INSIDE CHINA 現地滞在レポート~内側から見た中国最新環境事情第50回 環境公益訴訟の進展

2018年10月16日グローバルネット2018年10月号

地球環境研究戦略機関(IGES)北京事務所長
小柳 秀明(こやなぎ ひであき)

環境保護法改正で大きく前進

2014年に全面改正された環境保護法(2015年1月から施行)では、民事訴訟法の規定を補う形で新たに環境公益訴訟に関連する規定を設けた。公益訴訟とは簡単に言えば、損害行為と直接的な利害関係のない主体が公共の利益を守るために提起する訴訟である。新環境保護法では第58条で次のように規定した。

「環境汚染、生態破壊、社会の公共利益に損害をもたらす行為に対して、下記の条件に当てはまる社会組織は、人民法院に訴訟を起こすことができる。 (一)法に従い区を設けている市級以上の人民政府民政部門に登記。 (二)環境保護公益活動に専門的に連続5年以上従事しかつ違法記録がない。

前項規定に合致する社会組織が人民法院に訴訟を起こす場合、人民法院は法に従いそれを受理しなければならない。訴訟を起こした社会組織は、訴訟により経済的利益を強く追及してはならない。」

実はこれ以前に、2012年の民事訴訟法改正時に民事環境公益訴訟制度に関する規定が追加され、第55条で「環境を汚染し多くの消費者の合法的権益侵害など社会公共の利益を損なう行為について、法律が定める機関および関係社会組織は人民法院に提訴することができる」と定められていた。新環境保護法では原告の資格を持つ主体(関係社会組織)をより具体的に明確化し、訴訟を起こすことができる原告適格を明らかにしたことにより以降提訴が行われやすくなった。

環境公益訴訟案件の概況

まず、以下に紹介する内容は最高人民法院司法判例研究院の報告(『法律適用・司法判例』2017年06期)に掲載されたデータから引用していることをお断りしておく。これによると新環境保護法が施行された2015年1月1日から2016年末までの2年間に、全国の法院(日本の裁判所に相当)が受理した環境公益訴訟案件の合計は196件であり、そのうち84件が結審した。

【起訴当事者】

社会組織が提訴した案件が122件(うち64件結審)で、検察機関が提訴した案件74件(うち20件結審)の倍近くになっている。この差は検察機関による提訴が2015年7月以降に整備されたことによる。

提訴した社会組織は中国生物多様性保護・緑色発展基金会、自然の友環境研究所、中華環境保護連合会、中華環境保護基金会、貴陽公衆環境教育センター、鎮江市環境科学学会、福建省緑家園環境友好センター、広東省環境保護基金会、上海市環境科学研究院など合計15の組織であり、このうち上述の前から四つの組織がそれぞれ10件以上提訴している。現在までに全国で条件にかなう(提訴の資格を満たす)環境保護社会組織は合計700団体あまり存在するが、今のところ提訴しているのは一部の団体に偏っているといえる。

【案件の地方分布】

ほぼ全国に分布しているが、江蘇省40件、貴州省28件、寧夏自治区16件、雲南省14件、福建省11件、広東省11件、山東省10件が目立っている(その他の地域は10件未満)。

>【案件の類型】

受理された185件の一審環境公益案件(11件は二審案件)のうち、環境民事公益訴訟案件は133件、環境行政公益訴訟案件は51件、環境行政付帯民事公益訴訟案件は1件であった。

【提訴案件の対象環境要素】

社会組織が提訴した環境民事公益訴訟に係る環境要素は、水41件、土壌23件、大気17件、廃棄物8件、採石5件、複合汚染14件(水・大気5件、大気・土壌4件、水・土壌4件、水・大気・土壌1件)などとなっており、水を対象としたものが50件を超えている。その他の環境要素では、採鉱、林木、絶滅危惧植物、海洋、汚泥汚染、文化財などがあった。

大気汚染公益訴訟案件の初結審事例

2015年3月に中国で初めての大気汚染に係る公益訴訟案件が受理され、2016年7月に一審判決が出された。先例となる興味深い事例なので少し詳しく紹介したい(以下の内容は新華社の記事に基づく)。

【判決の概要】

2016年7月20日山東省徳州市中級人民法院(写真)は、原告中華環境保護連合会と被告徳州晶華集団振華有限公司(以下、「振華公司」)の大気環境汚染責任紛争公益訴訟事案について、法律に基づき公開で一審判決を行い、被告の振華公司は基準を超過して汚染物質を排出したことによる損失2,198.36万元(約3億6,000万円)を賠償し、これを徳州市の大気環境質の修復に用い、そして省レベル以上のメディアで社会に向け謝罪することを内容とする判決を出した。また、原告の中華環境保護連合会のその他の訴訟請求は棄却した。

山東省徳州市中級人民法院(出典:百度百科)

【審理等の経過】

徳州市中級人民法院は2015年3月24日に法律に基づき立案受理し、同月25日に事案受理状況を公告した。被告の振華公司の基準超過排出がもたらした損失を証明するため、2015年12月、原告の中華環境保護連合会は環境保護部環境規画院と技術コンサルティング契約を締結し、同規画院に振華公司が排出した大気汚染物質が公私財産にもたらした損失の数量などについての鑑定を委託した。2016年6月24日、徳州市中級人民法院は法律に基づき合議制法廷を構成し、公開で開廷して審理を行った。

被告の振華公司は2000年に創立され、徳州市徳城区の市街地に位置し周囲の多くは住宅地であった。裁判所の審理を通じて、同社の経営内容は電力生産、板ガラス、ガラス空洞ブロック、ガラスの高度加工、ガラス製品製造などであることが明らかになった。

徳州市環境保護モニタリングセンターのモニタリング結果によれば、2013年11月、2014年1月、5月、6月、11月、2015年2月に、振華公司が排出した二酸化硫黄、窒素酸化物およびばいじん・粉じんが基準を超過して排出されていた。その間、徳州市環境保護局と山東省環境保護庁は5回にわたり振華公司に対し行政処罰を行った。2015年3月23日、徳州市環境保護局は振華公司にすべての生産の停止と整備、基準超過排ガス汚染物質の排出停止を命じた。3月27日、振華公司の生産ラインはすべて放水して生産を停止し、そして他の場所への工場敷地の移転を準備した。

2016年5月、環境保護部環境規画院環境リスクと損害鑑定評価研究センターは、法院が提出した証拠に基づき評価意見を提出した。鑑定の結論によると、被告企業が鑑定期間に基準を超過して大気中に排出した二酸化硫黄は合計255t、窒素酸化物は合計589t、ばいじん・粉じんは合計19tであった。単位汚染対策コストをそれぞれ0.56万元/t、0.68万元/t、0.33万元/tで計算すると、生態環境損害額は汚染対策コストの3~5倍であると仮定して、本評価意見ではパラメーター5を採用して計算するとそれぞれ713万元、2,002万元、31万元となり、合計2,746万元と見積もられた。

関連規定に基づき、仮想汚染対策コスト法を利用して算出した環境損害は生態環境損害賠償の根拠とすることができることとされている。被告の振華公司が所在する環境大気2類区の生態損害額は仮想汚染対策コストの3~5倍であり、法院は仮想汚染対策コストの4倍での生態損害額計算、すなわち2,198.36万元を認定した。

この事案では、行政が積極的に協力して被告の汚染物質排出状況に係るモニタリングデータを提供していること、鑑定の専門組織もできて生態環境損害額の算定方法なども整備されていることに注目される。環境公益訴訟分野でも中国の進展は加速してきている。

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