ホットレポート中国、世界最大規模CO2 排出権取引市場の設立へ

2018年10月16日グローバルネット2018年10月号

千葉大学人文公共学府 博士後期課程
張 暁芳(チョウ ギョウホウ)

2015年にパリ協定が採択されて以来、全世界的な気候変動問題への取り組みが進められつつある。中でも、中国が果たす役割は大きい。2015年の世界全体の二酸化炭素(CO2)排出量は322.94億tで、その28%に当たる90.84億tが中国により排出された。中国の一次エネルギー投入量の70%が石炭で占められており、GDP1ドル当たりのCO2の排出量は日本の1.8倍となっている。このように、中国では、CO2の削減余地が残されている。

このような状況において、中国の気候変動政策が大きく変わりつつある。2013年からCO2排出権取引制度のパイロット事業が実施され、この事業を踏まえて、2017年12月には2018年から全国の発電事業を対象としてCO2排出権取引制度を展開することが発表された。この制度の対象となるCO2総排出量は30億tであり、中国全体のCO2排出量の3割を占める。その規模は欧州連合域内排出権取引制度(EU-ETS)を上回り、中国に世界最大規模のCO2の排出権取引市場が生まれることとなる。本稿では、この政策転換の背景を分析した上で、本制度の実施によって期待できる効果や今後の課題を検討する。

全国規模のCO2排出権取引制度を導入する背景

中国は、2009年12月にコペンハーゲンで開かれた第15回気候変動枠組条約締約国会議(COP15)において、2020年までにGDP当たりのCO2排出量を2005年比で40~45%削減するという目標を発表した。また、2011年3月に策定された第12次5ヵ年計画(2011~2015年)では、「低炭素製品の標準、ラベルや認証制度を設定し、健全な温室効果ガスの排出系統計算制度を設立する。徐々にCO2排出権取引市場を建設する」という方針が打ち出された。

これらを背景として、中国政府は2013年から2014年にかけて、北京市、天津市、上海市、重慶市、深セン市、湖北省、広東省の七つの主要省・市でCO2排出権取引制度パイロット事業を開始した。さらに2016年末から、福建省をパイロット事業対象地域に加え、対象地域を八つに拡大した。

これらの対象地域は産業構造が異なるため、対象となる業種も多少異なる。対象企業の過去の排出量に応じたグランドファザリング方式や業界ベースラインに基づくベンチマーク方式のどちらかで割当量配分が決定され、すべて無償か一部有償で対象企業に与えられる。余剰排出枠については、市場に販売することが可能で、将来へのバンキングも認められる。一方、将来の排出枠を先取りして使用することは禁止されている。データの信頼性を向上させるため、各省・市は排出量の算定・報告・検証(MRV)制度を導入した。政府から資格を得た第三者機関により検証が行われる。また、削減義務の履行確保策として、各地域の行政法に基づく罰金、不履行の公表、補助金や融資の支援策の強化などが実施されている。各対象地域の削減義務の達成度(2016年)は、最高は100%、最低は77.8%、地域によって履行率の差が存在する状況である。一方、重慶市の情報は公開されていない。

このパイロット事業の成果について、国家発展改革委員会(日本の省に相当:以下、「発改委」)気候司司長の李高氏は、「2017年11月の時点で、対象地域の排出量取引総量は約2億tで、取引総額は46億元(598億円)を超えた」と紹介した。このように2013年度から始まったパイロット事業はおおむね成功している。

さらに、2015年12月にパリで開かれたCOP21において、「パリ協定」が採択され、中国も2030年までにGDP当たりのCO2排出量を2005年比60~65%削減するという目標を公表した。翌年、2016年9月3日、中国の国会に当たる全国人民代表大会は、締結を承認し、批准を認めた。

以上のように、2013年からの国内パイロット事業の成功と、パリ協定を通じた国際的な約束の履行の2点から、中国政府は全国CO2排出権取引制度を導入することを決めたと考えられる。

