初めて、何でなん?と興味が湧く」などと、ややこしいことを主張してはばからない。だがその同じ地域の人たちが、千年以上にわたって、街から見える風景に四季の移ろいを感じ、目にもおいしい和食文化を育み、繊細なおもてなしの心を磨いてきたのである。

グローバルな消費活動の中で生物多様性の主流化を目指すとき、実はこの「感受性豊かで、少々うるさい消費者」を抱える関西の市場は、格好の試金石ではないか、と強く感じる。そんな関西で支持を広げる事例に触れながら、生物多様性に配慮する消費行動のカギを探してみたい。

「単なるエコ」は売れない?

20年ほど前、ある先輩に「関西では『単なるエコ』は売れない」と教えられた。私にとって、この一言はカルチャーショックだったが、今になってみると、とても的を射た指摘だったと感じる。

「この商品はエコなんだから、高いけど買ってください」などという売り口上は、やはり関西の人たちにとって、とても格好悪いし、うさんくさいのである。

ところが、兵庫県北部、豊岡市から始まった「コウノトリ育むお米」は、2003年に0.7haの作付栽培で始まったものが、2018年には465ha、生産数量1,655tにまで拡大し、関西圏のスーパーマーケットでごく普通に手に入る環境配慮型農産物として定着している。

コウノトリはスターだから米が売れる?

コウノトリの野生復帰事業は、2005年に初めて野外放鳥され、一気に全国の話題をさらった。コウノトリ育むお米も、そこで一気に注目された。これにリードされるように、2010年頃には、相前後してゲンゴロウ、ホタル、メダカ、サシバ(野鳥)など、地域の自然を象徴する生きものを冠するいわゆる「いきものブランド米」が各地で流通し、話題になった。

しかし、お茶の間の消費者にとってコウノトリを応援する方法は、ワイドショーを見て「頑張れ~」とつぶやくだけでも、そこそこ満足できるのである。現に、多くの絶滅危惧動物は、茶の間で「かわいそうね」とつぶやかれるだけで、次の瞬間には忘れ去られている。

でも、コウノトリ育むお米は、生産者の本気を引き出し、消費者の消費行動にも結び付いている。それはなぜだろうか。

ネット販売、視察ツアー、市民活動との協働

一つのポイントとして、地元の農協(JAたじま)は、早くからネット通販体制を整えた、と振り返っている。これは、全国のお茶の間の「頑張れ~」を、その熱が冷めないうちに消費行動に結び付ける工夫で、地方の農協としては画期的な取り組みであった。

それと並行して、生協や大手スーパーなどが主催する大小さまざまな視察ツアーも、積極的に受け入れた。これには、行政や農協だけでなく、地域住民なども積極的に協力している。NPO法人コウノトリ市民研究所では、毎月開催の「田んぼの学校」に積極的に内外の参加者を受け入れてきたほか、小学校への出前講座や、行政と連携した豊岡市全域のいきものマップづくりなど、コウノトリ保全の土台を支える市民参加型のいきもの調査や普及啓発に地道に取り組んできた。こうした活動は、都市住民だけでなく、地元農家への説得力にも結び付いている。

農家のモチベーションを支える

実は、生産者のモチベーションを保つことが最も難しい。全国的に一次産業の不振と後継者不足が進む中、一般の農家は、農業と環境保全の両立に懐疑的である。

これに対して、いきものブランド米の成功事例では、慣行農法の1.1~1.3倍の価格でも買い支えてくれる消費者を獲得している。生産者にとっては、これは金銭的メリットにとどまらず、「精神的な買い支え」ともいえるもので、消費者との連帯感を身近に感じられる大切な要素となっている。

生産者への継続的な技術支援

また、主流化には段階的な技術課題の克服が必要だが、個々の農家の自助努力には限界がある。

滋賀県では、琵琶湖の淡水魚が水田に産卵する風景を取り戻そうとする「魚のゆりかご米」という取り組みを展開している。ここでは、湖からの魚の遡上を阻害する水路の構造が課題となるが、県は、比較的簡易な技術(場所によっては、間伐材で農家が手作りもできるような設備)を提案しつつ、博物館や市民がモニタリングすることで成果を共有し、普及を後押ししている。

コウノトリ育むお米では、生きものを豊かにする技術として「冬期湛水」や「深水管理」が実践されているが、「深水管理」によって生じる新たな技術課題として、従来の田植え機では苗が沈んでしまう水田があり、農家が手植えで補っていた。これに対し、豊岡市は県外の農機メーカーと技術提携し、従来より丈の高い苗を植え付ける特殊な田植え機の貸し出し実験を始めている。

筆者の住む丹波地域に飛来した、豊岡市生まれのコウノトリ

生産者と消費者との好循環

「コウノトリ育むお米」の生産者の努力は、第20回米・食味分析鑑定コンクール(2018年11月)で、都道府県代表お米選手権の特別優秀賞に到達した。環境配慮型農法は、慣行農法の化学肥料や農薬使用を控え、水位管理の時期まで変えてしまう。その代償として、収穫量が少なく、食味を安定させるのも難しいのではないか、といわれてきた。だがこの受賞によって、堂々と「とにかくおいしいから食べてよ。ついでに、ここの田んぼに来るコウノトリのことも聞いてくれるかな」などと、粋な口上が述べられるのである。ここまで来ると、関西の消費者としては、この生産者の心意気ごとひいきにしたくなるし、ぜひとも誰かにお薦めしたくなる。

倫理と情熱の好循環

持続可能な開発目標(SDGs)に対する企業の関心も高まり、エシカル(倫理的な)消費という考え方が、女性誌などでも取り上げられるようになった。今後、そうした倫理的な消費志向も、企業の生産活動や調達基準に織り込まれ、数値目標化される日が近いだろう。また農業分野では、GPSやAIを搭載した無人トラクターやドローン、自動水位管理システムなど、徹底した無人化技術が次々に実用化されている。在宅で子育てする女性でも、遠隔操作でデータ管理し、農業経営ができる、という。

だが、そうやって理想的に数値管理された農産物に対して、私たちは「コウノトリ育むお米」に対するような思い入れを持てるか?

今のところ、私個人は「No!」である。確かに私は、なるべく愛着ある生きものに配慮して消費したい。だが、「A社の最高の無人管理システムで田んぼの生きものが5%増加しました」などと言われても、いまいち感情移入できないと思う。生きものは増えるかもしれないが、どこかしら、生産者に置き去りにされた気持ちになるのである。

生物多様性への配慮には、生産者と消費者の双方に倫理的な気付きと情熱が必要だが、それらがうまくかみ合って強い連帯感に変わることこそ、その後の好循環が回り出すためのラストピースだろう。

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