特集/持続可能な観光とは~観光業の発展と環境の保全を両立できる社会を目指して観光と環境を両立させるために~環境保全と地域活性化につながる持続可能な観光とは
2018年08月20日グローバルネット2018年8月号
NPO法人日本エコツーリズムセンター理事
アジア・エコツーリズム・ネットワーク会長
一般社団法人JARTA代表理事
高山 傑(たかやま まさる)
持続可能な観光の背景
わが国でも「持続可能な観光推進本部」が先日観光庁に設置されるなど、中央政府レベルでも動きが活発になってきた。観光客の急増が地域の市民生活や自然環境に負の影響を及ぼし、その結果旅行者の満足度や観光地の質を低下させる「オーバーツーリズム」や「観光公害」の対応にとどまらず、地域づくりとしての観光振興にも手段を講じるか注視したい。来年のラグビーワールドカップや2020年の東京オリンピックなど観光客受け入れ人数中心の論議が多い中、受け皿整備を徹底するのは容易ではない。マーケットが動かす対応は商業的かつ限定的であり、地域住民の生活環境改善や合意形成は時間もかかる上、トップダウンでは動かないことが多い。習慣や言語の違う観光客の過剰な誘致による観光のゆがみはどう地域に影響を及ぼすのか。そもそも観光をなぜ振興すべきかを考えるべきであり、自然資源の保護と地域活性化の両立を果たすことができるよう入念に取り組む必要がある。
国土交通政策研究所が今年4月に発行した報告書「持続可能な観光政策のあり方に関する調査研究」。経済、地域社会、環境などの視点をマネジメントしながら取り組む、観光客や観光事業者といった目線に加えて、住民や観光従事者、地域産業や環境団体などの利害関係者との調整の必要性、地域で暮らす人々の満足度など受け入れ側社会の満足度に関しても調査分析する必要性などが挙げられている。
持続可能な開発のための2030アジェンダ
2017年は国連の「開発のための持続可能な観光の国際年」であった。観光について国連が制定した国際年は、1967年の国際観光年、2002年の国際エコツーリズム年に続き、3回目。キーワードは「開発のための」であり、観光開発が及ぼす環境破壊度の評価と対策、異なる文化歴史的な固有の価値の評価と保護、多様な文明の豊かな遺産を認識する政策と意思決定、節度ある観光地化のための行動規範の見直し、観光地に暮らす住民への利益還元の促進などの考え方や行動を意味し、とくに開発途上国では、貧困の根絶、環境の保護、女性と若者の生活の質の改善および経済的エンパワーメントに向けた実用的な手段として、持続可能な観光の重要性が一層注目されている。
2015年9月に国連加盟国は持続可能な開発目標(SDGs)が含まれる「持続可能な開発のための2030アジェンダ」を採択した。持続可能な観光では、観光産業が生物多様性など自然環境や先住民族文化などを旅行商品として「食い物」にし破壊するのではなく、保護し産業として育成する担い手となるよう、国際機関や政府、旅行業界、旅行者に対して働き掛けている。SDGsの目標8「継続的、包括的かつ持続可能な経済成長、すべての人に対する完全かつ生産的な雇用と適切な雇用の促進」、目標12「持続可能な消費および生産形態の確保」、目標14「持続可能な開発のための海洋、海岸、海洋資源の保存および持続的な活用」は観光産業の影響が大きく、とくに目標12は私も所属する国連「持続可能な消費と生産10年計画枠組み(10YFP)」が組織され、持続可能な観光とエコツーリズムが国際的に取り組まれている。
持続可能な観光の世界における動向とわが国の現状
世界旅行ツーリズム協議会が2018年3月に発行した「旅行・観光産業 世界における経済的影響と課題」では、今や観光産業はGDPの10.4%を占め、約10人に1人の雇用を創出しているとしている。また国連世界観光機関(UNWTO)によると、国際観光客到着数は1950年の2,500万人から80年には2億7,800万人、95年は5億2,700万人、そして2017年は13億2,200万人と年率4%以上の成長を続けており、「Tourism Towards 2030」では、2010~30年には年平均3.3%増加し、2030年には18億人に届くと長期予測している。旅行・観光産業による地球温暖化は全産業の1割に迫る勢いともいわれ、同時にいろいろな側面から持続可能な観光に対応する動きが加速している。