全国CO2排出権取引制度の概要

2017年12月19日に中国最高行政機関国務院の許可を得て、「全国二酸化炭素排出権取引交易市場建設方案(発電事業)」(以下、「方案」)が発改委より発表された。方案によると、年間エネルギー消費量がCO2換算2.6tを超える発電事業者(自社用発電を含む)が対象となる。この基準に達する企業数は、約1,700社だとされる。総排出量は30億t、中国全体の排出量の3割を占める。この規模はEU-ETSの17.92億t (2018年)を上回り世界最大規模となる。

今回の対象産業は発電事業のみとなっている理由について、発改委気候司司長李高氏は、「発電事業者のデータベースが他の産業より良い、産業内の構成が比較的に単一であることである。また、管理や実施状態の確認、排出枠の配当にとって便利な産業だと考えられているからだ」と説明した。

今回発表された全国制度(発電事業)の本格的な運営に向かってのスケジュールは次の通りである。まず、第一期には、2018年から1年程度をかけて全国データ情報収集システム、対象企業の情報登録などの管理システムの構築作業を行う。そして、第二期には、2019年から1年程度で試行交易を行い、CO2排出額の配分の適当性、市場のリスクなどについて検証し、調整する。第三期には、2020年から本格的な運営を開始する見通しだ。

今後の展望と課題

最後に、この制度の今後の見通しと課題を整理しておこう。まず、本制度の実施による中国国内での効果については、以下の4点を挙げることができる。第一に、CO2排出量の削減である。対象となる排出量は中国総排出量の3割を占め、制度進行の順調さが効果に影響することもあるが、長期的に見ると、今後、中国におけるCO2の排出量は減少する傾向があると考えられる。第二に、企業の環境意識の育成である。対象企業は配分された排出枠内に排出量を抑えるように考慮する必要があるため、企業の環境意識が高まることが期待できる。第三に、クリーン産業の育成である。本制度の実施により、中国電力供給の柱とされる石炭火力発電企業に排出量の上限が定められ、中国政府は、経済発展に支障が出ないように電力の供給を確保するために、他の代替エネルギーへ転換する可能性がある。第四に、外貨の獲得である。深セン市では、2014年に中央政府の許可を得て、海外の投資者が深セン市のCO2排出権取引市場に直接参加することを認めた。今後、各地域における取引制度の成熟度が高まって行くとともに、海外からの買取が許可される地域が増加する可能性がある。そして、対外効果については、主に国際社会における評価の高まりである。2017年6月1日、米トランプ大統領は米国がパリ協定から離脱することを表明し、米国内や国際社会から非難の声が上がった。一方、パリ協定に参加する中国にとっては、国際社会における評価を高める機会となり得る。

本格的な運営に向けた課題としては、以下の2点を挙げることができる。第一に、データ情報の公開である。市場最大の排出権取引市場となった中国は、海外からの市場投資を獲得するには、データ公開の必要性が求められよう。重慶市のように、公開期限が過ぎても、履行状況を公開しない地域があったならば、投資側への説明責任を果たせない。第二に、地域間の排出枠に関する適切な配分基準の設定である。中国では、地域によって産業が異なるため、排出枠の配分に地域格差が生じることが想定される。このため、削減目標の達成には適切な排出枠の配分基準を設定することが重要である。

現時点では、中国全国CO2排出権取引制度(発電事業)の実施に関する具体的な規則がまだ策定されていないが、2013年から展開されたパイロット事業の成功経験を参考にして策定されることになろう。本格的な運営開始に向けて、各省・市政府が、管理範囲内の対象企業リストの作成準備や人材育成講座などの動きをすでに進めている。世界最大のCO2排出国でありながら、最大の排出権マーケットとなる中国のCO2排出権取引制度の効果や政策の動向などについて、今後も注目する必要がある。

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