21世紀の新環境政策論~人間と地球のための持続可能な経済とは第30回 コミュニティ・パワーが拓く地域の活性化
2018年07月13日グローバルネット2018年7月号
京都大学 名誉教授
松下 和夫(まつした かずお)
去る6月4日から8日まで、マニラのアジア開発銀行(ADB)本部で「アジア・クリーンエネルギー・フォーラム2018」が開催された。筆者はアジア開発銀行研究所(ADBI)の依頼でこのフォーラムに参加し発表する機会があった。
筆者の発表テーマは、地域が主体となり市民出資などによる再エネ開発(コミュニティ・パワー)に関する日本の経験と教訓であった。アジア各国でも地域主体の分散型エネルギー開発の需要は大きく、発表後多くの問い合わせがあった。ADBIではコミュニティ・パワー開発に関する日本の経験を途上国の行政官、実務家、市民団体などと共有すべく、来る8月に新潟で現地視察を含むワークショップを開催する予定だ(※諸般の事情で本ワークショップは延期となり、2019年度開催に向けて改めて準備が進められることとなっています)。
コミュニティ・パワーとは何か、その背景は?
コミュニティ・パワーとは、地域の人々が中心となって再エネ事業を進めていく取り組みのことである。世界風力エネルギー協会が定めた次の「コミュニティ・パワーの三原則」がよく知られている。
- ①地域の利害関係者がプロジェクトの大半もしくはすべてを所有
- ②プロジェクトの意思決定はコミュニティに基礎をおく組織によって行われる
- ③社会・経済的便益の多数またはすべては地域に分配
これらの基準のうち、少なくとも二つを満たすプロジェクトは「コミュニティ・パワー」と定義される。
日本では2011年3月11日の福島第一原発事故以降、また12年7月の再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT)導入を契機に再エネによる発電が拡大し、2016年には水力を除く再エネ発電量は、国全体の7.7%(水力を含めると15%)に達した(図)。
こうした中で、地域主体のコミュニティ・パワーへの取り組みが各地で広がってきた。世界では以前からこのような動きがあり、日本でも長野県飯田市などで先駆的取り組みが進んでいた。環境エネルギー政策研究所によれば、全国にコミュニティ・パワー組織は80以上あり、ネットワークが広がっている(会津電力(喜多方市)、ほうとくエネルギー(小田原市)など)。
地域の再エネ事業(コミュニティ・パワー)が広がってきた背景には次の要因が挙げられる。
第1に、再エネ発電コストが低下し事業の経済性が高まり、比較的小規模な事業なので、地域の小さな組織でも容易に参入できるようになったこと。
第2に、FITがこれらの動きを後押ししたこと。FITは、再エネ電気を、政府が決定する一定の価格で10年から20年の長期間にわたって電力会社が買い取ることを義務付けており、事業収益の確実性が増した。現実にFIT導入以降、電力供給に占める再エネのシェアは増え、とくに太陽光発電の拡大は顕著だ。
第3に、福島第1原発事故の影響である。再エネは環境負荷の少ない国産エネルギーであり、地域の固有資源である。これまでのエネルギー事業は、大都会の大企業が、海外資源を持ち込み、エネルギーを提供し、収益は地域外に還流するというものが中心であった。しかし、コミュニティ・パワーは、住民主体で、地域資源を使い、雇用を創出し、地域性・公共性にも配慮するものとなっている。
これらのコミュニティ・パワーと伝統的電力供給システムの特徴を比較したものが下の表である。
コミュニティ・パワーの先駆者:長野県飯田市
長野県飯田市はコミュニティ・パワーの先駆者として再エネを軸とした地域創生の取り組みを進めてきた。
飯田市では、2004年には、地域の「おひさま進歩株式会社」との協働事業で、市民出資などを基に保育園(市有施設)へ太陽光発電を設置し、その電力を市が長期契約で買い取り、利益は市民出資の配当に充てるという地域密着型の事業を形成した。この事業には地元の飯田信用金庫も重要な役割を果たした。
飯田市はさらに「飯田市再生可能エネルギーの導入による持続可能な地域づくりに関する条例」を制定し2013年4月から施行した。この条例では市民の「地域環境権」を定義し、地域のコミュニティ・パワーを支援する体制を整えた。条例では地域環境権を、「地域の再生可能資源(太陽、風、小水力など)は市民の総有財産であり、そこから生まれるエネルギーは、市民が優先的に活用でき、自ら地域づくりをしていく権利がある」とし、条例に基づき市の審議会が、コミュニティ・パワーの事業計画を審査・助言し、「公民協働事業」と認められれば、さまざまな支援が行われる。
コミュニティ・パワーの課題
広がりを見せているコミュニティ・パワーであるが、いくつの課題に直面している。
第1に規模が小さいため、高額の系統負担金、金融機関からの融資が困難などの課題がのしかかる。
第2に現状では、FITが事業成立の前提となっているものが多いが、買い取り価格は段階的に引き下げられ、制度の見直しも進められていく。そうした中で社会的価値の高いコミュニティ・パワーが発展できるような配慮が必要だ。今後自治体の支援とともに、国における系統制約の緩和などの制度整備も必要だ。
第3に再エネ事業による地域の活性化を図ることのできる人材と地域を越えてノウハウを共有するための取り組みが必要である。
ADBIの新潟市・村上市でのスタディツアー
ADBIでは、アジアの途上国から行政官・実務家・NGOなどを招待し、再エネ事業に関するノウハウの共有と人材育成を目的とし、8月に新潟県の新潟市と村上市をサイトとしたスタディツアーを実施する予定である。市民による地元組織である「おらってにいがた市民エネルギー協議会」と「おらって市民エネルギー株式会社」が、新潟市と村上市の両市と協定を結び、太陽光発電の公共施設への設置、農業との太陽光の共生(ソーラーシェアリング)などコミュニティ・パワーの優良事例を多数実施している。スタディツアーなどを通じ、コミュニティ・パワーの取り組みがアジア地域にも広がることを期待したい。