1990年ごろから、環境に配慮した旅行の在り方は欧州を中心に広がり、また自然を楽しむエコツーリズムがオーストラリア、アフリカ、中南米で盛んになり、宿泊施設やツアーオペレーターに対し第三者機関の認証制度やエコラベルが活用されるようになったが、その評価基準はまさに玉石混交。欧州を中心に数百ものラベルが登場し、消費者にはどれが「本物」なのかわからず、実態がないのに会費を払うだけでエコラベルを使えるという事態まで生じてしまう始末。このような状況を受け、国連財団が既存の認証制度と基準の研究を始め、世界50以上の団体が連合して、持続可能な観光の国際基準を作る協議会を2008年に組織した。後に国連環境計画、UNWTOの呼び掛けにより、この協議会は持続可能な観光の共同理解を深めることを目的とし、策定した世界共通の基準は「最低順守すべき項目」と位置付けられ、国連加盟国での順守が求められている。現在は、観光産業向け(宿泊施設およびツアーオペレーター向け)(GSTC-Industry)と観光地向け(GSTC-D)の国際基準が策定され、和訳されているものの、一般には理解が難しいため、この国際基準に準拠する基準を持った認証団体とうまく付き合うことが持続可能な観光の一歩となるといえる。
今一番世界に認知され、また持続可能な観光の国づくりをしているのはスロベニア共和国。国策として「Slovenia Green」事業を動かし、一丸となって観光地を総合的に経営する会社DMC(Destination Management Company)となっており、旅行会社から観光地や宿泊施設、国立公園に至るまで格付け制度を導入し、持続性を追求させる枠組みが整っている。今年11月10日に国連大学で開催される東京フォーラムでは、スロベニアの演者から具体的な事例が聞けることになっている。
わが国の先進的な取り組み
NPO 法人日本エコツーリズムセンター(東京)は、「エコツーリズムで地域を元気にしよう!」を合言葉に国内外で活動しているが、2014年から5年間、独立行政法人環境再生保全機構の地球環境基金の助成を受け、サステイナブル・ツーリズムの国際認証を国内に導入するための研究事業を実施している。その活動の概要は、①GSTC国際基準の推奨基準と評価指標の和訳②魅力ある地域づくりとGSTC 基準の活用をテーマにしたセミナーやフォーラムの開催③ GSTC公認講師育成のための研修参加④日本人のGSTC公認講師による研修の開催および教本や事例集の作成⑤GSTC基準に準拠した海外認証団体との連携や研修実施⑥GSTC年次総会や関連国際会議出席と事例発表、など。また、活動の当初から、UNWTO駐日事務所の後援を受けている。
2014年8月に奈良でキックオフセミナー「地域の文化と自然を守りながら地域が潤う持続可能な観光地づくり:海外の観光客から選ばれるための国際基準を学ぶ」を開催。2015年1月に和歌山県田辺市で第1回「熊野フォーラム」、2016年10月に群馬県片品村で第2回の「尾瀬・片品フォーラム」、国際年の2017年は2月に秋田県仙北市で「秋田フォーラム」を、11月は長崎県島原半島にて「島原半島フォーラム」を開催した。持続可能な観光を強く希求する「仙北市宣言」に市長が署名、同年島原市、南島原市、雲仙市の各市長も「持続可能な観光地域づくり宣言」に署名。また、各フォーラム開催に合わせ、GSTC公認講師陣による国内唯一の研修が実施された。
約5年の間に、国土交通省政策研究所、観光庁、環境省、日本観光振興協会との連携も進み、岩手県釜石市では、観光ビジョンに持続可能な国際観光基準の導入を視野に入れ、モデル地区での実践が始まっている。住んで良し、訪れて良しの国づくりを持続可能な観光で実現していきたいものだ。